二日間の戦い 花園館《ノール・ベル・ベルン》 5
リラとエレナは拍子抜けした様子で、互いに顔を見やる。
そこに、ゆっくりとドアの陰から出て来て、ゴブリンロードが首を傾げる。
「それで、今度はわたくしから質問してもよろしいでしょうか?」
リラは頷く。
「その素晴らしく美しい精霊は、もしやそちらのお嬢様の精霊でしょうか?」
ゴブリンロードは手のひらを上にして、手全体で、エリューネを指し示す。指を差すなどと言った、不躾なマネはしない。
リラは、エリューネを誉められたので、悪い気がしなかった。
「そうです。ハイエルフに頂いた風の精霊です」
リラが答えると、ゴブリンロードは、またしても演技がかった大仰な身振りで驚きと感動を表す。
「素晴らしい!実に素晴らしい事です!人間族が精霊を使役していらっしゃる。しかも、こんなに美しく生き生きと成長させるなどと言う事は、実に驚きです!お嬢様は、類い希なる感受性の持ち主なのでしょう。心の美しさが、その精霊を見れば理解出来ます!」
リラは、自分が誉められると、少しいたたまれない気分になる。そんなにたいした人物では無い。ただの田舎者だという自覚がある。
「・・・・・・その、『お嬢様』はやめて下さい。私はリラ。そして、こっちの子はエレナです」
リラは素っ気ない態度で告げる。
「承知つかまつりました。リラ様。エレナ様」
ゴブリンロードは恭しくお辞儀をする。
「それで、あなたは何ていう名前なのですか?」
ゴブリンロードに敵意が無い事を知ったリラは、警戒とエリューネの防御を解くと尋ねる。
すると道化の仮面の頭を傾げる。
「はて。皆様はわたくしめを『ゴミ』とか、『ウジ虫』とか『臭いの』とか呼んで下さっておりますが、そもそも名前などございません。お二人もそのようにお呼び下さい」
「え~~。『呼んで下さってる』って、あんた、それ悪口だよ」
エレナが呆れたように言う。
「しかし、わたくしは卑しいゴブリン風情なので、充分に勿体ない呼称かと思っております」
ゴブリンロードはしかつめらしく答える。一切不快な感情を抱いていないのは、その口調から分かる。
「・・・・・・そう。でも、私は不愉快だし、そんな呼び方をしたくないです。ですから、適当な名前を付けますが良いですか?」
リラが言うと、ゴブリンロードは戸惑った様に首を傾げる。
「・・・・・・いや、しかし。わたくしはゴブリンですから、名前など不要ですし、勿体ない」
リラは、ゴブリンロードの卑屈な物言いに、次第にイライラして来た。
「いいから!あなたの名前は今から『ニーチェ』!少なくとも私はそう呼びます!」
リラはビシッと指を差して宣言する。
「そ、そんなぁ!そんな立派な名前を頂けるとなると、まるで仲良くなったみたいで、紫竜様に叱られます!!」
ニーチェと名付けられたゴブリンロードは哀れそうに床に崩れ落ちる。
「嫌なら、『アレクサンドル』って名前にしますよ!?」
リラは容赦しない。「ニーチェ」は哲学者。「アレクサンドル」は征服王だったか。
「ああ!そんな大それた名前を選ばれるとは、リラ様も罪深い・・・・・・」
ニーチェはブツブツ言いながら、床から起き上がる。
「分かりました。けれど、皆様の手前、余り大きな声で呼ばないでくださいまし・・・・・・」
渋々といった風に、ニーチェが仮面越しにチラリとリラを見る。
「まあ、名前があった方が呼びやすいんだから、あんたも良かったじゃないですか」
エレナは深く考えずに言うと、遠慮無くニーチェの肩をバンバン叩く。
「さあ、それじゃあ、ニーチェ。この館を案内してくれますか?」
「はい。喜んで」
ニーチェが先に立って、廊下を進む。
館の中は、どこもかしこも豪華で、明るく、塵一つ落ちていない清潔な物だった。
リラが驚いたのは、何人もの女性にすれ違うが、その年齢は様々で、20代から、老女までいる。
種族は人間族が多いが、中にはドワーフ、エルフ、センス・シア、獣人、リザードマンなどの特化人もいた。
ほとんどの女性が思い思いに着飾っていて、贅沢な宝石を身につけ、肌つやも良く、体格も良い。
そして、ニーチェに連れられて歩くリラとエレナをジロジロと不躾に見てくる。品定めしている様子が分かる。
そして、ニーチェを見ると、口元を歪めて不快そうに眉をひそめるのも目立った。
サロンとなっている大きな窓のある広間に行くと、小さい精霊たちが、お盆を持って、酒やつまみを運んでいるのを見た。
「精霊?」
リラは驚きの声を上げる。そして、エレナの方を見ると、エレナにも精霊は見える様で頷く。
「ああ。あれらは確かに精霊ですが、リラ様の精霊のように感情を持ち合わせておりません。紫竜様が、この館の管理用に作った物です。それぞれに役割を持って動いていますが、ただそれだけでございます」
ニーチェが説明する。
リラがフワフワ浮かびながらお盆を運ぶ精霊をジッと見つめる。
サロンでは、その精霊の運ぶ酒やつまみを受け取り、女性たちが笑いながら飲食している。
1人の女性が、リラに気付くと、ニヤリと笑って、酒の入ったグラスを床に落とす。
「あ」
エレナが声を漏らす。
即座に精霊がこぼれた酒もグラスも片付ける。
女性はゆっくり立ち上がると、気取った足取りでリラたちの方にやってくる。
「『臭いの』。下がりなさい」
女性はニーチェに侮蔑の表情を浮かべるとそう告げた。ニーチェは女性に対して、恭しくお辞儀をすると、壁際に下がる。
女性はそれに一瞥もくれずにリラとエレナを上から下まで見回す。
女性は人間族で恐らくは40代後半だろう。
「あなた、新入りね?つい先日も新入りが入ったばかりだというのに、運の悪い事ね」
女性は気の毒そうにリラとエレナを見つめる。
リラはハッとする。その女性の言葉で思い出す。ジト村で生け贄にされたリーザも、やはり生きていて、この花園館にいるのだ。と、言う事は、助けて逃げ出す事が出来るかも知れないのだ。
壁際に下がったニーチェをチラリと見る。恐らく、ニーチェは尋ねたら隠す事無く教えてくれそうだ。
「まあ、ここは外に出られない以外は、とっても過ごしやすい所よ。困った事があったら、私たちで力になるわよ」
そう言うと、談笑していた一団の元に戻る。
言葉とは裏腹に、みな、ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべている。
「ふんふん。新人いびりの様子見ってところですね。どこへ行ってもああいう連中はいますね」
エレナは、呆れたようにリラに耳打ちする。
女性ばかりのこの館でも、エレナは少しも嬉しそうにはしていない。
一つに年齢的な守備範囲が有り、一つに、香水のにおい、化粧のにおいに辟易していたのだ。
エレナの基準では、20歳以下の清潔感のあるナチュラルな女性が良いらしい。
エレナは少しも臆していないが、周囲の女性をよく見ると、明らかに元冒険者らしい雰囲気を持った人もいる。獣人などは、エレナの動きから、どの位出来る奴なのか、品定めしている様がはっきりと見て取れた。
リラは、軽く肩をすくめる。
「まあ、気にせず、この館の事をしっかり探りましょう」
そして、ニーチェを伴い、更に探索をするのであった。




