冒険の始まり 救出劇 5
それにしても「グルグル抱っこ」なんて技を、この年でまだ再現できるアクシスに驚きあきれる。
元々これは俺が4歳、アクシスが3歳の頃に編み出した技である。
アクシスが修行ごっこで疲れると、抱っこを要求して甘えてくる。なので、背中から降ろして、改めて抱っこしていたのだが、ある日、降りるのを嫌がり、それならと、おんぶからそのまま抱っこに移行させる事を思いつく。思いついたのはアクシスだ。で、やってみたら意外と簡単にできた。
それから、その技に磨きが掛かり、俺の周りをクルクル回るように抱っこ、おんぶを何周も高速で繰り返す遊びとなった。
もちろんその過程で、何度もアクシスをぶん投げてしまい、俺もバランスを崩してこけたりして、お互いに擦り傷やアザが増えたりした。
まあ、今思うと、相当無茶な遊びをお姫様としていたものだと血の気が引く。
こんな無茶を大人になってからしているのだから、無事逃げられたとしてもアクシスは明日は筋肉痛で、まともに動けないのではと思う。
筋肉痛どころでは無い俺としては、明日と言わず、出来れば今すぐ気絶したい。
満身創痍で外に飛び出したが、遺跡の前を、10人ほどの白装束集団が囲っていた。全員が武装している。
どうもあの棒術使いの部下のようで、棒術使いの邪魔にならないように下がって出口を包囲していた様だ。
部下だとすると、あの棒術使いよりは数段腕が落ちるのだろう。
だが、現状、それはたいしたプラス要因にはならない。俺に残された武器と言えそうな物は、クサビが一本くらいだ。ハケやルーペは・・・・・・さすがに何の役にも立たないだろう。
包囲された俺は、アクシスをゆっくり地面に降ろすと、ベルトからクサビを抜き取る。
敵の武器は、槍と剣だ。狙うべきは右後方の槍を持つ男。後方にいて油断しているのか、槍を力なく持って立っている。
「圧蹴」。
一歩で数メートルを跳躍し、槍を持つ男の手にクサビを突き立てる。一瞬のうちに目の前に現れた俺に驚いた男は、手を砕かれた痛みで、呆気なく槍を取り落としてしまう。
俺はすかさずその槍を奪うと、一瞬俺を見失っていた数人に切りつける。2人は肩や腕を切られてうずくまり、1人は剣をたたき落とされる。
一瞬の混乱から冷めた1人が、剣を振りかぶりアクシスに斬りかかろうとする。俺はためらう事無く、手にした槍を投げつける。槍は剣を振りかぶった男ののどに突き刺さり、男は絶命する。
その隙に俺はアクシスの元に駆け戻る。そして、包囲が解けた一瞬の隙にこの場を脱出すべく、アクシスを抱え上げる。
「お兄様!!」
アクシスが何かに気付いて叫ぶ。
その瞬間、俺の左足に激痛が走る。そして振り返り驚愕する。
俺の後ろに、あの棒術使いが立っており、棒術使いの十字槍の先端が、俺の左足の太ももに刺さっていた。
「良いい~~。良いぃいいいいいいいぃ~~~。さぁ~、最高だぁ~~~~~」
さっきまで無表情だった棒術使いは、右肩から先を失ったというのに、恍惚とした表情でよだれを垂らしながらニタニタ笑っている。
「この痛み!体が焼けそうに痛い!俺の命が流れ出ていくのが分かる。あああああああ~~~~~!!最高だぜお前らぁ~。愛してるぜぇぇぇぇ~~」
男が十字槍をひねろうとしたので、俺はすかさず槍を足から引き抜く。
「いかれてる・・・・・・」
あまりの異常さに吐き気を催す。
俺を包囲していた連中も、一瞬、呆気にとられて棒術使いを見る。
ここで最後の力を振り絞らなければいけない。そして、この先俺は力尽きるだろう。
痛む足を押して、俺は足に力を込める。もうこれ以上は絶対に無理だ。
最後の「圧蹴」。
俺は数メートルを一瞬で走り抜けた。無理をした足が破裂しそうに痛む。それでも包囲を抜けると、もう後も見ずに走り出す。後ろから追ってくる連中の声が聞こえる。明らかに人数が増えている。だが、これ以上付き合ってはいられない。
負傷した足を引きずりつつ俺は必死に走る。
羽根のように軽く感じていたアクシスが、今はとても重く感じる。全身が火に包まれたように痛み、呼吸もままならなくなる。もうダメだ。これ以上走れない。
もうダメだ・・・・・・。
俺は痙攣して、今にも崩折れそうになる足を、懸命に踏ん張りつつ、アクシスを地面に優しく降ろして立たせる。
アクシスが涙を浮かべて俺を見る。そこで初めて俺の目の傷を直視する。
「お兄様!?その傷!!」
俺は小さく首を振る。そんな事気にしなくて良い。
「アクシス。逃げろ・・・・・・」
「イヤ!」
アクシスが首を振る。
「アクシス。俺は・・・・・・もう、無理だから・・・・・・」
アクシスの肩を押す。だが、アクシスはそれを無視して俺の下に入り込み、俺の肩を下から支える。そして、つぶれかかりながらも、俺を引きずるように前進しようとする。
こんな事している場合じゃ無い。すぐに追いつかれてしまう。俺はもう何の役にも立ってあげられそうも無い。
アクシスを守りたいのに、もう守る力は残されていない。悔しい。俺の力の無さが・・・・・・弱さが悔しい。
「アクシス。本当にもういい。お前だけでも逃げてくれ。頼む」
「イヤです!お兄様と、もう離ればなれになんかなりたくないです!」
「俺に、昔の誓いを守らせてくれ・・・・・・」
その言葉に、アクシスの両目から涙があふれる。こんな状況だというのに、アクシスはとても嬉しそうに微笑む。
「覚えていてくださったんですね?でも・・・・・・ずるいです。・・・・・・それを言うなら、わたくしも誓いを守るべく行動させていただきます」
そう言うと、アクシスは、決意を固めた表情で前を見て前進を開始する。
その時、俺たちのすぐ近くに10人を軽く超える人影が、忽然と現れた。
意識朦朧となりながらも、俺は神経は尖らせて周囲を警戒していたはずなのに、全く気配を感じさせなかった。
これでもう助かる望みは絶たれた。もはやアクシスと共に死ぬ事が、せめて俺がアクシスにしてやれる事だ。