二日間の戦い 12月21日 5
「ちょっと失礼します。私、その方にお話がありますので」
リーザを見下ろして笑う女性たちに一言告げると、リラはリーザの手を取って立ち上がらせる。
「私たちも食事に来たところなの。良かったらご一緒しませんか?」
リラは穏やかにリーザに語りかけると手を取ったまま、女性たちに目もくれずに歩き去る。
「ちょっと、あなた」
言いかける女性に、リラの後ろから付いてきたエレナがジロリと睨んで黙らせる。
一目見ただけで獣人族の戦士と分かる恰好をしているエレナに、ただの人間の年配の女性たちは反撃の糸口さえ見つけ出せず、小さく舌打ちをするのが精一杯だった。
リラは戸惑うリーザの手を取ったまま、スルスルと長机の間を通り抜けて行く。
それを周囲の女性たちは訝しげに眺める。途中で差し出される足があったが、優雅なステップでリラはその足を踏んづけていった。
「ぎゃっ!?」
足を踏まれた女性が立ち上がって文句を言おうとしたが、その直後「ボキッ!」と音がして、リラの後ろから来たエレナに足の甲の骨を踏み砕かれて、声も出せずに悶絶、ついでに失禁した。
「こっちが空いているわ」
リラはリーザを誘導して、長机の列を抜けて、個別のテーブルが並ぶエリアに来た。
「あ、あの・・・・・・」
リーザは戸惑いながら、ようやく声を発した。
「あなた、リーザさんね。私、ジト村であなたの事を聞きました。良かったら仲良くして下さい」
リラは、穏やかにリーザに微笑みかける。
リーザは、ジト村の名前が出た事で、ホッとしたような表情をする。
この館には、十年に一度生け贄としてジト村から連れられてくるので、他にもジト村出身の人が居るだろうが、見たところ、リーザに手を差し伸べる人はいなかった。
皆、自分がいじめのターゲットにされる事を避ける為に、関わらないか、自らもいじめる側に回るのである。
新しく入ってきたリラは、どうも冒険者らしいし、獣人の戦士まで側に居るから手が出しづらいのだろう。その為、周囲の女性たちは、3人がどう動くのかを見守っている。
「ここが空いてますね。ここで食事にしましょう」
リラはちょうど誰も座っていなかった4人掛けのテーブルの椅子に腰を降ろした。
「あ、あの、ここ」
リーザの表情が見る間に青ざめる。
だが、エレナもドカッと椅子に腰を降ろすと、にっこり笑う。
「いやー!ここは臭い婆さんばっかりでうんざりしていたんですが、リーザさんみたいな素敵な人が居るのを見て安心しましたよ~!」
周囲にも聞こえる声で、エレナがあっけらかんと言う。悪気は無いらしいが、流石に言葉が過ぎる。リラが咎めるように口を尖らせる。
「エレナ!」
リラに咎められて、エレナは慌てて口を押さえて、首をすくめる。
「えへへ~。すいません」
2人のやり取りに対しても慌てるが、それ以上にリーザはこの席に2人が座っている事に対して恐怖している。
「あの!!」
意を決したように、リーザが比較的大きな声を出す。
だが、その時、別の方向からも2人に声が掛かった。
「あら?ここは私たちの席なのよ。何なの、あなたたち?」
鼻につくような底意地の悪い口調である。
見ると、エルフの女性が、薄緑の長衣を着て立っている。
完全に見下すような見方でリラとエレナを見ている。冷たい眼差しと、不快そうに歪めた口の端。それでいて、エルフらしい優雅な佇まいだった。
「うわ。エルフっぽいエルフの人来た!?」
エレナが思わず呟く。
エルフは高慢で他種族を見下す事が多い。
エレナの呟きは、耳の良いエルフには当然聞こえているので、ジロリとエレナを睨む。睨まれると、エレナの闘争本能に火が付き、負けじと睨み返す。
だが、どう見てもこのエルフは、高位の魔法使いである。
若く見えるが、恐らく100歳は越えているだろう。
「何だよ。随分やる気のガキがいるじゃねぇか」
エルフに続いてやって来たのは、背が高く、体格も良い女性で、年は40歳手前だが、凶暴な雰囲気を持っている。エルフに合わせて、オレンジ色の長衣を身に付けている。
エレナはすぐにその女性が獣人だと見抜く。身のこなしから戦士で、今も鍛錬は欠かしていないのだろう。
それでもエレナは負けじと睨み返す。エレナは現役の戦士である。
リーザはその場にへたり込みそうになりながらも、震える足を懸命に踏ん張って耐えていた。
リラは一見穏やかな笑顔ですまして座っている。
エレナにしてみれば、目の前のエルフよりも、獣人の元戦士よりも、そんなリラの方がよっぽど恐ろしい。
『これはかなり怒ってるぞ~~~』
次に長身の女性の足元に、幼い少女がやってくる。
「やだやだ。無知、無謀、不細工の三拍子揃ったお馬鹿さんは困った物だね~。あ、『馬鹿』を入れたら四拍子か!」
センス・シアだろう。フワフワの巻き毛に、幼い見た目、よく見れば瞳孔が十字に切れている。
センス・シアも幼い外見のまま、容姿がほとんど変わらない長命種である。もしかしたらエルフ同様100歳を越えているのかもしれない。ただし、このセンス・シアが魔法使いだというなら、ここに来てからの年数は30年を越えることはないだろう。なぜなら、魔法改革以前のセンス・シアは、魔法適性が非常に高いことを誰も知らなかったからである。
「さっさとそこを空けな!そこはあたいたち、『四連華』の席なんだ!どかなければ痛い目見るだけじゃすまないよ~」
センス・シアがニヤリと笑う。




