英雄たちの唄 アインザーク事変 1
エレス暦3962年。
この年、歌う旅団は、グラーダ国のアメル東にある町「トストル」を拠点にして、ダンジョン攻略を楽しんでいた。
昨年、魔竜退治の功績が、歌う旅団全員の功績として広まったため、一気に世間の注目を浴びるようになってしまった。
そこで、しばらくダンジョンに潜る事で、世間の噂が下火になるのを狙っての事だった。
この時のメンバーは、クララー、シャナ、マイネーがレベル70代後半。ピフィネシアはハイエルフなので、正確なレベルがわからず、ずっと70代前半。アインは、「探究者」から「マスター」にクラスアップを果たした事によって、一気に62レベルに上がっていた。
そして、パインは5歳になり、エレス公用語を話せるようになっていた。
目立つ額の瞳には、普段は封印して動かないようにし、入れ墨に見える様に細工していた。レベルは50。その数値が真実だとは、クララー達は思っていない。
さらに、魔具師の才能は凄まじく、魔竜退治の時に、魔竜に食われて消化されかかった竜の子ども達や、密猟者に下半身を切断されて息絶える寸前だった黒豹の子どもを、魔法道具とする事で生きながらえさせてパインのショルダーアーマーの中で保護、再生させている。それらは、特殊な力を持ち、常にパインを守る存在となっている。
目下の所、パインの悩みは、行く先々で、人々に怖れられ、敵意を向けられる事である。
「歌う旅団のクララー様ですね?!」
その日のダンジョン探索が終わったクララーが、日銭を貰いにギルドに立ち寄ると、報酬受け取り口に、受付では見ない上品そうな男性が、血相を変えて飛んで来た。
その瞬間、嫌な予感がしたクララーはダッシュで逃げようとした。
だが、神速のクララーを、男性職員は奇跡的に捕まえる事が出来た。
「ぐ、ぐるじい~~」
冒険者としては無駄にヒラヒラした大きな衿を掴まれて、クララーは観念した。
「何ですか、一体・・・・・・」
応接室に通され、茶菓子まで振る舞って貰ってもクララーは不機嫌そうに言う。
「いや~~。歌う旅団の皆様に、ある御方から、重要な名指しのクエストがありまして・・・・・・」
職員の男性の他に、数人の職員も同席している。このギルドの所長もいるようだ。
「誰からの、どんな任務ですかぁ~~~」
完全に引き受ける気が無い。
「ドルトベイク国の貿易赤字はご存じですか?」
「え?は?」
予想外なところから話しが始まったので、クララーは面食らって、思わず職員の話に耳を傾けてしまう。
「ドルトベイク国は、今、大変な貿易上の損失を被っているのです。と言うのも、ドルトベイク国は隣接する大国、アインザーク国特産の上質な茶葉を大量に輸入しているのです。それも通常では有り得ないほど高騰した価格で」
職員の説明に、クララーは首を捻る。
「ドルトベイク国の商人達は阿呆ですか?確かにアインザーク国の茶葉は人気だけど、高騰しているなら買わなければ良いでしょう?あの辺りだと、他にも茶葉を輸出する国なんて沢山あるでしょうに」
クララーの返答は、職員に誘導されていた。
「その通りです。ですが、何故かドルトベイクは、アインザークの特定の銘柄だけにこだわって輸入しているのです。しかも、商人では無く、国が国庫で輸入しているのです」
「・・・・・・そんなに美味い茶ですか?」
思わずクララーは尋ねてみる。紅茶はクララーも大好物だ。
「アトーテ茶です」
「・・・・・・何だって?!」
職員の答えた茶の銘は、確かにアインザーク特産ながら、高級茶葉では無い。
クララーの反応に満足した職員は、続きを話し出す。
「一方で、ドルトベイクには、今ある麻薬が大量に出回っており、その被害者の数は、日に日にとんでもなく膨らんでいます」
「は?麻薬?」
職員の話の誘導は上手い。ついクララーは興味をそそられて話しにのめり込んでいった。
「悪夢の黄色い花『コクシクス』」
「グラーダ条約で違法認定されている麻薬じゃ無いか!!」
クララーは憤慨して叫ぶ。
「コクシクス」は、その根に毒性が有り、花の咲く時期に根を煎じて精製すると、強烈な麻薬となる。
火を着けてタバコにして吸引するのが一般的(そう表現するのもおかしな話しだが)で、強烈な快感を得るが中毒性も高く、更に恐ろしい副作用がある。
脳が萎縮し、廃人になる上、煙草の煙を吸った人も中毒症状が現れる。そして、グラーダ条約で違法とされ、国際機関ケルベロスが厳重に取り締まる対象として認定したのは、その副作用が子や孫にまで高確率で出現するからである。
「生憎と、ドルトベイクに密輸しているのは、グラーダ条約に批准していない国からです。つまり・・・・・・」
「蛮国アルタ・・・・・・」
そう呼ばれている、かつてのグラーダ国王が、支配する価値無しと見て、狂王騒乱戦争で侵略しなかった未開の蛮族の国である。
「グラーダ条約のおかげで、外敵から侵攻されなくなったアルタは、今や大きな国となっています」
そう聞くが、実際にはほとんど情報は出回らない。未だにグラーダ条約に批准している国々に対して敵意を持っている。
「その麻薬と、貿易赤字がどう関係してるんですか?」
クララーが結論を急ぐ。尋ねながら、おおよその答えにはたどり着いていた。問題は、それに関係して、自分たちにどんな依頼がされるかと言う事である。
「アルタが麻薬をばらまき、ドルトベイク国内に、とんでもない数の中毒者を生み出し、さらに、その代金として、アインザークの特定の茶葉を要求したのです。そして、アインザーク国はその特定の茶葉を、法外な値段に釣り上げたのです」
需要が極端に上がれば、物の値段が上がるのは当然である。だが、そこには明らかな作為が感じられる。
「アインザークとアルタはグルか・・・・・・。いや、アルタの麻薬製造、密輸業者はアインザークの商人か」
職員は頷く。
「当然、それに気付いたドルトベイク国の国王は、アインザーク国に抗議しました。しかし、アインザーク国王は一笑に付しました」
まあ、当然の事だとクララーは思った。
「そこで、ドルトベイク国は、グラーダ国王に直訴したのです」
これも当然の流れだと思う。こうなっては、グラーダ条約の名の下、グラーダ国に訴え、不公正さを是正して貰うほか無い。アインザークとアルタの策略だとしてもグラーダ条約で禁止されている麻薬を国内で流通させ、その支払いを国庫で行ってしまった以上、ドルトベイクの非も大きい。痛み分けで終わる話だろう。
「それに対して、激怒したアインザーク国の国王ヘルムフリート・リヒテンベルガー陛下が、ドルトベイクに向けて兵を起こしました」
クララーは立ち上がって叫ぶ。
「馬鹿じゃ無いのか!?そんな事したらどうなるか!!!」
グラーダ条約では、他国への侵略行為はいかなる理由があろうとも禁止するとされている。破れば、グラーダ国の闘神王が、その国に攻め入り、滅ぼす事も辞さないという。
「その通りです。非常に愚かで短慮です。聡明なヘルムフリート陛下の決断とは思えない愚行です。案の定、グラーダ国は今、出兵準備を性急に進めております」
クララーは思った。
「なるほど。で、僕たちはどんな要人を国外逃亡させれば良いのですか?」
そう言う依頼だろう。滅び行くアインザーク国から、とあるお偉いさん方を、安全に、快適に第三国に脱出させる。
「いえ」
職員がクララーの予想を否定した。
「歌う旅団の皆さんには、闘神王の出兵を足止めして欲しいとの事です」
「阿呆ですか!!!!????」
クララーが絶叫した。「じゅわあああああああーーーー!!」と、意味不明な叫びをも上げさせた。




