赤い目 少年 8
「うわあああああっ!!」
コボルトに追いつかれて、怪我人を背負った男が地面に引き倒される。犬のような顔が男の顔に迫り、鋭い牙の生えた大きな口をガチガチ鳴らす。男は必死にコボルトの首を押さえて踏ん張るが、コボルトの方が力が強い。
そうしている間に、けがをして意識を失っている村人に、ゴブリンが襲いかかり、引きずっていき、楽しそうに笑いながらじわじわといたぶっていく。
バッキャアアアアッッ!!!
柵の方で破砕音が響く。
ついにトロルが村の柵を破壊して侵入してきたようだ。
「逃げるな!!逃げたところで追いつかれて殺されるだけだ!!だったら、せめてこの集会所を守り通すぞ!!きっと風の女神様が助けに来てくれる!!」
ゼヤックが叫ぶ。その声が、戦意を失い絶望しかけていた男たちに、諦念からの意地のような闘志を引き出した。
だが、その闘志も、集会所の前にトロルが出現した瞬間、消失した。
ゴブリンたちは集会所を取り囲み、誰1人として逃がさない構えを見せる。
そして、ゴブリンの指示でトロルが集会所の前に進み出る。
槍も、斧も、その分厚い皮膚にはじき返されてしまう。もっとも、たとえ傷を負わせる事が出来たとしても、その傷はたちまち癒えてしまうのだ。
そして、トロルは、巨大な腕を振り上げる。そして、無造作に集会所を囲う石の壁に振り下ろす。
ドゴオォォォォンッッ!!
轟音と地響きが周囲を支配し、石の壁はあっけなく破壊され、さらに、飛翔する破片によって、集会所の壁も破壊される。
壊れた壁の奥でうずくまっていた人たちは、一様に絶望の表情を浮かべて、腰を抜かしたり、叫んだり、滅茶苦茶に走って逃げようとしたりする。
だが、次々と村人たちはゴブリンに攻撃されたり、コボルトに取り押さえられていく。
逃げ惑う人たちの中に、カシムを罵倒した少年がいた。
涙を流し、パニックになりトロルに向かって走って行く。子どもはゴブリンの好物だ。ゴブリンはトロルに命令して少年を捕らえさせる。
トロルの動きは遅いが、パニックになった少年を捕まえることなど造作も無かった。
少年は頭ごと、その上半身をトロルの手の中にすっぽりと包まれ、掴まれた。
「もうダメだ・・・・・・」
誰もがこの村の全滅を悟った。
次の瞬間。
村人たちは銀色の閃光を目撃する。
閃光は直線的な尾を引きながら、周囲を駆け巡る。
ゴブリンが、コボルトが次々倒れていく。
少年を握ったトロルの腕が切断されて地面に落ち、その手のひらから少年を解放する。
「な、なんだ?!」
村人たちが驚愕するその視線の先には、黒に銀の十字が入ったマントを背にした戦士が立っていた。
「は、白銀の・・・・・・騎士」
誰かが呟いた。
ヴォォォォォオオォォッッ!!
腕を切られたトロルが吠えて、手近に落ちている少年を巨大な足で踏みつけようとする。
「ひいぃぃ!!」
少年が叫ぶ。
そして、再び閃光が走り、トロルの周囲にいくつもの煌めきが出現する。
次の瞬間、トロルは細切れにされて、再生も出来ない肉塊と化す。
少年を返り血から守るように、黒マントの戦士カシムはマントを固定化させて少年にかぶせる。
そして、自分が助けたのがあの少年だったと気づく。
驚愕の表情でカシムを見つめる瞳を、カシムはまっすぐ受け止めた。
「君の父親を殺したのは俺だ。それは申し訳ないとは思う。だが、それに対しての後悔はない。君の父親は、経緯はどうあれ野盗となり人を襲った。そして、俺は冒険者ではなく、騎士として君の父親を討った」
言われた少年は、次第にカシムに焦点が合い、にらみつけるような表情になる。
「騎士だって?!」
震える声でカシムに突っかかる口調で言う。
それに対して、カシムは毅然とした態度でうなずく。
「そうだ。俺はカシム・ペンダートン。冒険者でもあるが、騎士でもある。ペンダートン家の名にかけて、人々を守るべく行動した。その行為に恥じることはしていない。もし、恨みに思うなら、俺は逃げも隠れもしない。君は堂々とペンダートン家に文句を言うなり、仇討ちに来ると良い。俺は俺として受けて立とう」
そう言うと、カシムは立ち上がる。そして、未だに残っているモンスターに向かって疾駆し、剣を振るい、次々と屠っていく。
「ペ、ペンダートン?!グラーダの白銀の騎士の?!」
少年は、力なくうなだれる。
恨みに思う気持ち、悔しい気持ちはある。だが、誰もが憧れる白銀の騎士の名前を出されると、自分が間違っていたように感じてしまう。しかも、恨んでも、仇討ちに来ても良いとまで言われた。
父親のとった方法が間違っていた事などわかっているだけあって、少年は、もうカシムを恨む事など出来なくなってしまった。
村人たちは、あっけにとられてカシムの戦いを見ている。絶望しか感じさせなかったトロルは、あっという間にカシムに打ち倒されていく。
村人に飛びかかろうとしたゴブリンは、空中で一刀両断される。
閃光が走るたびにモンスターが倒されていく。




