赤い目 少年 7
例に漏れず、モンスターの襲撃は突然だった。
村の見張り台にいる青年が、慌てて警鐘を鳴らす。
モンスターは村の東の丘の上に突然出現した。発見は早く、村人たちはすぐに防衛の備えをする。
老若男女問わず、弓矢、槍、斧などの武器を身につけて、村の柵に集結する。
柵には隙間が目立つので、体の小さなゴブリンだったら、すり抜けられそうな箇所が何カ所かある。即席で、モンスターが接近してくる東側の柵の隙間を埋める。
接近してきているモンスターはゴブリンとコボルトの群れで、数は30程いる。
一方で村人は50人弱。その内半数は子どもや女、老人である。
戦える年齢の男たちも、極めて戦意は低い。
モンスター出現の事実を確認した途端、逃げ出す村人もいた。
「逃げるなら、せめて風の女神様に助けを求めろ!!」
村の代表者だった男ゼヤックが、逃げ去って行く者の背に大声で怒鳴る。それがパニックになって逃げる者たちに届いたのかわからない。
「そもそも、あの方たちが出発してすでに3時間経っている。助けに来てくれたとしてもそれまで持ちこたえられるか・・・・・・」
物資不足と人手不足で、柵をしっかり作れなかった事が悔やまれる。
一応、最終的に逃げ込める建物はあり、その周囲は頑丈な石の壁で囲われている。だが、そこに籠もれば、壁を突破されたら、後はもはや檻に閉じ込められた獲物の状況になる。
「くそ!なんとか持ちこたえるぞ!!」
ゼヤックの声に、数人の男たちが応えるが、他は力なく不安そうな目で天を仰ぐ。
「ゲヒャ、ゲヒャ」
村に接近してくるゴブリンたちは、急ぐでもなく、狩りを楽しむかのように下品に笑いながら、ゆっくり歩いてくる。体が大きなコボルとは、従順に小さなゴブリンの指示を待っている。
モンスターの装備は原始的な棍棒や、先のとがった棒などである。防具もないが、ゴブリンはその残虐性と、攻撃性から十分脅威だった。
柵の内側にいる住人たちを品定めしている。どいつが旨いか。犯せる女はいるか。一番楽しく殺せそうな獲物はどいつか。
低脳なゴブリンは、隙間が空いている裏側に回るという発想はすぐには浮かばない。力尽くで柵を押し破って、村に侵入して、後は蹂躙を楽しむ。それだけである。
決して自分が殺されるとは思っていないので、恐怖もなく残虐な行為を楽しむ事にだけ集中できる。
ゴブリンたちは満足だった。
柵の中には、適度な数の獲物がいるし、その内、簡単に殺せそうな老人や肉の柔らかくて旨い子どももいる。
女もそれなりにいる。
「ゲヒャヒャヒャヒャッ!!!」
ゴブリンたちが笑う。そして、10匹のコボルトに突撃を命令する。それに続いて、ゴブリンたちも突撃していく。
「来る!放て、放て!!」
柵の内側から矢が放たれる。狙って当てる技量がある者はいない。適当に放っても効果がある弓矢だが、その数があまりにも少ないと、狙って放った矢ほどの効果は無い。矢の威力もかなり弱い事も問題だった。練習はしたが、モンスターの接近に恐怖して、矢が飛ばせない者も少なくなかった。
「くそ!これじゃあ、ダメだ!槍で突け!柵に取り付かせるな!!」
弓矢での攻防を諦め、柵を破壊されないように、内側から槍で突く作戦に変更する。
恐怖して腰の引けた攻撃は、コボルトにあっさり受け止められ、相手に武器を与えてしまう事になる。
「ひいいいいっ!」
「きゃあああっ!!」
叫び声や泣き声が響き、それがさらに恐怖を倍増させてしまう。
それでも、柵があるのと、ゴブリンの攻撃が単調なため、村人たちも善戦し、次第にゴブリンとコボルトの数は減っていった。
が、丘の上から、さらにゴブリンが出現する。さらに、そのゴブリンは3メートルを超える巨体の怪物トロルを3体引き連れてきていた。
トロルはコボルトとくらべてもさらに知能が低いが、怪力と驚異的な再生能力を持っている。
少なくとも、この村を囲む柵など、腕の一振りで破壊されてしまう。
トロルの出現を見て、村人の戦意は砕けてしまった。
「もうダメだ!!」
「逃げよう!!」
これまで戦っていた人たちが1人、2人と逃げていく。
意味も無いのに、崩れかけた建物の残骸に身を隠したり、わめき散らしながら走って行ったり。
だが、走れるものはいい。老人や病人、子どもたち、女たちは走ったところでモンスターに捕まってしまうのは間違いない。それは男たちにしても、コボルトの足には追いつかれてしまうだろう。
「馬鹿が!!こうなったら、集会所に籠もるぞ!!」
ゼヤックが叫ぶ。
まだ正気を保っている男たちは、村人の避難を手伝って、急いで防壁に囲まれた集会所に避難する。
数人の男たちは柵の側に残って、できるだけゴブリンやコボルトが柵の内側に侵入してくるまでの時間を稼ぐ。
だが、コボルトは奪った槍で、男たちを攻撃し、1人、2人と地面に力なくうずくまる。
そうする内に、柵が破壊され始める。ゴブリンがすぐに侵入してきた。丘の上から降りてくるトロルも、もうすぐ側まで迫ってきている。
「くそう!!引き上げるぞ!!!息がある奴を助けて集会所に逃げ込め!!」
ゼヤックが指示を出して、急いで集会所に向かったが、そこで男たちは愕然とする。
集会所の鉄の門は、完全に閉じられていた。
「うそ・・・・・・だろ?!開けろ!俺たちだ!!」
叫んだが、中からの返事は無い。
先に逃げ込んだ連中は、恐怖のあまり、集会所の奥に引き込んで、体を寄せ合って、ただ震えていた。
「ただ逃げ込んだだけじゃ、結局誰も助からねぇぞ!!」
叫んでも門は開く事は無かった。




