二日間の戦い 反逆者 4
「それで、交渉は良いのか?薄汚い地獄教徒めが」
頭上の声に、何とか頭をずらそうと試みる。このままでは声を上げる事も出来ない。
口を開くが、出て来たのは声ではなく血の塊だった。
「脆いな・・・・・・」
男の声と共に、少しだけルドラの痛みが和らいだ。回復魔法をルドラに使用したのだろう。
傷が多少癒えたからといって、受けたダメージによる体力の損耗は治らない。もはや、傷が全快した所で、まともに動く事など出来ないだろう。
「こ、交渉など、ない」
頭を踏み付けられたまま、ルドラが呻く。
「ただ、壊れない武器が欲しかっただけだ・・・・・・」
ここなら、他では見つけられないような凶悪な武器があるはずだ。それがどんな物だったとしても、カシムと戦うのに必要になる。
これまでルドラが使っていたリヴィアタンとメルビレイの一対の刀剣は、不壊属性が与えられた、武器破壊を得意とする逸品だった。にもかかわらず、カシムの剣によって切り裂かれてしまった。
通常の不壊属性など、全く無意味にしてしまうほどの頑強さがあの剣にはあった。
ならば、普通では無い何かが必要だった。例えば、剣聖ジーンの「白き導き手の剣」や「霧の乙女」、光の皇子の「グラム・ド・リング」、黒猫ザンの「菊一文字正宗」の様な、通常ならざる武器が・・・・・・。
「何の為に?」
男が頭を踏む力を強める。
「グアアアアッ」
ルドラは呻く。
大きく息を吐いてから、叫ぶ。
「俺はグラーダに復讐したい!カシムを追い詰めて楽しみたい!それだけだ!」
かすれた叫びで、最後は吐血混じりで、声になってもいなかった。それでも、その叫びは男に届いた。
ルドラの頭を踏む足がどけられる。
「ほう。グラーダを憎むか」
男がルドラの赤に染まった銀髪を掴んでルドラの体を引き起こす。そして、乱暴に床に投げ捨てる。
ルドラが転がった先には、引きちぎられた右腕が落ちている。ただしそれは、もはや腕の原形など留めていない。
「では、取引だ。貴様は俺の役に立て。俺が求めるのもグラーダの滅亡だ。ただし、俺のは復讐では無い。ただのゲームだ。俺だけのゲームだ。貴様は俺の駒だ。それを覚えておけ」
ルドラの体中から痛みが消える。失った部位の欠損まで、完全に治っている。ただ、右腕のみが失われたままだった。
ルドラは、ヨロヨロと、何とか立ち上がる。そして、対峙する男を無言で見つめる。
ルドラ同様の銀髪は腰まで届く。ただ、正確にはルドラほど明るくは無く、むしろ灰色と言って良い、闇の暗さを感じさせる色だった。
青白い皮膚に、切れ長の眼。黒い眼球に赤い瞳。不機嫌そうな眉とゆがめられた唇。
魔界で一番強い男、魔神王ルシファーである。恐らく、第一級神アポロンよりも単純な戦闘力は上だろう。
この男を以てしても、一対一で闘神王には届かないのだろうか?
この男の不機嫌そうな様子と、圧倒的に格下であるルドラの、と言うよりも「地獄教」の手を借りたいと思うのだから、グラーダを滅ぼすのは、それ程容易な事では無いのだろう。
ルシファーは、無言で歩を進め、部屋から出て行く。
ルドラも黙って付き従う。
地獄教が利用されるのは一向に構わない。己自身が利用されるのも同様だ。
それ自体がすでにルドラの目的に適っている。ルドラの目的は復讐。地獄の魔王に対する信仰など、欠片も抱いていない。
城の中はガランとしている。他の魔神には出くわさないで、薄暗い廊下を進む。
切り立った崖の上に作られた巨城の上層部にある天空回廊を通って、一本の高い塔の中に入っていく。
その塔の入り口に、ようやく警護の魔神が二人いた。見上げるような巨体の魔神で、その巨体に厳つい鎧を身に纏い、4メートルを越える巨大な戦斧を構え、身動きひとつせずに立っている。
まるで石像のようですらある。この二人も、他の魔神王の下では、恐らく大幹部扱いされる実力者なのだろう。
塔の中は、中央の螺旋階段の周囲に、いくつもの部屋が設けられていた。螺旋階段の中心は吹き抜けとなっており、下は闇の中に沈んで見通せない。上は、微かに天井部が見えるが、あれは最上階の部屋の底面なのだろうか?
「この塔の部屋、全てに宝物が収められている。忌々しい我が剣は、この塔の最下層に今もある。だが、もはや誰にも触る事が出来ぬ物になってしまった」
階段を上りながら、ルシファーは独り言のように言う。
「ルシファーソード」。周囲の生物の生命力を奪い去り、おぞましい亡者の様な気体の人型を大量に放出し、周囲にある全てを腐敗させ滅ぼす能力を持つ。それはもはや「剣」とは言えない。無差別大量殺戮兵器だった。
持ち手は唯一人、ルシファーとなるはずだった。
だが、完成直後にシャナが契約してしまった。ルシファーの血を引くハーフデビルのシャナだからこそ契約出来た。
目を離した一瞬の隙に、シャナが契約したのだ。
こうなるとルシファーソードは、この塔の最下層に安置されながらも、シャナが呼び出すことでのみ瞬間転移し、シャナの意志で発動する専用武器になってしまった。
ルシファーソードは、契約者以外が近寄ると、その生命力を吸われてしまう仕様なので、誰も触れる事が出来ずに、今も塔の最下層に封印されている。
律儀に使用後に塔の最下層の部屋に戻ってくるのも、作成時に設定した通りである所が、またしてもルシファーにとって忌々しい点である。
今となっては、シャナを殺した所で、ルシファーソードの契約を書き換える事など出来ない。自分自身専用に作った武器だったのだから、契約を書き換えられるようになどしていない。
契約を更新出来るとすれば、恐らくシャナが寿命を迎える500年ほど先になるであろう。
あれがあれば、グラーダ崩しのゲームが楽しく進められたはずだったのだ。
だから、ルシファーは、新しいオモチャを欲していた。せっかくなので、転がり込んできたこの駒を使ってみるつもりになっている。どう転ぼうが、展開が面白くなりそうだからである。
「着いたぞ」
しばらく登った先にある一室の扉を開けて、ルシファーは足を踏み入れた。
ルドラも無言でそれに続く。
中に入ると、室内に灯りが灯される。
室内には、いくつもの棚が並び、そこに、防具が並べられていたり、木箱が収められていた。大きな姿見の鏡も設置されている。
ルシファーは、その中のひとつの木箱を手に取ると、床に置き、その蓋を外す。
「『ヴァルチャー』。『骨喰虫』とも言う」
取り出したのは、布にくるまれた、歪な五角形の、小さな装飾品だった。




