赤い目 軍師ダン 4
戦闘が始まると、レートロン平原の北に櫓が立ち上がる。
その櫓の上には、今回の総大将を務めるアインザーク国のヴァルター将軍と、ロド軍師、そして、今回の作戦を立てた若い軍師見習のダン・ケルナーが立って戦況を見守っていた。
「効果があるようではないか、ケルナーよ」
ヴァルター総大将が満足そうに頷く。
それに対して、ダンは慎重だった。
「いいえ。やはり複雑な陣形変化に、ついて行けない部隊があります。恐れながら、付け焼き刃かと」
言いながら、ダンは背後の兵士に指示を与える。兵士はメッセンジャー魔導師に指示を出し、作戦を前線に伝える。
「しかし、この短期間に、地形操作や陣形の考案、そして、訓練にまで尽力したのだ。たいした物だ」
ヴァルター総大将はダンを褒めるが、元々、ヴァルター将軍は人は良いが、将軍としては実践向きでは無い。それ故に、復帰した軍師を伴って今回の演習に参加したのだ。本人はその事を自覚していない。
「しかし、そのために、前回はクルエルナ国のロジョラ様に不名誉な戦いを強いてしまいました」
ダンは、苦渋の表情を浮かべる。自分如き若輩の意見を汲んで、自ら屈辱的な敗北を演出したのだ。
あの戦いでは、実戦力の3割を割いて、訓練や、地形操作、土木作業に当たらせていたのだ。
特に地形操作をするための魔導師は、多くを作業や魔力温存に当てており、それをごまかすために敢えて出撃する魔導師には派手な魔法を使わせていた。
兵士たちの無謀な突進も、数が少ないのを悟らせないためであった。
そして、グラーダ三世たちの目の届かないところで、作業や訓練は続けられていたのだ。
それでも、準備に10日。とても時間は足りていない。
ならば、5日後の20日に仕掛けるのはどうかという話もあったが、ダンはいくつかの理由でその選択を捨てた。
一つは、3度目も何の工夫も見せずに敗北してはさすがにグラーダ三世にも感付かれるか、逆に激怒されてしまう。それは何よりも避けなければいけなかった。
二つ目は、第4回目の演習での総大将を務めるのはエルカーサ国の大将軍ユリウス・マヌエルだった。彼個人がどうのと言うわけでは無いが、エルカーサ国自体の動きがおかしい事に、ダンは、と言うよりも師匠のロドは気付いていた。
そんなエルカーサ国の指揮において、ある程度の成果を上げる事は避けたかった。
他にも、負け続ける事での兵士たちの士気が落ちる事。グラーダ三世たちへの恐怖心が生じる事への懸念など、様々な理由があった。
「すでに一定の効果は見られています。が、後一押しして、撤退します」
ダンが言う。戦闘は始まったばかりだが、やはり魔導師が保たない。早期に結果を出して、直ちに撤退し、敗北にまでは持ち込ませない事が、今回の演習の目的である。
対魔王戦としては、最後の一兵まで力を尽くして戦わなければいけないだろうが、今回は演習である。
兵士たちに自信を与える事が大切だという趣旨を、よく理解し、実行しようとしている訳だ。
ダンの指示が前線に届いたようで、5つの槍の動きが変化する。包囲態勢のまま、常に槍の先端を向ける形で、当たっては離れるを繰り返していた5つの軍団が、南側に集結し、5つの先端を揃えてグラーダ三世に迫る。
槍の先端の部隊は、その都度欠けるが、旋回しては突入を繰り返す大軍に、さしものグラーダ三世もジリジリと北側に押しやられていく。
空中戦では、完全にエクセルをグラーダ三世から引き離すように戦っている。高速移動を繰り返し、的を絞らせないように飛翔し、手持ちの武器による一撃離脱の近接戦闘を挑む。 エクセルにとって、一つ一つの攻撃はほとんど効果が無いが、何せ数が多い。休む間もなく攻撃が繰り返されるので、他の2人の戦況にかまけている暇が無くなっていく。
アポロンは、その力をほとんど防御に使っていて、自身を守る事と、グラーダ三世を魔法攻撃から守る事に終始していた。積極的な攻撃は、殺傷力が高いので、手加減に向かないのだ。
「アルバスよ。気のせいかもしれないが、押されているようだぞ?」
「うむ。せっかくなので、この先の展開が知りたくて、敢えて押されて見せている。とは言え、熟練度と、条件が整えば、なかなか良い手だ」
グラーダ三世は、にやりと笑う。
「疲れるのは嫌なのだがな・・・・・・」
アポロンはため息をつく。
「そう言うな。せっかくだから例の奴を試してみよう」
グラーダ三世の提案に、アポロンはげんなりとした表情を浮かべる。
「・・・・・・お前、以外と乗り気だったのだな」
アポロンの言葉に、グラーダ三世は一瞬攻防を忘れて抗弁する。
「ち、違う!これもリザリエに言われたからだ!俺たちはあくまでも魔王を演じる必要があるのだ!!」
「まあ、良い。ともかく、行くぞ」
「クッ」
グラーダ三世は赤面する。
そのグラーダ三世に、アポロンが光魔法をかける。
レートロン平原に、突如として出現したのは、黒い鎧に、角の兜を身に着け、炎の翼をはやした、全高60メートルを超える巨人だった。
演習を行っていた兵士たちは、恐ろしい姿の大巨人が突然出現した事に驚く。
その驚いている騎兵の一軍に、巨人が巨大な剣を上空から振り下ろす。
上空からの攻撃に対して、一点集中の魔法防御は用意していなかった。
だが、騎兵たちは、即座に散会して的を絞らせない。
騎兵たちは確かに驚愕していた。それは巨人の出現に驚いたのでは無い。出現する事をあらかじめ知らされていたからである。
「本当にグラーダ王が巨大化した!?」
「作戦通りだ!!」
突撃の任務を負っていた騎兵軍団には、押され始めると、巨大化したグラーダ三世が上空からの攻撃をしてくるだろう。驚かず、散開して被害を抑えろ。そう指示されていた。
そして、その後の指示も。




