第三巻 白竜の棲む山 「羊飼いアル」
アインザーク国の、グラス高原ケルン地方に住む青年アルは羊飼いでした。
ある日の事です。いつものように羊たちを連れて草原に出ていたところ、空がにわかに陰ったかと思うと、輝く白い翼を持った大きな竜がアルの前に舞い降りてきました。
それは創世竜の白竜でした。
あまりの事に驚いたアルでしたが、羊たちを守るのがアルの仕事です。
「白竜様。どうか羊をお食べにならないでください。代わりに私の命を差し上げますから」
アルは真面目で純粋な心優しい青年でした。
白竜はそんなアルの事をすっかり気に入りました。そして、こう言ったのです。
「アルよ。お前を竜騎士と認めましょう。私の他に三柱の創世竜と会って竜騎士と認められなさい。そうする事で、お前は真の竜騎士となるでしょう」
恐ろしい事でしたが、アルはその申し出を受けるしかありませんでした。断れば、自分だけでは無く羊たちや、自分の故郷も焼かれてしまうかも知れないのです。
こうしてアルは旅に出ました。
最初に出会ったのは聖竜でした。聖竜はアルに謎かけをしました。謎に答えられなければアルを食べるというのです。
「嘘つきの住む村と、正直者の住む村がある。旅人が正直者の村に行こうとするが、右の道、左の道どちらに進めば良いのかわからず困っていた。するとそこに人が通りかかる。その男が嘘つきか、正直者かわからないが一つだけ質問をして正直者の住む村を当てよ」
アルは頭をひねって考えました。正直者なら本当の事を教えてくれるが、嘘つきなら嘘をつく。この男がどっちの村の住人かわからないのに、質問は一つだけ。
よく考えると答えがわかりました。
「右の道を指さして、あなたの村はこっちですか?と聞く」
そう答えると聖竜は頷きました。
正直者なら正直に答えるし、嘘つきであった場合は自分が嘘つき村から来た事は言わないので、正直者の村を指さしていたなら頷くはずです。
もし指さしていた方向が嘘つき村なら、正直者は「違う」と言うし、嘘つきも同じく「違う」と答えます。
聖竜は更に二つの謎かけをして、それにアルが答えられると満足してアルを竜騎士に認めました。
次にやってきたのは巨大な湖に棲む青竜の元でした。
アルは小舟で湖に乗り出して、沢山の魚を捕まえました。すると、魚の匂いに釣られて青竜が湖から顔を出しました。
アルは青竜に言いました。
「この魚を全てあげます。だから、私を竜騎士に認めてください」
沢山の魚に喜んだ青竜は、アルを竜騎士に認めました。
次にアルが向かったのは天竜の元でした。アズマに向かったアルですが、天竜は姿を現してくれませんでした。
その頃、世界では地獄の蓋が開いて、魔物達が地上に出てくるようになっていました。
多くの軍隊が地獄の穴に集まり、魔物達を倒して、地上への侵攻を抑えていました。
しかし、地獄から恐ろしい魔王達が出て来ようとしていたのです。
アルはアズマに向かう船の上で祈りました。そして、荒れ狂う海に身を投げたのです。
その時、海の底から天竜が姿を現して、アルを背に乗せると「そなたを竜騎士に認めよう」と言いました。
「これでそなたは四柱の創世竜に認められ、真の竜騎士となった」
そして、アルはそのまま天竜の背に乗って地獄の穴を目指しました。
地獄の穴に向かう途中で白竜、聖竜、青竜、紫竜、緑竜、黒竜が合流して、七柱の創世竜が地獄の穴の中に飛び込んでいきました。
そして、再び七柱の竜が地上に飛び出してきた時には、地獄の蓋は閉じていたのです。
見守る人々の前で、天竜はその背に乗ったアルを地上に降ろしました。
しかし、アルは全ての力を使い果たして、すでに息絶えていました。
創世竜は云いました。
「聖魔戦争を終結に導いた救世主は、羊飼いだったこの竜騎士アル・ディリードである。四柱の創世竜に認められた竜騎士である」
そう告げると、創世竜達はアルの亡骸を残してそれぞれの住処に戻っていったのです。
人々はこの英雄の亡骸を、丁重に埋葬し、竜騎士アルの偉業を讃え、その伝説を語り継いできたのです。
これはカシムが母の本棚から持ち出した、子ども向けのお話である。
小さな絵本「羊飼いアル」。伝説の竜騎士の物語である。
地域によっては出生地が違っていたり、アルが生きていて30歳で病死していたりするので、正確なところはわからない。
創世竜がアルの何を認めたのかも、結局はわからず人々の想像でしか無い。
アルは謎だらけだが、羊飼いの青年だった事だけは確かだ。
この絵本は、約200年前に実際にあった事を元にした物語である。