赤い目 軍師ダン 2
「で、それはなんだ?」
工房「ムンク」の中のソファーに座るムンクが、険しい表情で目の前に座る、ムンクにも引けを取らない美男子をにらみつける。かなり不機嫌な様子を隠しもしない。
ムンクの前に座るのはランダである。
自らの探索を終了して、カシムに合流するべく、紫竜、もしくは緑竜の領域を目指すべく、北へ向かう途中で工業都市レザルに寄った。
そして、光の剣、鎧の調整をしてもらうつもりだった。
だが、ムンクに光の剣を見せた途端に、一気に不機嫌になってしまったのだ。
「む・・・・・・?」
ランダは首を傾げて光の剣を見る。
「そのトンチキな玉だ。それは何だ?」
ランダは言われて気付く。すっかり慣れていたが、光の剣の針のように尖った装飾部分には、ミルが付けてくれた色とりどりのカラフルなボールが付いている。
「ああ。これはハイエルフのオモチャだ。俺の親族が取り付けてくれた」
「ハイエルフ?」
ムンクは怪訝そうな顔をしてから黒い瞳を赤く輝かせてボールを見つめる。そして、さらに不機嫌そうな表情になる。
「ハイエルフは関係ない。それは単なるオモチャだ。スーパーボールだ」
言われた、ランダはスーパーボールを指先でつついた後で、テーブルの上の紅茶をすする。
「そうか。これは単なるオモチャなのか」
「おい、お前。何か特別な効果があるとでも思っていたのか?」
呆れたようにムンクが言うと、ランダに習って紅茶をすする。
「いや。落とした時に弾んだので、面白いなと思った」
ランダの答えに、再びムンクの表情が険しくなる。
「おい。俺の剣にオモチャを付けて喜ぶな。お前の美意識を疑うぞ」
言われて、ランダは頷いた。
「いや。このボールが美しいとは思っていない。俺も元の剣の方が美しいと思っている」
そう返されるとムンクも悪い気がしない。眉間のしわが消える。
「そうか」
「うむ」
2人はしばらく無言で紅茶をゆっくり飲み、ムンクは立ち上がり、紅茶のおかわりを用意する。
用意しながら尋ねる。
「ならばなぜ、お前はそのボールを付けている?」
今度はランダが心外そうな表情をする。
「俺は言ったはずだ。この剣の装飾は時々刺さると」
それを聞いて、ムンクがキッチンから顔をのぞかせる。
「むう。そうだったな。それはすまなかった」
「いや。デザインは気に入っていたのだ。なんとかならないか?」
ランダの問いに、ムンクは顎に手を当てて少し考える。そして答える。
「なる。だが、時間がかかる」
ランダは一刻も早くカシムの元に駆けつけたかった。
「なんとかならんか?」
新しい紅茶を持ってきてからムンクは答える。
「今、他の装備の装飾デザインを考えていて時間がとれない」
「・・・・・・そうか。だが、こっちを優先したとしたら、どのくらいで出来る?」
再びムンクは少し考える。
「うむ。これを優先したとしたら、明日には出来ている」
「それで頼めないか?」
ランダが言うと、ムンクは表情を険しくして、ランダの顎を指ですくい上げてにらみつける。
「確認するがな」
「何だ?」
「このボールは取ってしまって良いんだろうな?」
ランダは頷く。
「もちろん構わない。ただ、親族からもらったボールだ。出来れば処分せず俺にくれないか?」
ムンクは少し笑う。
「オモチャを大事にするとは、意外だな」
「俺の大切な親族がくれた物だからな。お前もピレアがくれた物なら、何だって大事にするだろう?」
ランダは無表情で返す。その言葉がムンクに突き刺さる。
1人で衝撃を受けて、テーブルに手をついて苦しがる。
「・・・・・・すまない。俺が間違っていた。確かにピレアが俺の装備に付けてくれた物だったら、たとえトンチキなオモチャであっても俺は外したりはしないだろう」
ランダは、ムンクの手からティーポットを受け取ると、ショックを受けているムンクのティーカップと自分のティーカップに紅茶を注ぐ。
そして、紅茶をすすってから答える。
「気にするな。そこまで貴重には感じていない」
「わかった。最優先で作業しよう。・・・・・・しかし、お前、竜の団に入ったのだったな」
突然話題が変わったので、ランダはムンクをまじまじと見る。
ムンクはおかしそうにクスクスと笑う。
「と言う事は、あのカシムが団長なのだな。これからお前は苦労するぞ」
「カシムと会ったのか?」
ランダは驚く。
「ああ。奇妙な縁があってな。ピレアを助けてくれたので、お礼に少しばかり手を貸した」
今度はさらに驚く。
「お前が動いたのか?!」
それから、ムンクは簡単にギルド戦争での事を話した。
「驚いたな。お前は隠棲するのかと思っていた」
ランダの言葉に、ムンクは皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「隠棲するつもりさ。俺はこの時代の勇者じゃ無い」
「それなんだが、力があるのだから、今の世のために力を使っても良かろう。そもそもそのつもりでこの時代まで眠っていたのだろう?」
ランダの言葉に、ムンクは真剣な表情で頷く。
「そうだ。だが、この時代には新たな勇者が生まれようとしている」
「カシムか?」
「それはわからん。そもそも世界の仕組み自体が変わっている。つまりカシムが竜騎士になれば、カシムが勇者役なのだろう」
ムンクの話はランダにはよくわからない。今の文明以前の世界の仕組みなど、ランダはわからないのだ。
「もったいないな。・・・・・・お前と闘神王が戦ったら、どっちが強いのかな?」
好奇心でランダが呟くと、ムンクが即答する。
「かつての俺なら、闘神王など相手にならない。だが、今はどうかな。良い勝負なんじゃないか?」
ランダは思う。この男は誇張した話をしない。それ故に真実なのだろう。だが、ランダには闘神王が倒される姿が想像出来ない。同じくらいに目の前にいるこの男が倒される姿も想像できない。
「意外では無いだろう。闘神王ですら、創世竜の前では赤子も同然だ。それと同じ事で、創世竜にも等しい力を持つ者は他にもいる。ただ、俺は前の戦いでその力をほとんど使ってしまっただけだ」
ムンクの言う事が本当なら、ムンク以外にも、闘神王よりも遙かに強い存在が、創世竜を除いてもなお、この世界に複数いる事になる。そして、それは真実なのだろう。
「それでお前は、今、力を蓄えているという事か?」
ランダの何気ない問いかけに、ムンクは憮然とした表情だけで返した。




