二日間の戦い 反逆者 5
「貴様にこれをやろう」
そう言うと、ルシファーは、ルドラの右肘を掴む。その先は失われているが、切断面に、ヴァルチャーを押し当てる。
「?」
訝しげにされるがままにしていたが、突然ヴァルチャーが形を変え、うごめき出す。そして、奇っ怪な触手を伸ばして、ルドラの腕の切断面に無数の触手の先端を突き立てていく。
「グアッ!?グアアアアアアッッ!!」
苦痛と、おぞましい不快感がルドラを襲う。
触手が腕の切断面から侵入して、腕を這い上り、首元まで達する。
触手の侵入はそこまでで止まった。五角形の装飾品は、それでピッタリと腕の切断面に固定される。
一度、苦痛と不快感が止まると、後は違和感が無い。
「こ、これは?」
ルドラは右腕を振って見る。
「地上人には不向きな武器だが、貴様の目的には適っている」
ルシファーが小さく笑う。
「さあ、右腕があると想像して見ろ」
言われるままに、ルドラは自分の右腕を想像する。
「グゥ・・・・・・」
得も言われぬ脱力感の後、腕の切断面から、何かが盛り上がってきて、見る間に右腕を形作る。
生じた右腕は灰色である。
指を動かしてみるが、思った通りに動かす事が出来るし、感覚もある。
「これは・・・・・・」
「分かるか?」
「分からんでも無い・・・・・・」
言うなり、ルドラは右腕を一振るいする。すると、腕の形が変わり、肘から先が灰色の剣となる。
「それは貴様の骨で出来ている」
ルシファーが説明する。
「形も大きさも、好きに出来るが、余り大きい物を作ると、貴様の命を削る」
「脆くは無いのか?」
ルドラの懸念はそこだ。カシムの剣に負けるようでは意味が無い。
「堅さなど、貴様の精神力次第だ。折られたり斬られたりするとしたら、それは貴様の精神力が足りぬという事になる。それに、折られようが斬られようが、何度でも生やせば良い。無論、強度を上げるのも、再生させるのも、貴様の命を削るがな。それが気に入らぬのであれば、ただの腕として使用すれば良いだけだ」
ルシファーは突き放すように言い捨てる。
「・・・・・・充分だ。感謝する」
ルシファーは満足そうに頷くと、さっさと部屋から出て行く。
「まあ、うまく生きて帰る事が出来たならば、存分に遊べよ」
ルドラは慌てて部屋から飛び出す。寸での所で部屋の鍵が閉まる。
見ると、ルシファーは吹き抜けを飛び降りて出口に向かう。このままでは閉じ込められてしまうし、次はあの塔の番人も、ルドラを見過ごしたりはしないだろう。
まずはここから生きて出なければならない。そして、魔界から脱出して、地上界に戻る。
それが出来なくては話にならないと言う事である。
ルドラは躊躇せず、底の見えない吹き抜けに身を躍らせる。
「それで、命からがら手に入れてきたのが、そのおかしな腕なんですか、ルドラ師よ」
馬車の中の、正面の席に座る男がルドラに尋ねる。
上品な巻き毛の金髪をした、美しい顔立ちをした男である。身なりも良く、貴族なのは一目で分かる。
「美しくないですなぁ~」
他の地獄教の信徒は、ルドラを前に、こんな軽口は叩かない。皆、ルドラを恐れている。
この男は、他の地獄教徒と違い、おかしな教義も魔王も信仰していない。
「美しさなど不要だ」
ルドラが吐き捨てる。
「そうはおっしゃいましても、私が差し上げたあの二振りの魔聖剣はお気に召していたでしょう?あれらは美しかった」
言われてルドラは不機嫌そうに男を睨みつける。この男の言う通り、確かにあの魔聖剣は美しく、気に入っていた。
「だが、押し斬られるようでは意味が無い」
ルドラがムッツリして言う。
「いけませんなぁ、剣のせいにされましては。腕のせいなのではありませんか?」
またしても痛い所を突く。それもまた、ルドラの考えていた所である。
あの時点でのカシムとの腕の差は、明らかにルドラが勝っていたはずである。だが、押し斬られた。真に腕があるのであれば、決してそんな事にはならなかったはずである。
今も敬愛するジーンであれば、カシムの剣が如何に優れていようと、ただの鉄剣で切り結べたはずである。
『腐っても兄弟子だ』
カシムの力を、ルドラは知っていた。だから武器にも拘ったのだ。せめて互角の武器がなければ、フェアとは言えない。
だが、男に対してはこう答えた。
「おかげで俺はまた強くなった」
ルシファーとの戦闘体験は、「天才メイグリフ」の力を、確実に数段高めたのだ。
「まあ、私はどっちでも良いのです。あなたが生きようが死のうが。地獄教が魔王を呼び出そうと失敗しようと」
男は上品な笑みを浮かべながら、流れるように言葉を繋ぐ。
「私はね。人が死ぬのを見るのが大好きなんですよ。だから、私の目の前で、沢山の人が死ぬのが観られれば、それで満足なんです」
男はルドラに笑いかける。
「ですが、誤解しないで下さい。私は地獄教徒共がする、拷問とか、儀式とかには興味がありません。苦痛を与えて殺すだけなんて、ちっとも美しくありません。命と命がぶつかり合って、互いにその輝きを散らす様が観たいのです。すなわち戦争ですよ。私は壮大な戦争が見たいのです。グラーダ条約などが出来る前に生まれていれば良かったとつくづく思う。壮大な戦争を特等席で眺めるのが私の夢なんです。ですから、あなたには期待していますよ。」
2人を乗せた馬車は、大街道メルロー街道を北上して行く。