冒険の始まり 救出劇 4
棒術は間合いが長い。しかも、短い間合いでも取り回す事が出来る、隙の小さい武器だ。だが、一撃必殺とはなりにくい武器でもある。
一方、こちらの武器はショートソードの鞘である。間合いでも威力でもまるで勝ち目は無いが、それでも飛び込む事でしか勝機は見いだせない。
意を決して鞘を構える。後方でも矢をつがえてこちらに狙いをつけ、一瞬でも隙があればと狙っているはずだ。
俺はここで切り札を出す。
「圧蹴」だ。
ペンダートン家に伝わる歩方で、極限まで踏み込んだ足で、一瞬で一歩数メートルを進む。
ただそれだけなはずなのだが、俺の祖父は一瞬消えた後、遥か先に出現する瞬間移動のように動く。しかも、発動の瞬間に何故かまぶしく光る。
俺はまだまだ未熟で一歩しか進めない。それでもこの一歩に賭ける。
足に力を込め、技を発動する。
祖父に比べると遥かに遅いが、それでも相手の虚を突けた。棒術使いの突きをかいくぐり懐に入る。だが、棒術使いの表情は崩れない。
「しまった」と思ったが遅かった。突きはフェイントで、回転させた棒の後ろ部分が眼前に迫っていた。棒は先も後ろも武器として使えるから、使い手次第で変幻自在となる。
俺は懸命に鞘を振り、柄を打ち払う。同時に背後から迫ってくる矢を反転しながら鞘で払おうとする。
しかし、鞘は棒を打ち払った衝撃で、粉々に砕けてしまった。
俺は覚悟を決めて、飛んできた矢を右の手のひらで受け止める。矢の威力は凄まじく、呆気なく手のひらを貫通して俺に迫ろうとする。だが、手を振り軌道を変える事に成功して、矢は貫通して天井方向に飛んでいった。
弓矢の男の放った矢は、俺が躱したとしてもぎりぎり棒術使いに当たらない角度に計算されていた。恐ろしいほど連携が取れた攻撃である。
何とか再び棒術使いとの距離をとるが、切り札も使ってしまった。もう一度使ったとしても、さっきのように看破されてしまうだろう。
だが諦めるわけにはいかない。
「アクシス」
俺はアクシスに声を掛ける。
「はい!」
すぐに返事が返る。
「合図で『グルグル抱っこ』だ」
「はい!」
すぐに察したのだろう。返事が早い。
俺はベルトに挟んでいるハンマーを、棒術使いに見られないように抜くと、じりじりと距離を詰める。
すると、相手は足を広げて棒を構える。どうやら必殺の一撃を放つつもりらしい。
更に、背後からの殺気も強く感じる。弓矢の男も、いよいよ本気の一撃を放つ様だ。つまり、ここで勝負が決まる。
俺はおもむろに下投げでハンマーを棒術使いに投げつける。そもそも、手のひらを矢で貫かれた俺の投擲は大きく狙いを外していた。
棒術使いは、それを避けるまでも無く、渾身の勢いで突きを放つ。
下投げでハンマーを投げた俺は右腕を高く突き上げる恰好となり、バランスを崩す様に体を後方に反らして回避する。
棒の先端が、俺の鼻先に触れんばかりの距離にある。
それで、ぎりぎり棒の間合いから逃れたように見えるだろう。
だが俺は知っている。棒術の厄介さは、その間合いの伸びである。
棒はここから、更に一段、あるいは二段伸びてくる。
背後からの凄まじい殺気に、弓矢の男が狙い澄まして矢を射てきたのが分かる。
実際に気配を感じたのでは無く、このタイミングで射るはずだと確信したから感じたのだろう。
この2人組の連携練度であれば、棒術の伸びに対応しきれず一撃を食らい、動きが止まった瞬間に、背後からアクシスもろとも俺の背を射貫くつもりなのだろう。
棒の一撃をもらわずとも真後ろに退けば、同様に背後から矢で射貫かれてしまう。可能ならば横に避けるべきだろうが、棒術男の使うこの棒は先の形状からして、何か仕込んでいると見た。横に避けるのは得策では無い。
矢も棒も避けるべく、俺はスウェーバックからそのまま地面に垂直に落下して、背中から地面に倒れるように棒を躱す。
案の定、棒の先が変形して、3本の刃が飛び出し、十字槍となる。もし首をひねってぎりぎり回避しようとしていたら、飛び出た刃に首を掻き切られていただろう。
とは言え、このまま仰向けに地面に倒れたのでは、それこそ次の瞬間に俺は槍で突き殺されてしまうのは確実である。
圧倒的なピンチである。
だが、ここから反撃開始だ。
「今!」
俺はアクシスに合図を送る。
アクシスは俺の腰に巻き付けていた足を外して、両足を右側面から思い切り前に回して伸ばす。
仰向けに倒れかかっている状況では、アクシスの両足は天井に向けてまっすぐ伸びる形になっている。
アクシスの足が棒術使いの十字槍を高く蹴り上げた。
同時に、王女としてはあられも無い姿をさらす事になってしまったが、広がった白いスカートによって、棒術使いの視界を完全に塞いだ。
槍を弾く音を聞くと、俺は急いで左手でアクシスの腰を掴んで引き寄せる。アクシスは腕のロックをほどいて、右側面から一回転して俺に抱っこされる形となる。その直後、俺の背は地面に落ちる。
その瞬間、広がったままのアクシスのスカートの一部が大きくはじけ飛ぶ。
はじけ飛んだ先で、棒術使いが呆然とした顔で立ち尽くす。
その右の肩から先が消えていた。
俺たちの連携した動きが、棒術使いの予想を上回った。
死角からのアクシスの蹴りで槍を弾かれ体勢を崩される。しかもスカートで視界をふさがれたところに、矢がスカートをはじけ飛ばし、棒術使いの右肩に当たったのだ。
どうやらこの矢は、只の矢では無かった様だ。魔法で風属性を付与されていたに違いない。渦巻く風で、矢が当たった部分を強烈にねじり取っていく攻撃だったのだろう。
アクシスに当たらなくって良かったと心底思う。
俺はアクシスを抱っこした状態で地面に倒れていたが、すぐに飛び起きると、右肩から先を失って立ち尽くす男の脇を走り抜ける。もう、後ろからの矢を気にする事もせず、遺跡の出口から外に駆け出る。