二日間の戦い 処刑海岸の戦い 1
紫竜と対峙していた時に、突然右目が熱くなり、痛みが走った。
次の瞬間、俺が目にしたのは、アクシスだった。
「ア、アクシス?!」
俺は思わず小さく呟く。
それに気付いたアクシスが振り返る。
アクシスも、突然俺が出現した事に驚く。
だが、俺の驚きは、それだけではない。
アクシスは、何故かメイド服を着て、雑巾で窓際に飾られている高価そうな花瓶を磨いていたのだ。
突然の出来事にもそうだが、王女であるアクシスが、メイド服で下働きをしている事に、いっそう混乱した。
とっさに幻覚魔法を掛けられたのだと判断したが、そこでアクシスが反応を示す。
「お、お兄様?!」
瓶を磨いていたアクシスの栗色の髪の毛が、一瞬で黄金色に変わる。
そして、俺目がけて飛び付いてこようとする。が、その弾みで、磨いていた瓶が台座から落ちる。
それに気付いたアクシスは、とっさに瓶の下に滑り込んで、見事瓶を受け止める事に成功した。
「ふう。危なく嫁失格になるところでしたわ」
ちょっと意味不明な事をつぶやくと、瓶を丁寧に台座に戻し、雑巾を台座に置くと、クルリと振り返り、再び俺にダッシュする。
「お兄様ぁぁぁぁーーーー!!!」
反射的に受け止めると、アクシスは俺の胸に凄まじい頬ずりをする。
「お会いしたかったですわ!!お会いしたかったですわ!!!」
「なぜ?」「どうしていきなり?」とかの疑問を放り投げて、無条件で俺に会えた事を喜ぶアクシスの、その反応と、受け止めたこの感触は、どうやら本物のアクシスのようだ。
さらに、胸当てに「ゴッ」「ガツッ」と顔をぶつけまくって、鼻の頭やおでこなどが赤くなっているが、それを気にしない辺りもアクシスだ。
「ちょっと待て、アクシス」
俺は強引にアクシスを俺から引き離す。
「どうしていきなり?」の疑問には俺は答える事が出来る。
ほぼ間違いなく、コッコに貰ったドラゴンドロップ製の右目の義眼による物だろう。
問題は「なぜ?」の方である。
「愛する人の現在を見たり、会いに行く事ができる」という、謎な性能を持っている義眼だが、過去には一度だけ、アクシスの危機を見て、助ける事が出来た。
それは良かったのだが、なぜアクシスだったのか?今回も、アクシスの元に、突然転移してしまった。
俺が愛しているのって、実はアクシスだったのか?!
奇妙なショックが俺を襲う。
違うはずだ。俺にとって、アクシスは妹のような存在でしか無い。それが「愛」だというなら、家族愛と同じ物だ。
俺に押しのけられたアクシスは、「お預け」をくらった子犬のように、情けない顔をしてソワソワしている。
「お、お兄様?そんなにわたくしの事を見つめて、どうされました?」
頬を赤く染めて言う。それから、ハッとしたようになり、目をつむって口を尖らせる。
「いや。チューしようとしている訳じゃないぞ・・・・・・」
そう返すと、アクシスは目を見開いて叫ぶ。
「どういう事ですの?!今の感じ、いけそうな雰囲気でしたのに!ビアンカーーー!!」
相変わらずだな。俺は呆れて、さっきのショックが和らいでいく。
「あ、そうでした。ビアンカはいないんでしたわ」
アクシスがブツブツ言う。
そこで、俺は気になった事を尋ねた。
「アクシス。どうしてそんな恰好をしているんだ?」
俺の問いに、アクシスは、ニッコリ微笑んで、クルリと優雅にその場で回転して、お辞儀してみせる。こうした仕草は、流石に王女だけあって、見事としか言いようがない。
「これはメイド服ですの。今はわたくし『ヨーメイ』という名前で身分を隠しておりますので、大きな声で『アクシス』とは呼ばないで下さいませ」
「ヨ、ヨーメイ?なんで偽名なんか使ってるんだ?何かあったのか?!」
俺は周囲の気配を探り、身構える。
以前はアクシスの危機に義眼が反応した。ならば、今回もアクシスは危機に瀕しているのかも知れない。
「お兄様?」
アクシスは俺の反応にキョトンとしている。
景色は、立派な館で、恐らく3階に位置するこの場所の窓から見える景色も、田舎ののどかな風景だ。実に平和そうだ。
「・・・・・・何があったんだ?ここはどこだ?」
明らかに言える事は、ここはグラーダ国の王都メルスィンではないと言う事だ。アクシスが王都から、それどころか、王城からも外に出る事など滅多に無いはずだ。
それだけに、確実に異常事態である。
だが、アクシスは平然としている。
俺は頭が混乱してくるのを感じる。いや、すでに大事な事が一度に吹っ飛ぶくらいには混乱していた。
「ここはペンダートン領のペンダートン家の御館ですわ」
「は?ペンダートン領?!」
ペンダートン領は、グラーダ国の南東の外れにある田舎の領地だ。俺も産まれてから数えるほどしか来た事がない。
「なんで?」
「理由は分かりませんが、秘密の休暇らしいですわ。ギルバートが手配してくれました。それで、ここでは身分を隠した客として来たのです」
アクシスは首を傾げながら答える。
「きゃ、客なら何でメイド姿で雑用してるんだ?」
それが分からない。ペンダートン家の者も、客に雑用などやらせる訳が無いのだ。人員は充分に足りているはずだ。
「わたくしがお手伝いをしたいと言い出したんです。嫁になるのだから、ここでアピールしないといけませんから!」
アクシスが胸を張って言う。何を言うか、この爆弾娘は。この事がグラーダ国王に知れたら、これまた大変な事になりそうだ・・・・・・。
「花嫁修業を兼ねておりますの!!」
だから、やめろって・・・・・・。




