赤い目 紫七輪山 7
筋肉の繊維一本一本が、骨が、関節が、神経が、内臓が、血液が、俺の意志に応えてくれようとしている気がする。
まだまだ、力を出せる。早く動ける。そう叫んでいるようだ。
「おおおおおおおおおおっっ!!!」
俺は吠えた。鼓動が速くなり、体が熱くなる。
迫り来る竜に向かって、両手の剣を構える。
振り下ろされる、凶悪な一撃をギリギリで躱して、右手の竜牙剣で腕の付け根を切りつける。尻尾がうねりを上げて迫ってくるのを左手の楓で、受けて逸らす。凄まじい重さの一撃なので、簡単には受け流せない上に、鱗が楓の刃に引っかかり、腕ごと体が浮き上がってしまう。
そこに、もう1体が巨大な牙を剥いて噛みつぶそうとする。
とっさにその竜の鼻面を蹴りつけて、弾かれて後方に飛ばされる。
上手く空中で回転して着地すると、すぐに腕を切りつけた竜に向かう。
パキパキと音がして、リラさんに掛けてもらった精神魔法防御魔法が削られていく。尻尾を切られた竜が魔法を使っているようだ。
それに構わず、俺は標的とした1体に向かい、圧蹴をする。
瞬間的に竜の懐に入り込むと、両手に持つ2本の剣を振る。
竜も激しく動き、腕を、足を、首を、尻尾を振ってくるが、それよりも速く俺は動く。
もっと速く、強く。
竜が翼を大きく広げて、その巨体を俺の上に目一杯に広げる。
「まずい!」
その巨体で押し潰すつもりのようだ。翼で、首と両腕で逃げ道を塞ぐ。
「ならばっ!」
足に力を、2本の剣に闘気を込める。圧蹴と同時に竜の胴体に剣を突き込む。
ボンッッ!!
爆ぜるような音と共に、俺は竜の胴体にぽっかりと大きな穴を穿ち、その穴を突き抜けて空中に躍り出る。
他の竜が、一瞬硬直した隙を逃さず、魔法を使ってくる竜に、竜牙剣を投擲する。
もう1体の竜には、腰の後ろの剣鉈を投擲する。鉈は、炎を吐き出そうとしていた喉に突き刺さり、竜は慌てて火炎ガスを飲み込む。
俺は着地すると、魔法を使う竜には見向きもせずに、楓を構えて剣鉈を投げつけた竜に向かう。圧蹴を連続して、ジグザグに走る。俺の駆け抜けた後は、稲妻が閃いたかのような残光を残したかもしれない。
そして、俺を捉えきれずにいる竜に対して、楓による左右から、ほぼ同時の剣撃を加える。「獅咬」と言う技の名前がある。圧蹴の勢いも利用した攻撃なので、今までは出来なかった技だ。
この一撃の破壊力は凄まじく、太い竜の胴体を、完全に真っ二つにする事が出来た。
直後、戻ってきた竜牙剣を、指先で絡めて、そのまま回転して再び尻尾を切断された竜に投げつける。
最初の一撃は、竜の脇腹を貫通したようだが、今度の一閃は、竜が新たに唱えた魔法の攻撃であろう、黒い霧を貫通して、竜の眉間に突き立った。
竜は、自分で唱えた魔法で発生した黒い霧のせいで、竜牙剣の投擲に気づけなかったようだ。これはラッキーだった。
ラッキーだったかもしれないが、兎に角、勝った。
竜がズズンとその巨体を地に倒すと同時に、俺も地面に座り込んだ。座り込んだまま、帰ってくる竜牙剣を受け止めて鞘に納める。
安堵のため息をついて、仲間たちを振り返る。
「あ、あれ?」
いない。
キョロキョロ見回すと、かなり離れた所にいるのを見つけた。
ゾロゾロとこっちに向かって歩いてくる。
何で、そんなに遠くにいるんだよ・・・・・・。
「いや~~~。さすがは俺が見込んだ相棒だ~~!!」
側に来るや、ファーンがヘラヘラ笑いながら、俺の肩を叩く。
「お、おう。言われたとおり、今すぐ強くなって見せたぜ」
軽く胸を張ってみる。確かに、俺が思っていたよりも、遙かに力が出た。強さも実感できた気がする。
「はったりも言ってみるもんだなぁ~~」
は?!
「え?はったり?!」
叫んだのはリラさんだ。アールも驚いて目を見開いてファーンを見る。
ファーンはと言うと、自分の失言に慌てて口を押さえる。
「おい、ファーン?!はったりって何の事だ?!」
俺はファーンをジロリと睨み付ける。
「そうよ!私はファーンが言うから、大丈夫かと思って身を引いたんだから!!」
リラさんもファーンに詰め寄る。アールは俺を心配してか、オロオロしている。エレナは関心なさそうだ。
「いや、まあ。ほら。上手くいったんだから良いじゃん!」
ファーンが「ヒヒヒ」と笑う。
「おかげで、我が団のリーダーが覚醒したんだから」
勝手な事を言いやがる。が、確かに、追い詰められて、思わぬ力に気付いたのも確かだ。
だが、ちょっと許せんな・・・・・・。
そんな中、ミルだけはニコニコしている。
「リラも怒らないで、アールも心配しないの。ミルはお兄ちゃんがやってくれるって信じてたもん!!」
ミルが俺に飛びついてきた。
「お、おい」
ミルを受け止めつつ、こうまでも純真に信じてもらうのは悪い気がしなかった。
「いや~。チョロいリーダーで良かった良かった」
リラさんがファーンの事を真っ赤になって睨んでいるが、それ以上は何も言わないで、表情を和らげて、俺に向かって微笑みかける。
「お疲れ様でした、カシム君」
ああ。女神のような美しさで微笑みかけられたんだ。これは報われるな。
「い、いや。こんな事している場合じゃ無い。すぐに移動だ!!」
もう少し、リラさんに癒やされていたかったが、これだけ大騒ぎしたんだ。他の魔竜がやって来ないとも限らない。急いで、この場を離れなければいけない。
俺たちは、マントを保護色にして、急いで、斜面を登って行った。




