赤い目 紫七輪山 8
魔界の南西部にあるウラノスの居城には、二つの勢力の主力戦力が集結している。
すなわち、魔神王ウラノスの「朱刃八會」率いる千の魔神軍団。
魔神王ソロンの「三十六魔戦将軍」率いる二千の魔神軍団。
この時の為に半月掛けて作った、新たな魔界の扉である。
特定の扉に繋げる扉を新たに作るのは、並大抵の労力では無い。高位の魔神が3人、その寿命の半分を削って作り上げた、協定違反の代物だ。その魔神は罪人である。法がしっかり規定されているわけでは無いので、権力闘争に敗れた者であろう。
だが、協定で定められた扉に対して、無許可で干渉する行為は、他の魔神王に知れるのもマズいが、地上、天界に知られても問題になる。
特に、今回繋げた「扉」の行く先を知られたら、より深刻な問題となるはずである。
完全武装した両陣営の魔神たちは、居城の地下に設けられた広い一室に集まる。
三千の勢力が集まるには、地下室はやや狭い。
そのため、地下室に続く四方に伸びる通路にも魔神たちはひしめいている。
魔神王のウラノスとソロンは、居城の最上階のテラスで酒を飲んで、水晶を切り出した平らな板を見ている。
その水晶板には、地下の様子が映し出されている。
ウラノスの配下である、朱刃八會の筆頭メギラ断将軍が水晶越しにウラノスに語りかける。
『陛下。こちら配置につきました。我らウラノス陣営から突入する準備完了しております』
全身が筋肉の塊のような、膨れ上がった体に、女性のような柔らかな曲線美の造形をした顔が乗っている。
「うむ。それは良いが、我らウラノスの魔神共はいささか血の気が多い。今回の最大の目的を忘れないように、今一度確認し、厳命せよ」
ウラノスは無表情でメギラに確認する。この一見柔和そうな顔をしているメギラが最も残虐で攻撃的な性格をしている。
『は。最大の目的は「グラーダ国の王女の拉致」ですな?』
「そうだ。傷一つ付けず、我が元に連れてくるのだ」
『それ以外は、どのようにしても構わないのですな?』
敢えて最終確認をしてくるのがメギラだ。制止が無ければ、際限なく残虐行為や破壊行為に酔いしれてしまう。メギラの力は、もしかしたら既にウラノスをも凌駕しているのかもしれない。その上、この性格から、扱いはとても難しい。
機会さえあれば、すぐにでもウラノスを追い落として魔神王を名乗ってもおかしくないほどの魔神である。
ウラノスとしても、理由があれば処分したいが、力もあり、自身の周囲を固める抜け目なさもあるので、ウラノスも持て余している感がある。
いっその事、ジーン辺りと戦って共倒れになってくれればと思っているが、そのジーンが今はグラーダ国にいない。
「そうしたいところだが、王城や、グラーダ軍は好きにして良い。だが、街の破壊、一般人の殺害は控えろ。グラーダの力を削ぐのは良いが、地上人共の復讐心を過度にかき立てたら、他国、神、特にやっかいなのは精霊族どもが手を組んで魔界に攻め寄せてくる可能性がある。それを迎え撃つ準備は出来ておらんからな。あと、賢聖リザリエが万一にもメルスィンにいた場合は、決して殺してはならん」
ウラノスの指示に、メギラは柔らかく笑みを浮かべて頷く。
『承知しました。・・・・・・にしても、いかな魔神とはいえ、賢聖にはさすがに遠慮がありますな』
他の人間はどうなろうが構わなくても、リザリエだけはむざむざと命を奪えるものでは無いようだ。それほどの功績がリザリエにはある。
『まあ、情報ではアメルにいるので問題なかろうかと思いますが、全兵に通達しましょう。しかし、守らねばならない命があるのでしたら、大規模破壊魔法は使えませんな』
ウラノスは眉をしかめる。「使うつもりだったのか?」と、ソロンも目で訴えてくる。
ウラノスは額を軽く押さえる。
「無論だ。破壊が目的では無い。使って良いのは、賢聖の不在が確認され、王女を魔界に連れ帰った後だ」
イライラするウラノスを尻目に、メギラが柔和そうに笑う。
『いや。もちろん承知しておりますとも』
敢えて主君をイライラさせたメギラに、ウラノスは手を振って見せた。メギラは敬意の籠もらぬ形ばかりの一礼をして配下に指示をしに行く。
「ウラノスよ。メギラを持て余しているのなら、我が配下にもらい受けても良いぞ」
ソロンが愉快そうに言う。厄介でも、その実力は魔界に広く知られている。
「そうしてもらえるなら喜んでお渡しするが、ルシファーの十二将の座が空いているのを狙っているのでは無いかと思うがな」
ルシファーから提案されれば、メギラは喜んでそっちに行くかもしれないが、ウラノスもただでやるつもりは無い。それなりに好条件を引き出すつもりがある。
「しかし、これほどの好機を逃す手は無いな」
ソロンが呟く。
グラーダ国は、過去に無いほど手薄になっている。
バルタ国の支援に二軍団離れている。大合同演習の為に一軍団出ている他、補給任務に二軍団が当てられている。
闘神王自身も演習で仮想魔王として戦闘に参加している。付随して、親衛隊も全員が出張っている。
そして、通常闘神王不在時にはグラーダ国を守っていた剣聖ジーンがいない。ジーンは個人の武力としても群を抜いているが、軍団の指揮能力は他に追随を許さない能力と実績がある。
それと、これは自分たちは関与していないが、この機を狙って、地上世界でも動きがあるようだ。その為、今グラーダの王城には全軍を指揮する立場にある一位のガルナッシュ・ペンダートンも、国境に軍を展開している為不在である。
他国の動きは掴めようが、魔界の動きまでは地上人には分からないのだ。
突然に魔神が城の地下から大挙して攻めて来るとなると、なすすべも無いのは言うまでも無い。
「クックックッ」
ソロンが立ち上がる。
「どこに行く?」
ウラノスが尋ねると、ソロンがその巨躯を揺する。
「せっかくの戦いだ。俺も参加させてもらおう」
入れ墨だらけの禿頭をペロリとなでながらソロンは豪快に笑った。
ソロンが去ったテラスで、ウラノスが酒を瓶ごと飲む。
「やれやれだな。だが、後はタイミングだけだ」
時は12月20日。最後の大合同軍事演習の日だ。開始は、闘神王が演習場に出現したタイミングで行う。戦闘が始まれば、闘神王に情報が流れるまで時間が掛かる。
王都の変事が闘神王の耳に届いてから、どんな手段にせよ、王城に戻るまでの間に、事は済んでいる。少なくとも王女は手中に収める事が出来るはずだ。
ウラノスは闘神王が王城に最短で戻る時間は一時間程度しか無いと考えている。
第一級神アポロンが側にいるのだから、天界の扉を経由すれば、大して時間を掛けずに戻ってくるだろう。
それ故に、戦闘を開始して、しばらく連絡が取れなくなるタイミングこそが肝心なのだ。




