表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレス冒険譚~竜騎士物語~  作者: 三木 カイタ
第一巻 冒険の始まり
51/1016

外伝 短編 1 「ベアとリア」

 グラーダ条約により、各国間の戦争は無くなったが、国の内部での争いは絶える事が無い。

 内戦、部族間抗争、権力闘争、貴族領地を巡る争い。度しがたい風習で、貴族の娯楽としてのウォーゲーム。

 そして、住む所を失くした者。国内に住めなくなった者。仕事を失った者。飢餓に追われた者は、難民となり、国外に脱出する。


 難民の向かう先は、大抵がグラーダ国である。移動するのに容易な大街道は、必ずグラーダ国に繋がっている。最も栄えた国であり、入国の税金も掛からない。

 ただし、入国に際しての審査はある。

 冒険者なら冒険者証、商人であれば手形。旅人であれば旅行手形。そうで無くても、何らかの身分証は必要だ。

 他国に比べて、手間は掛からないが、難民を無条件には受け入れたりしない。


 グラーダ国は、国内生産量も多く、国庫も潤っているが、難民をただ受け入れて養う事はしない。何故なら、難民は国民ではないからである。国の運営は国民からの税金で運営している。もちろん、国営の事業がすこぶる景気が良いグラーダ国は税金収入は国庫の一部でしか無い。

 しかし、そこに税金が使用される以上、国民が最優先である。慈善事業だけでは国の舵取りは出来ない。


 だから、難民は、南の難民キャンプに送られる事となる。そこは土地が余っていて、緑化計画の為の作業員が必要なのだ。そこで一定の仕事をして、自分たちの食事や、家賃を支払う程度の仕事は斡旋する。福祉は最低限である。

 それでも、より国民に近い権利が欲しいなら、国民権を買い、国税を納める事で、グラーダ国民としての扱いを受ける事が出来る。

 グラーダの方針は、難民に、ただ支援するだけでは無く、自立する事を提案するのであり、その手段を提供する事にある。

 その上で、国民となり、国力増強に繋がるならば良しということである。


 だが、これは大人ならば可能な話しである。

 親のいない子どもはどうなるのか?

 一応、難民キャンプには、託児所が設けられている。働く親の子どもが預けられる施設だが、併設して、孤児院もある。

 だが、最低限の福祉である以上、全ての孤児が受け入れられる訳では無い。

 そんな孤児は、難民キャンプ内で、ゴミをあさって生きている現状だ。ボランティアが炊き出しに来ると、優先してそうした子どもは食事を与えてもらえる。集団で寝泊まりできる建物もある。医療、衛生は十分ではない。

 それでも、親はなくとも、グラーダ国まで誰かが連れてきてもらえた場合は、最低限生きていけるので、幸福と言えるかもしれない。


 誰からも救いの手が差し伸べられず、情勢が危険な国に捨て置かれた孤児は、悲惨である。

 奴隷制度は無くなったが、それでも人買いが無くなる事は無い為、オモチャのように扱われたり、狂った趣味の餌食になったり。体面上は雇用でも、内実は奴隷同然の扱いを受けたり。最も多いのは、そのまま餓死するなり、病死するなり。


 大人が起こす戦争の最大の被害者は、いつも弱者である。女性であったり、子どもであったり。



 ベアトリスは、朝起きたら、家が半分消し飛んでいた。ベアトリス自信も負傷していて、瓦礫から、何とか這い出すと、そこには大勢の兵士たちが破壊行為、陵辱行為、略奪行為を欲しいままにしていた。

 ベアトリスの両親は瓦礫の下敷きとなっていて、年の離れた姉は、兵士たちに陵辱されていた。

 

 ベアトリスは、それを見ながら、ひっそりと瓦礫の下に潜り込んで、死んだように息を潜めていた。僅か3歳程度だったが、生存本能か、泣く事も、叫ぶ事もせず、ただジッとしていた。

 数日は、そのまま身動きもせずに、瓦礫の下に隠れていた。空腹は我慢し、雨が降ったときに水たまりが目の前に出来るので、それをすすって、辛うじて命を繋いでいた。

 もう大分前から、村は静かだった。

 それからようやく、ベアトリスは瓦礫から這い出た。

 そこで見た物は、もう記憶にも残っていない。


 ただ、何とか歩き出して、大きな道にたどり着いた。大きな道を歩いていたら、大きな馬車が目の前で止まった。

 そして、ベアトリスは命を救われた。




「ベアー。もう持てないわよ~~~」

 イヌ獣人のリアが、ベアトリスに情けない声を上げる。

「まだほんの3袋でしょ?あなた獣人なんだから、力持ちでしょうが」

 ベアトリスが、びっしり書き込まれたメモを見ながら、メガネの位置を直してため息を付く。

「重さじゃ無くて、バランスだよぉ~~~」

 雑多な物が入った、布の袋は、大人が一抱えする大きさだ。それをリアは1人で3つ抱え持っている。

「あと2軒の辛抱よ」

 リアの泣き言を、ベアトリスはばっさり切って捨てた。

「ひどい、ベア!!鬼!アホー!オタコンチン!!」

「知らないわよ!急ぐのよ!」

 全く取り合わない。

「ペンダートンの犬~!!」

「犬はあんたでしょ、リア・・・・・・」

 リアの精一杯の悪口を、クールにスルーする。


「鬼ババァ~!」

「誰がババァですって!!??」

 ベアトリスがリラに掴みかかり、荷物で手が離せないリアのほっぺたをギュウギュウ引っ張った。

「あああ~~~。おえんあはい。おえんあはい」

 リアが涙目で言う。

 「ババァ」はベアトリスには禁句である。

 


 ベアトリスは26歳で、まだまだ、若さ弾ける年頃ながら、周囲の同年代は、もうほとんどが結婚してしまっている。

 ベアトリスはスタイルも良く、顔も良い為、これまでに何人もの男の人に声を掛けられている。それなりに恋も経験してきたとも思う。


 だが、幸か不幸か、ベアトリスは幼い頃に、ペンダートン家の奥様、クレセア・ペンダートンに保護された。それから、クレセアの営む孤児院で育つ。そして、教育も施して貰い、大恩あるペンダートン家のメイドとして働く事が出来た。その中でも、特にペンダートン家に近しいメイドとして働かせて貰っている。その事は、本当に幸運だったと思う。ただ、近しいメイドなので、様々な賓客に会ったり、社交場に同行する事も多々あった為、目が肥えてしまった。

 その為、ただの街の男には食指が動かない。これが不幸だ。

 気がつけば、行き遅れ感が漂う年齢になってきた。焦りたくはないが、内心焦っていた。

 


 ムニムニとよく伸びて、つまみ心地のいいリアの頬を放すと、リアの顔を見てため息を付く。

「な~に~?」

 すぐにヘラヘラ笑うリアが羨ましい。

 

 ベアトリスが助けられた馬車には、他にも子どもが乗っていた。それがリアである。その時はわからなかったが、リアは、虐待用の愛玩具として、悪趣味は商人に監禁されていたそうだ。ベアトリスが助け出されたときは、ずっと眠っていたが、クレセアが助け出したときは瀕死の重傷だったそうだ。

 首に鎖が付けられて、拷問されたまま、町を襲ったどこかの兵士たちに建物を壊され、商人も死んだまま、置き去りにされていたらしい。

 

 クレセアは、ペンダートンとグラーダの旗を掲げた馬車で、戦禍の町から、人々の救助をする活動をしていた。

 馬車は他にも4台あり、怪我人は、付近の救護施設に運び、ベアトリスたちの様に、身寄りの無い子どもを、ペンダートン家の孤児院で引き受けていたのだ。

 無論、戦禍のある国、全てを回れる訳ではない。

 たまたま、近くの国を訪れていた時に、この国での戦禍を聞き及んで、近くの村や町を回っただけである。

 だから、ベアトリスも、リアも運が良かった。



「あなたは良いわよね!!」

 ベアトリスがリアに文句を言う。

 リアは、ドジで、どこか抜けているが、愛嬌がある。同じ26歳だが、ベアトリスと違って、恋愛や結婚に焦っていない。

 多分、生涯独身でも、ペンダートン家で働けるなら、それがリアに取っての幸せなのだろう。

 にもかかわらず、リアは、多分結婚に関しては心配がいらないのではと、ベアトリスは思っている。

 ペンダートン家の双子の兄、キースは、幼い頃からリアになついていた。今も、リアには特別甘いし、逆にリアも、キースを可愛がっている。なんとなく、このまま2人は結婚するのではと思う。

 ペンダートン家は、他の貴族と違い、他家と縁を結ぶ必要が無いほど絶大な力を持っている。政略結婚の必要性は無いし、自由恋愛の家風である。


 かといって、ベアトリスは、リアに嫉妬心は無い。子どもの頃から、何故か何をするにも一緒だった。

 きっちりしたがるベアトリスと、何でも適当に済ませようとするリアでは、水と油なはずなのに、なぜか収まりが良かった。

 リアが幸せなら、ベアトリスも嬉しい。


「甘い物食べようよ~~」

 屋台のスイーツにリアがつられる。

「だから、急いでいるのよ!!」

 ベアトリスがリアの背中を叩いて、前進を促す。

「酷いよ~~~!」

「今日はお客様が来るのよ!特別な料理を作るそうなんだから、急いで買い物を終わらせなきゃでしょ!?」

「ああ。そうだったぁ~~」

 忘れていたのか・・・・・・。本当に手が掛かるメイドだ。



 だが、手が掛かったのは、本当はベアトリスの方だった。

 助け出された後、ベアトリスは心を閉ざしていた。どんな声かけにも、愛情にも無反応で、無表情だった。

 自分から身の回りの事もせずに、放っておくと、1日中、壁を見て突っ立っていた。トイレも自分で行けず、その場で漏らしてしまう。


 心が壊れていた。


「ベアちゃん?一緒にお風呂行こ?」

「ベアちゃん?一緒にご本見よ?」

「ベアちゃん?お人形遊びしよ?」

「ベアちゃん?」

 無反応、無表情のベアトリスに、ずっと構って、世話をして、話しかけてきたのはリアだった。

 商人の趣味で、幼い頃から、毎日の様に虐待、拷問を受けてきて、人の愛情も知らないで生きてきた。ベアトリスと同じ年の、3歳ちょっとのリア。

 なのに、一緒に救出された、ベアトリスの事を、ずっと心配して、穏やかに、優しく、根気強く語りかけて、面倒を見てくれていたのだ。



 ある日、ベアトリスの心の堤防が決壊した。

「うわあああああああああああああああああああ~~~~!!」

 あの日以来、初めて涙が出た。声が出た。感情が溢れた。泣いて泣いて、泣き続けた。何が悲しいのか、何が苦しいのかわからないが、辛くて、辛くて泣いた。

「よ~し、よ~し。怖くない。怖くないよ~」

 ベアトリスを、ギュッと小さなリアの手が抱きしめる。

 リアは、ベアトリスが泣き止むまで、ずっと「怖くないよ~。大丈夫だよ~。偉いね~」と言って、慰めてくれた。

 


 ベアトリスは、リアが大好きだ。リアも、ベアトリスが大好きだ。

 今は2人とも幸せである。

「リア。お使いが終わったら、私のとっておきのチョコレート、一緒に食べましょうね」

「うん。ベアちゃん大好きぃ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ