冒険の始まり 登城 3
すっかりホクホクしてしまった俺は、少し緊張感を取り戻しつつ「賢政」ギルバート様との面会をする。
噂では、とても厳しい方だと聞いていた。祖父の勧めと紹介で俺は2人の聖人に面会していたのだ。
緊張した俺がギルバート様の執務室のドアを開けると、一瞬、きつい目で俺を睨む様に見たギルバート様だったが、すぐに目の圧力を解いてくださった。
「いや、失礼した。君がカシム君だね。噂はかねがね・・・・・・いや、本当に良く耳に親しませてもらっているよ」
ギルバート様がおっしゃった。
「良いかね、カシム君。これから君が困難に遭ったとしても、私も、リザリエ様も、もちろん君のお爺さまも君を支持している。だから、決してアクシス様を諦めてはいけないよ」
ん?有り難い言葉なんだろうが、違和感がある。アクシスを諦めるってどういうことだ?なぜアクシスが出てくる?
その後、数分話をして退室する。
俺はますます謁見の間に行くのが嫌になった。もうこのまま旅に出てしまいたいと切に願う。
だが、次はいよいよアクシスの元に行かねばならない。
使いの者が、追伸として、アクシス直々の伝言を伝えたのだ。
15時より前にアクシスの元を訪れるようにと・・・・・・。
「ああ、イヤだ」
声に出てしまう。
今日この日に、アクシスに会ってどうするんだ。この後はあの親父とも顔を合わせなければいけないのに。
アクシスが妙な事をしでかしたり言ったりしたら、謁見の間で俺は殺されてしまうかも知れない。アクシスはその辺がまるで分かっていない。
なので、出来ればせめて、このまま15時になり、不可抗力でアクシスに会わずに謁見の間に向かいたいところだ。
そう思っていた時、柱の陰に隠れる様に動く人影が前方に見えた。
白い服を着ていた様なので、地獄教徒を思い出し、警戒を強める。
俺は、昨日得た「無明」の技で全周の気配を感じつつ、出来るだけ自然に歩を進める。
誰かが隠れた柱に近付くと、とてもきれいな女の人が、不安そうにこちらを窺っていたので、どうしたものかと考える。少なくとも地獄教徒ではないだろう。
服装や、手にした竪琴から見て吟遊詩人に間違いない。少し露出が多いのでドギマギしてしまった。
しかし、多い露出に比べて、とても清純そうな佇まいで魅力的な女性だった。
それにしても、どこか困ったような、不安そうな様子が気になる。そこで俺は足を止めて声を掛ける事にした。
「どうかなさいましたか?」
俺が、出来るだけ穏やかに、小さい子を安心させるように言った。顔を上げたその人が、あまりにもきれいだったので、思わず声がうわずってしまった。それが災いしたのか、女性の反応は不安そうだ。
「あの・・・・・・いえ」
そこで俺はピンとくる。
「ああ」
この人は吟遊詩人だから、いろんな所を旅しているのだろう。となるとこの城にも不慣れなはずだ。しかもこの城は世界最大の、ちょっと無駄なくらい広い城だ。
この人はきっと迷ったのだろう。
まてよ。この人が迷っていたとすると、俺はこの人を案内するべきだろう。そうだ。そうすれば案内するだけ時間が掛かる。思わず15時になってしまっていても仕方が無いじゃないか。
思わぬ口実にすかさず飛びつく。
「この城はやたらと広いですからね。よろしければご案内いたしましょう」
自然に、さりげなく会話を展開出来たとほくそ笑むが、女性は戸惑った様子。
「あの・・・・・・、その・・・・・・」
ヤバい。ナンパと思われただろうか?・・・・・・いや、そうか。しまった。俺は女性を前にしてまだ名乗っていない。これは大変に失礼な事だ。
俺は慌てて失点を回復させるべく姿勢を正して名乗る。
「失礼しました。私はカシム・ペンダートンと申します」
考えて見ればかなり怪しい。どうにも必死に案内しようとしているのがバレバレなんじゃ無いだろうか・・・・・・。思わず冷や汗が垂れる。
考えてみれば、俺って、初対面の、しかもこんなきれいな女の人に自分から話しかけた事ってあっただろうか?
そりゃあ、家のメイド達は美人だし、アクシスだって充分可愛い。でもあれらは俺が小さい時から一緒にいて家族同然だ。変に意識した事なんて無い。
後は修行や訓練ばかりで、社交界以外で女性と話した事はほぼ無い。同年代の同性の友達だって1人もいない有様だ。
やばい。意識したらものすごく緊張してきた。もし案内する事になったとして、俺は上手くエスコートできるのだろうか?
いや、できまい。
そもそも、俺もこの巨大な城を十分知っている訳では無い。小さい頃に探検したり、訓練で訪れたりしたが、まあ、その程度だ。
今アクシスに会いたくないばかりに、俺は間違った事をしてしまったのだろうか?
俺が激しく動揺していると、女の人がすごく申し訳なさそうに言った。
「いえ、その・・・・・・。『謁見の間』の場所を教えて戴ければ大丈夫です」
謁見の間なら良く知っている。しかも後で俺が行かなければ行けないところだ。そうと知ると、案内できないのが残念だ。
そこで俺は、せめてもの時間稼ぎにと、出来るだけ丁寧に道順を教えた。
そんな事をしても、稼げた時間はほんの数分。もうこれ以上時間稼ぎしても意味が無い・・・・・・。
他に何か困っている事は無いだろうかと女の人を見るが、さすがに不躾が過ぎると思い立ち、一礼してその場を離れる。
思い返しても、俺、怪しすぎる。絶対変な奴だと思われた。
あんな美人にそう思われたとなると、ちょっと死にたくなる。
せっかく時間を稼いだのに、早くその場を去りたくて、少し早足になってしまう。本末転倒だ。
そして、今は14時15分・・・・・・。15時まで充分時間があるじゃないか。
俺はいよいよ覚悟を決めて、アクシスの部屋に向かう。
その道は勝手知ったるものだった。
本来は厳しい護衛がいて、アリ1匹通さない厳重さで、城5階の奥の王族専用エリアにあるアクシスの部屋を訪れるなんて事は出来ない。
特に男は。
だが、俺は顔パスで警護を素通りしていく。
アクシスの命令が徹底されているのと、何人かは俺の事をキラキラした目で見てくる。「なんかすごい奴」って噂を流したのはいったいどこのどいつだ!?一度文句を言ってやりたい。




