白竜の棲む山 冒険者として 2
だが、熱くない。感覚がおかしくて感じないのか?
それとも、もうとっくに死んでいるのか?
しかし、右腕からの激しい熱さと、呪いによる痛みは変わらない。
見てみると、炎が俺を避けている。
『これは?魔法か?』
火炎に対する防御魔法が、いつの間にか俺にかけられている?
そう思った瞬間、俺を包む炎がかき消える。空中に突如として現れた男が、マントを広げて激しく空中で回転する。男の周囲を無数の何かが飛び交っている。
「はああっ!」
男の気合いの声で、周囲の炎が一瞬で消えた。
後には竜の残骸が散らばるのみだ。
その男は地面に降り立つと、すぐに俺の元に駈け寄る。
「すまない。遅くなった。今の魔法で精一杯だった」
炎防御の魔法はこの男がかけた魔法だった様だ。おかげで炎に焼かれずに済んだ。
だが、男は俺を助け起こそうとして顔をゆがめて手を止める。男の目が俺の右半身を見る。
「・・・・・・すまない。カシム」
男は再び謝る。俺の名前を知っているようだ。
俺は体を起こそうとするが出来ない。右腕は全く動かないし、全身の激しい痛みで気絶すら出来ない。
「カシムーーーーー!!」
「カシムくーーーーん!!」
「お兄ちゃーーーーん!!」
仲間たちの声が聞こえる。
俺は首だけを向ける。それだけでも激痛が走る。
駈け寄った仲間たちは俺を見て絶句する。
リラさんがすぐに俺の前にかがみ込むと、回復魔法を唱え始めるが、無駄だ。
それに泣いていて、詠唱が出来ていない。
ミルも、ファーンも絶望の表情を浮かべている。
「・・・・・・す、すまない・・・・・・な」
俺は何とか声を押し出すと、無理に笑顔を作ってみせる。
「ここ、まで、だ」
俺の命があと僅かなのは、誰の目にも明らかだった。
「くや・・・・・・しい、な」
悔しいな。
やっと楽しくなってきたのに。
望みが見つかったのに。
ここで俺の旅は終わってしまう。
白竜に会いたかった。
左目から涙が一筋伝い落ちる。
『そう思うなら、立ちなさい、カシム』
洞窟内に声が響いた。美しく、力強く、威厳に満ちた声だ。 突然、轟音がして、すぐ先の通路の壁に大きな穴が開く。その穴から光が射す。外の光だ。
あの壁の穴の先は、白竜のいる、この山の中心地のようだ。
そんな・・・・・・。こんな近くまで来ていたのか?!
俺は愕然とする。そして、悔しさが一層こみ上げてくる。
こんな近くまで来ていた。
あと少しで、白竜の元にたどり着けたのだ。なのに、俺はここで力尽きようとしている。
白竜が俺の名前を呼んでいるのに・・・・・・。
『なにをしているのです?立ちなさい。そして我が元にたどり着くのです』
静かで荘厳で、有無を言わさぬ声。無数の和音で奏でられた音楽の様に深く響く声が俺を呼ぶ。
行かない訳にはいかない。
俺は体を起こそうとする。激痛に顔をゆがめる。
「カシム!!」
ファーンが俺に手を貸そうとする。しかし、それを厳しく止める声が響く。
『カシム。1人で立ち上がり、ここにたどり着きなさい』
その声に、俺はファーンを目で制する。ゆっくりと首を振る。
「そんな。だって、お前・・・・・・」
ファーンがくしゃくしゃに顔をゆがめて泣く。俺の笑顔は成功したのだろうか?それとも右側面を焼かれた俺の顔は醜いだけだったのだろうか?
リラさんを見る。ミルを見る。突然現れた俺を知る男とも目が合う。
俺は歯を食いしばり、体を起こす。内から外からの痛みが凄まじい。
何かが崩れるのを感じて、全く動かない右手を見ると、炭化した指先がポロポロと崩れた。
なんだ。右腕はほとんど炭と化しているじゃないか。これなら右腕は痛まないな・・・・・・。
激痛の中、そんなバカな考えがよぎって可笑しくなった。
そして、震える足に力を入れると、最後の力とばかりに立ち上がる。立ち上がった瞬間、平衡感覚を失い倒れそうになるが、何とか倒れずに済んだ。
足がブルブル震えてしまう。一度でも倒れたら、恐らくもう二度と立ち上がる事は出来ないだろう。
全身が痙攣を起こす中、俺は懸命に足を前へ、前へと動かす。
光射す穴の向こうへ。
創世竜白竜の元まで。
穴の直前で、俺は再び大量の血を吐く。目からも血が流れ出す。内臓がねじ切れそうな痛みが襲う。
「ガアアアア、アア・・・・・・」
力なくうめき声を上げるが、足を踏ん張り、何とか1人で立ち続ける。それでも痛みで体が跳ねる。
「お、おい!何だよこれ!?」
「これも竜との戦いのダメージなの?!」
「お兄ちゃん!!」
みんなの声がすぐ近くでする。
『知らせていなかったのですか?これは呪いです』
創世竜の声が響く。さすがは「知恵ある竜」だ。何でもご存知のようだ。
「呪い?なんだよそれ!?なんで教えてくんなかったんだよ!?」
ファーンが怒鳴る。
「す、すまない・・・・・・」
俺は自嘲気味な笑みを浮かべる事しか出来なかった。
「すまないじゃねーよ!言えよ!仲間だろう?!相棒だろう?友達じゃんか!!!」
ファーンが俺を叱り飛ばす。コイツは本当に良い奴だ。
俺はファーンと出逢えた幸運に感謝する。アメルでファーンが俺に声をかけてくれて本当に良かったと思う。
「ああ。・・・・・・次からは、言うよ」
俺が渾身の冗談を言うと、ファーンが泣き笑いの表情で「バカ」と言った。
『カシムの命は、竜との戦闘での傷があろうが、無かろうがあと僅かです。それを知った上で、お前たちはカシムに付き合って私の元に来るかどうかを決めなさい』
これは命の選択だ。俺はここで白竜に認められたにしても命を失う。そして、仲間たちが白竜と遭遇すると言う事は、ほぼ確実な死を意味する。今の白竜の言葉は、そう言う意味だ。
俺と来るなら「殺す」と・・・・・・。
俺と一緒に死ぬか、俺を1人で行かせる事で助かるかの選択だ。