白竜の棲む山 黒魔導師 3
リラさんが改めて支援魔法を掛けてくれる。
いつもの疲労軽減魔法、精神異常耐性魔法、監視魔法阻害魔法、魔法探知魔法。
それと、ファーンと自分用に、センネの町で新たに契約が成功した魔法として、暗視魔法を使う。この魔法を唱えるのをリラさんはなぜか嫌がるんだよな・・・・・・。顔が険しくなるんだよなぁ。なんか嫌な事でもあったのかな?
支援魔法で減った魔力を、ポーションで回復させる。ちょっと値が張って1本150ペルナーする。銅貨で15枚だ。結構良い宿で1人食事付き一泊できる値段だ。
それぞれに必要な物は自分で持って、残りはファーンの「月視の背嚢」に預ける。携行食や水筒も各自で持つ。
リラさんはショルダーバッグで、スリムに収納しているが、さっきのようなポーションも数本持っている。
俺は愛用のウエストバッグだ。
ミルのはやたらと小さいウエストポーチを使用している。これも月視の背嚢の様な性能があるらしく、小さいのにいろんな物が入っている。いいなぁ。
準備が整ったので、俺たちは洞窟を奥に進み出す。
広い空間の先は、狭い通路となっていた。人が2人並んで歩ける位の幅だが、戦闘になる場合も考えて一列で進む。先頭がミル。次に俺、リラさん、ファーンの順番だ。
洞窟内には岩がゴロゴロしていて足元が悪い。天井も低かったり、横から張り出した岩があったりする。
ダンジョンであればこの辺りが違っていて、ある程度均一な広さの通路である。
ダンジョンは人が入る事が前提として作られているからであり、野生の生物が棲むだけの洞窟は、デコボコしていて当然だ。
創世竜が創造した洞窟なのだろうが、天然に近い造りだ。
一言で言うなら、とても歩きにくい。
「うう・・・・・・。あたし洞窟好きじゃないかも~~~」
先頭を行くミルが珍しく不平を言う。
そりゃそうだ。普通はエルフは洞窟を嫌うものだ。それはハイエルフだって同じだろう。
ミルは初めて洞窟に入ったらしく、最初こそ探検気分でワクワクしていたが、いざ入ってみると、ハイエルフの本能に目覚めて、嫌な気分になったに違いない。いつもより足取りが重い。
「俺は廃エルフだからへっちゃらだぜ!」
ファーンが得意げに言う。見た目以外はほぼ人間だからな、お前は。
「ミル。先頭代わろうか?」
俺が言うと、ミルが苦笑いする。
「ありがとう、お兄ちゃん。でも大丈夫。忍者になるんだもん。これくらいがんばらなきゃ」
ミルは小さいのに偉いなぁ。後ろの大きいのとは大違いだ。
道は曲がりくねりながら進み、直に分かれ道になった。
道の突き当たりは少し奥に続いているが、大小の岩がゴロゴロしているだけで行き止まりのようだ。
そして左右に道が続いている。どっちも緩やかに下っている。
「さて、どっちに進むかな・・・・・・」
俺が考えていると、ミルが提案する。
「あたし、こっちの道少し見てくる」
そう言って左の道に入っていく。道は曲がりくねっていてすぐにミルの姿が見えなくなる。
「少しだけにしておけよ」
俺は心配になって声を掛けると、「はーい」と返事があった。声が反響してこだまする。
その間は右の道を警戒しつつ、待機する。待機したのは本当に少しの時間だった。
「クククククク~~~~!」
ミルが血相を変えて駆け戻ってくる。
「クマァ~~~!」
「熊!?」
俺はすかさず剣を抜く。
「みんな、道を戻れ!俺は牽制しつつ戻る。もう少し広いところで迎え撃つ!」
リラさんとファーンが急いで道を戻る。ミルも俺の横をすり抜けて2人の後を追う。
俺も奥を警戒しながら後退を始めようとするが、その前に熊が目の前に到着する。
「ケイブベア」だ。サイズは普通の熊と同じで、立ち上がっても俺より体高は低い。ただ、前足が異常に発達していて爪も長い。硬い土や岩を掘って暮らす熊だけに、腕の力がすごいらしい。
熊は俺の前で立ち上がり吠える。
「グオオオオオオオオオッッ!!!」
うわ。これは戦いたくない。俺は踵を返して逃げようと振り向いて硬直する。
いつの間にか俺の背後にももう1頭ケイブベアがいた。
右側の通路から這い出てきている。
しかも、こっちの個体の方が明らかに大きい。のっそりと立ち上がったその背は俺よりも頭2つは大きい。
そして、かなり気が立っているようで、攻撃態勢に入って吠える。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
丸太のような太い腕が俺に飛んでくる。
俺は急いで剣を構える。剣で熊の腕を受けるが、不完全な体勢だったので、とてもじゃないがこらえる事は出来ず、きれいに吹き飛ばされる。
その刹那、大きい熊の足元に小熊がいるのが見えた。
ああ、そうか。この大きい方の熊は母熊だ。雄の熊は小熊を食い殺すという話しを聞いた事がある。小さい方の熊は雄熊に違いない。それで母熊は気が立っていたのだろう。
母熊は、吹き飛ばされる俺には見向きもせずに、雄の熊に突進していく。
通路の突き当たりの奥まった岩だらけの空間に吹っ飛ばされている最中の俺は、刹那の思考を切り替え、壁面に叩きつけられないように、空中で小さく一回転して、足から着地しようとした。
ところが、着地すべき地面が無い。岩の影になっていて気付かなかったが、地面に小さい穴が空いていた。俺は為す術も無く、嘘みたいにきれいに穴を落ちていった。
穴は地面の亀裂だったようで、横への広がりを持った急斜面になっていた。所々岩が出っ張っていて、俺はあちこちぶつけながら転がり落ちていく。
抜き身の剣は危ない。俺は懸命に剣を斜面の上に投げる。そして、俺は頭を抱えて体を丸めて衝撃に耐えながら斜面を転がっていく。
時間にして1分は短いかも知れないが、激しく回転しながら体を打ち付け続ける1分は濃厚な時間だった。ようやく平坦な地面に放り出されたが、全身を何度も岩にぶつけてしまい、最後に地面に叩きつけられたところで、俺は意識を失ってしまった。