白竜の棲む山 竜 4
俺はあまりの事に、完全に反応が後れてしまった。
野生の竜である。この白竜山では創世竜白竜に次ぐ生物であり、白竜はこの竜たちを、主食として領域内に放し飼いにしている。
高レベル冒険者は、この竜種を狩って、素材を売って儲けたりするそうだ。
その竜は、俺を正面に見据えながら、ゆっくりと、もったいぶるかのように水の中から地面に這い上がってきた。
逃げるか?!
俺が逃げる構えを見せかけた瞬間に、足を出そうとした方にわずかに竜が首を傾ける。そして、まるで笑うかのように大きく裂けた口角を上げる。
完全に俺を補足しているようだ。逃がす気は無いとアピールしている。
創世竜は「知恵ある竜」とも呼ばれているが、それは普通の竜が頭が悪いという訳ではない。竜は頭が良い。
恐らく目の前の竜は、人間並みに頭が良いはずだ。竜の種類によっては、人間以上に頭が良いものもいるらしい。魔竜種となると、魔法を使い、人語も操れる。
俺は竜を初めて見るが、思ったよりでかい。俺を見下ろす様にもたげた竜の頭は、俺の頭より2メートル近く高い位置にある。頭から尾までの長さはざっとだが8メートルぐらいか?胴も太く、その巨体でどうやって飛ぶのか、飛膜の翼が生えている。
4本の手足も太く力強そうだ。4本の指先には恐ろしく尖ったかぎ爪が光る。竜はこの手足で、巨体であるにもかかわらず馬より早く走る事が出来る。
つまり俺は、この俺を完全に食べる気でいる竜から逃げるのはまず無理だと思う。
この竜の名前は「トレボル・ドラゴン」。炎を吐く非常に危険な竜だ。
「グッグッグッ」
竜は明らかに笑っている。
もはや戦うしかない。
俺は覚悟を決めて剣を握りしめる。
竜は俺の戦意を認めると、それを挫くかのように吠えて立ち上がる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!!」
大気が震えるような咆哮。そして、両腕を広げて立ち上がる姿は絶望を感じさせる。
だが、奴は俺をなめきっている。
俺は心砕けない様に己の足を叱咤して、一気に竜の懐に駆け込み、ガラ空きの胴を剣で切りつける。
ドインッ!
硬く、かつ弾力のある感触。
「くっ!!」
剣は鱗に傷一つ付けられず、鋼のような筋肉で弾き返されてしまった。その瞬間、巨大な腕が振ってくる。上からのはたき落としの攻撃だ。俺は地面を転がってギリギリで回避したが、立ち上がる間もなく、俺の側面から太い尾が迫り、回避も防御も叶わないうちに俺の体を打ちのめした。
「ぐううううっっ!!」
メキメキメキッっと、嫌な音が俺の脇腹から聞こえた。肋骨にヒビが入ったようだ。息が詰まる。
それでも俺は呻く間も、呼吸をする間も無く横っ飛びに跳躍しつつ剣を振るう。
追撃してきた頭を避けて、長い首に切りつける。
だが、やはりかすり傷すらも付けられない。
着地して、更に後ろに5歩ほど跳躍気味に下がると、ようやく息を吐いて吸う。
「はああああーー。・・・・・・なんて硬いんだ」
脇腹がかなり痛んだが、それでしゃがみ込んだりするわけにはいかない。
竜は、柔軟で長い首と尾で、流れるような連続攻撃を仕掛けてくる。しかも、こっちの動きを予測しての連続攻撃だ。一瞬も気が抜けない。
逆にこっちの攻撃は全く効果が無い。
これは勝ち目が無いぞ・・・・・・。
それでも白竜を目前にして諦める事など、絶対に出来ない。
俺はあの時に誓ったんだ。どんな結末が待っていたとしても、もう自から自分の生を投げ出したりしないと。
「呆けるな!考えろ!そして、絶対に諦めるな!!」
俺は俺を叱咤し、鼓舞する。
竜の武器は、腕、足、頭、尾だ。特に頭は長い首で自在に攻めて来られるし、何より竜の吐く炎が恐ろしい。
だが、相手は巨体で首も長いのだから、懐に入り込まれたら死角になり易いのではないだろうか。そして尾も頭も届きにくくなるし、竜自身にも当たる事になる炎を吐くわけにもいかなくなるかも知れない。
離れていてはいけない。とにかく前へ・・・・・・。竜に密着して戦うんだ。
出来れば背中に登りたい。竜種の首の後ろには一枚だけ白い鱗が生えている。それこそが「逆鱗」と呼ばれる竜種の弱点だ。逆鱗は柔らかく、その下を攻撃すると、竜種に致命傷を負わせられる。なぜ、そんな弱点が存在するのかと言われれば、創世竜がそう創ったとしか言い様がない。
ただし、弱点だけにそこを攻撃して失敗すると、怒りに逆上した竜に相対する事となるそうだ。
チャンスは一度だけだと思った方が良いだろう。
トレボルドラゴンが俺を逃がさないように、両腕と翼を広げて、二足歩行でにじり寄ってくる。
「グッグッグッ」
俺を馬鹿にするように笑っている。俺の抵抗を楽しんでいるようだ。
腹は立たない。むしろそれで油断してくれた方が良い。
「うおおおおおおおおっ!!!」
俺は自分に気合いを入れる為に叫ぶと、竜に向かって走る。
鋭い牙をむき出しにした大きな口が迫って来る。それを避けて更に走ると、太く強靱な腕が、尖ったかぎ爪を光らせて俺に迫る。
速い!?
想像よりも速く、驚いたが、これも紙一重で躱す。
体勢を崩しながらも、竜の腕の付け根に切りつける。
「くっ!」
ここも効果は無い。
すかさず反対の腕が飛んでくる。これは見えていたので躱せるが、躱した先に最初の攻撃で使った腕の肘の部分が迫ってきていた。この竜は肘に鋭い杭のような突起がある。当たれば体に大穴が開く。必死に体を回転させて躱す。
竜の力だ。掠っただけでも致命的なダメージにつながる。
躱した直後に鱗の隙間を狙うように竜の脇腹に突きを入れてみた。鱗がめくれて肉に切っ先が当たる感触があったが、崩れた体勢で放った一撃は力がまるで足りずに、切っ先は竜の肉をほんの僅かなりとも傷つける事は叶わなかった。
「グッグッグッ」
俺の奮戦に、頭の上で竜が笑う。




