英雄たちの唄 アインザーク事変 3
クラインシュミット上将軍は、本陣に戻り、本陣の大型馬車に乗って、毛布にくるまっている年老いた国王に報告する。
「陛下。パンツァー上将軍は退く意志は無いようです」
クラインシュミット上将軍の報告を受けた国王は、手を振って扉を閉めさせる。
高原地帯に入っているため、朝晩は冷えるのだ。
「王太子もおられました。ドルトベイク侵攻をおやめくださいとの事です」
報告を受けた国王は、感情を窺えない表情で答える。
「侵攻は止めぬ。砦を落とせ」
簡単に言うが、最低でも1万5千の兵がいる砦を、2万5千の兵で落とす事は、かなり困難である。
「戦力が足りませぬ」
進言をするが、それを横から遮った者がいた。
「何を言うのですか将軍!アポロン様が支持するこの戦、何としても成し遂げねばなりません」
甲高い声で言ったのは、アインザーク王都ガイウスのアポロン神殿の神官長ペトラ・アーベルである。
彼女は、アインザーク国内のアポロン神殿の最高責任者の立場にある。
とは言え、神殿勢力は国政に影響力は無いはずである。
アインザーク国は評議員による議会制で、評議会で決定した事を国王が承認する形で国政が動く。国王自身も評議会での発言権はあり、評議員よりもその権力は強いので、基本的には発言を控える習わしがあった。
だが、今回は国王がほぼ独断で、評議会の裁定を経ずに、いきなり国王軍を動かしたのである。
アインザーク国の軍隊は、基本的に指揮権は評議会の決定でその都度決められる。だが、国王直属の軍隊のみは、国王の独断で動かす事が出来る。
その軍団の規模も、一軍団が1万5千人で構成される中、国王軍は2万5千人である。単独の一軍団としては規模が大きい。
国王が直属軍とは言え、勝手に他国に対して戦争行為を行おうと言う事に、現在評議会は大荒れになっている。
国王軍を追撃しようという動きさえもある。が、そうなると誰かが反逆者となる。評議員か、軍を指揮する将軍か・・・・・・。
誰もが泥を被りたくないため、評議会では決を取れない。
そんな中、王太子とパンツァー上将軍は、独断で進軍を阻止するべくドルトベイクに通じる途上にあるレーヘ砦を占拠し、国王軍に対して布陣したのである。
「反逆者は、一族全てに罪が行く。そう知らせよ」
国王は抑揚の無い声で告げる。
「・・・・・・は。しかし、あちらには王太子もおられます」
「構わぬ。あやつの家族は処刑する。孫は次女マグナレータの子だからのう」
一言で国王は片付け、クラインシュミット上将軍を下げる。
「アポロン様が神の援軍を率いて、グラーダを押しとどめてくれます」
馬車から降りるクラインシュミット上将軍の背に、何故ここにいるのか分からぬ枯れ枝のような神官長が告げる。
『神は気まぐれ』
神を当てにするなど、愚か者のする事である。だが、クラインシュミット上将軍も、アポロン神の降臨を見て、その声を聞いたのだ。
『傲慢なグラーダの世は、我等神の軍団が終わらせよう。貴様等は、ドルトベイクに攻め入り、己の正義と力を示せ』
神殿の高い天井付近に出現した、炎の髪を揺らした神が、神殿に響く声で告げたのである。
アーベル神官長によれば、アポロン神は、度々神殿に出現しては、アインザーク国が取るべき政略を告げた。
それをアーベル神官長が国王に伝え、実際に国王もアポロン神の出現を目撃し、その言葉を度々聞いたそうだ。
クラインシュミット上将軍は、突然国王が軍を発すると知って、諫めたところ、アポロン神殿に呼び出され、アポロン神の言葉を聞くに至ったのだ。
だが、信じられない。
第一級神のアポロン神が、わざわざ自ら姿を現して人々を導こうとするか?それはあまりにも第一級神らしくない。ウテナ神、カーデラ神でさえ、政治に口出しするような面倒毎は避けてきたではないか。
だが、命令は実行しなければならない。
クラインシュミット上将軍は、副将に命じて、砦にあるパンツァー上将軍の兵士達全員は、反逆罪に問われると言う事を告げさせた。その際に、砦を出て、国王軍に加わるならば、罪には問わない事を約束した。
効果はすぐに出た。
砦を元々守備していた軍と、パンツァー上将軍の軍とから、合計8000人の兵士が離反し、国王軍に加わった。
「では、後ろでコソコソ出来ぬよう、1万の兵に囲ませて、遠回りになるが湖沿いに進んでトリーアの街からドルトベイクに侵攻しよう」
国王が決定する。
アインザーク北東には、創世竜の青竜が棲むエミーリア湖がある。
世界最大の湖の南端を沿って進むとドルトベイクとの玄関口ともなるトリーアの街がある。
大きく北に迂回する形になるが、レーヘ砦から東に進むと、ドルトベイク国側にはオルベージュ砦がある。要塞都市で、おそらくドルトベイクはそこに軍を集中して配置していると思われるので、それより東のトリーアを目指す事としたのだ。
アインザーク国王は、決して無能では無い。それどころか、数年前までは聡明な王だった。
それがどうして変わってしまったのだろうかと、クラインシュミット上将軍は残念に思う。




