白竜の棲む山 白竜祭 3
「竜の眷属」と言うのは、創世竜に会って話をし、生きて帰る偉業を果たした人物に贈られる称号だ。有史以来数えるほどしかいないその人物に俺は心当たりがあった。
「もしかして、カルピエッタ様って「竜の眷属アエスタ」様の事ですか?」
俺が尋ねると、おばちゃんは破顔する。
「良く知ってるね!嬉しいよぉ!カルピエッタ・アエスタ様さ!」
「竜の眷属アエスタ」は、デア王朝末期の戦乱期に、暴虐の限りを尽くした悪女セリエーヌ伯爵の軍隊と戦い、人々を助けた英雄だ。
それがこの村の創設に携わっており、そんな最期を遂げていたとは知らなかった。やはりこういう話しは、本で知るだけでは無く、現地で聞くのが一番楽しい。俺の祖父の話もそうだが、伝承は場所や時期、立場によって色々変わって伝えられてしまう。
「それで、今夜は広場で、食べたり呑んだり踊ったりの前夜祭だよ。明日には白竜様の山車が村を巡って、みんながワラで出来た白竜様の山車に、願い事を木札に書いて刺していくのさ」
「ああ。広場で作ってたでかい奴。あれが白竜になるんですね」
「そうだよ。5メートルの大きなワラの白竜様だよ」
小さいおばちゃんがぷくぷく太った両腕をいっぱいに広げてみせる。
「お願いったって、『あれが上手になりたい』『これが出来るようになりたい』『こんな事をがんばる』って感じで、まあ、決意表明みたいなものさ」
なるほど。それは良いな。
「誰でも書いて良いんだから、あんたたちもやってごらん。明日の夜にはそれを村はずれで燃やして、願い事の煙を白竜様に届けるのさ。これは必見だよ。で、感謝して、『私たちを見守っていてください』って伝えるのさ」
「それは、明日の夜も見逃せませんね」
「だろう?!」
おばちゃんとの話は有意義だった。
それぞれの地域で人々は生きているのだ、歴史が人々の暮らしに息づいているのだと実感する。考古学者にとって、そういった発見に喜びを覚える。
その後も色々話していたら、リラさんとミルが部屋から出て来る。すっかり身支度も終わってさっぱりした顔だ。
「お待たせしました」
「ゆっくりで良かったのに」
俺が言うと、リラさんがクスリと笑う。
「ファーンがあんなに入りたがってたんですもの。待たせたら悪いでしょ?」
リラさんらしいな。俺は感心する。
「じゃあ、俺も急いで入ってきます」
俺はおばちゃんに礼を言って、急いで部屋に戻る。着替えとタオルを持って風呂場前の衝立で服を脱ぐ。
そして、浴室に入り、早速体にお湯を掛ける。風呂文化が根付いているグラーダ育ちの俺としても、やはり温かいお湯で体を流せるのは心地よい。
ん?お湯が満タンだ。ファーンがポンプで水を足してまた沸かしてくれているのか。気が回るなぁ。
「ファーン?いるか?」
俺が窓の外に声を掛けるとすぐに返事があった。
「いるよ」
「悪いな、急いで入るから」
「リラも同じ事言ってたけど、風呂ってのはゆっくりつかるもんだ。気にしてないでゆっくり入れ!」
どんだけ風呂が好きなんだよ、コイツは。だが、そうなるとやはり急いでやりたくなる。急いで体や頭を洗う。石鹸は当然自前だ。
そして湯船につかる。
ああ、気持ちいい。温かいお湯に体が暖められていくにしたがって、体の疲れがお湯に溶け出していくようだ。
「ふいぃぃぃぃ~~~」
思わずため息が出る。
「湯加減はどうだ?」
窓の外から声が掛かる。
「ばっちりだ。俺はちょっとぬるいくらいが好きだから、足し水しててくれて良かったよ」
本当に俺好みの温度だ。
「そっか。そりゃ良かった。オレは熱いぐらいの風呂が好きだからこの後ガンガン火を焚くぜ」
「ああ。じゃあ、熱くなったら出るからちょうど良いか」
「いや、お前が出てから火を焚くよぉ。気にするな」
「お前こそ気にするな。俺は早く出て村に防寒具を買いに行かなきゃいけない用があるってだけだ」
俺がそう言うと、ファーンも納得したようだった。
「うん。ありがとな」
素直だな。ちょっと新鮮だ。
俺は割とすぐに風呂から上がった。着替えやら何やらしていたらファーンが部屋に戻ってきた。
「じゃあ、俺は買い出しに行ってくる」
ファーンに言うと「おう。頼むな」と片手をあげて、さっさと風呂の準備をしだす。
ファーンを置いて俺は村に出る。おばちゃんに防寒具を取りそろえている店を聞いていたので早速店に向かった。リラさんとミルも観光を楽しんでいるはずだ。
村は賑わっている。子どもたちが白竜のお面を頭に着けて走り回っている。
広場の白竜像は大分出来上がってきている。まだ、頭と翼が付いていないので、正直丸っこい何かに腕が生えている様にしか見えないが・・・・・・。
俺が防寒具を沢山抱えて帰ってくると、リラさんたちはまだいないが、風呂場から鼻歌が聞こえてくる。
え?あれから1時間は経ってるのにまだファーンは入ってるのか?
「おい!ファーン。大丈夫か?」
俺が風呂場に声を掛ける。
「あん?言っただろうが、オレは長風呂なんだってば。まだまだ行けるぜ!」
「マジかよ」
「マジだ」
俺は荷物を置くと部屋を出る。そして、裏手に回ってかまどに薪をくべてやる。
「カシムか?」
薪をくべる音に、風呂場から声が掛かる。
「おう。熱いのが好きなんだったよな」
「おお!サンキュ!ちょっとぬるくなってきてたとこなんだよ」
俺は火を強くしてやる。
「熱くなってきた。いいねぇ」
機嫌良さそうなファーンの声だ。