第15話 私だけの物語
翌日、放課後の部室に行く途中の廊下で、野々花とすれ違った。
相変わらず、教室では音乃と話さないが、恐らく週に一回の活動記録に名前を残す為に部室へ行ったのだろう。
同じ教室ですれ違う度に、本当は野々花言いたかったことがある。
野々花の小説を読んでいた、と伝えたい。それも面白かったと。
音乃はこの時、野々花と普通に話がしたい、と思った。
しかし自分を敵だと認識している相手に、そんなことを言うのもおかしい。
きっと野々花のことだ、こちらの話は聞く耳持たないだろう。
野々花のプライドからすると、きっと敵に自分の小説を読まれたなど、いいことではない気がした。
「今はとにかく、小説を完成させることだよね。野々花とはそれから……」
そんなすれ違いで、音乃は野々花に言いたいことをこらえた。
音乃は今日も家に帰ってから、ネタ出しの為にコミックスを読んでいた。
「うーん、これじゃあ他の人と同じになっちゃうなあ。新鮮さがないというか」
しかし、何度読んでも誰かが書いたであろう王道ストーリーばかりを考えてしまうだけで、「これだ」というアイディアが思い浮かばなかった。
「そうだ! コミックスで同じ話ばっかり読むだけじゃなくて。雑誌の方に載ってる最新話から話を考えてもいいかも」
音乃はラミレスの丘にはまって以来、連載雑誌の月刊フライデーの購読を続けていた。
今となっては。ラミレスの丘以外の連載陣も読むようになり、音乃にとってはすっかり愛読の雑誌になっていた。
「今月号のラミ丘は、ラミレスの丘の手がかりを見つけたロシウスが、西の大陸へ船で渡るってことを、決めたところ」
音乃は今週号の雑誌でラミ丘最新話をじっくり読んだ。
「ここでアミエルとは一旦別れちゃうんだよね。ちょっと寂しい」
西の大陸へ渡ると決めたロシウスは船で移動するために、アミエルとは一旦別れることになる。アミエルもまた、自分の役目がある為に、簡単にはついていけない。
しかし、ロシウスは用事が終われば再びこの大陸に戻って来ると約束していた。
「そうだ!」
音乃はこの時、このシーンであることが閃いた。
「ここでひと時の別れを惜しむ二人が、出航前日の夜に、想いを伝えあう話とかどうだろう?」
ラミ丘最新話から思いついたストーリーが頭に浮かんだ。
一般のファンであれば、ただの友人の別れでしかないシーンを二次創作ではこういう視点で描く。友情をこういった話に結び付けるのは、実に腐女子ならではだろう。
「これならきっと、まだ書いてる人も少ないはず、最新話のネタだもの! いけるよ!」
音乃は早速、テーマとコンセプトと大体のストーリーを決めた。
「テーマはひと時の別れの前に、ロシウスがひと時の想いをアミエルに伝え、それをロシウスが受け取る話。年上としてのアミエルが、ロシウスのことを弟のように想っているからこそ、頑張れとメッセージを贈る」
音乃はパソコンのテキストファイルに、思いついたアイディアとストーリーを打ち込んで、こうして文字で見てみると、本当にこの話が見えてきたような気がした。
「よーし、これでいこう!」
というわけで、このストーリーにふさわしい展開や台詞を考えた。
「全体の流れを決めて、舞台は港町の宿屋でいっか」
「出向前の夜に、宿屋で海を見つめるロシウスは明日の事で不安がってる。それをアミエルが安心させる為に声をかけるところから話が始まる、的な」
「この部分にこの展開を入れて」
「ロシウスが二度とここには戻ってこれないかも、と不安になっているところを、本当は心配でたまらないアミエルが、それを感情に出さないようにして、あえて兄のように力強くは励まして、応援する」
「アミエルが「ばかっ、俺達は離れていても友達だろ? 兄弟みたいなものじゃないか」と言ってロシウスを抱きしめる」
「この台詞いいかも!」
「よーし、書くぞー!」
大体のストーリーの流れも決まり、入れたい展開や台詞もまとまってきたのでいよいよ本編の執筆が始まる。
翌日から、学校から帰るとやることを済ませた後、自室でパソコンへ向かった。
一日になるべく多く書けるところまで書く。
「宿屋で夕飯を食べ終えた後、アミエルはロシウスの部屋に行こうとする、だけどロシウスは部屋にいなくて、テラスで海を見つめていた、ってとこかな」
それを文章に書き起こす。
「二人がこれまでの過去を振り返って、ロシウスは子供の頃に、アミエルをよく追いかけていたとか、アミエルはロシウスにこっそりお小遣いで誕生日プレゼントを用意したとか、そういう話を二人が語り合う」
音乃はそういったシーンを文章にしていった。
「そしてしばらく離れ離れになることで、ロシウスがここへ帰ってこれるのかが不安になる。アミエルに会えなくなるんじゃないか怖いって。けど、アミエルはお前が弱音を吐くよりも、前を見つめている姿が好きだ」という」
そうやって音乃の小説は進んでいった。
数日が経過して、土曜日になった。
もうすぐ野々花と約束した月曜日が来る、音乃はラストスパートに走った。
いつもよりはりきって自室のパソコンをのキーボードを叩く。
「いよいよ終盤だ、書くのワクワクしてきた!」
小説において終盤とはまさに盛り上げる最大の見せ場だ。
前半のストーリーをどうやって後半でつなげるのか、ここでどういった展開を見せて、終わりに持っていくか。それを書くのも楽しい。
『本当は、西の大陸に行くの、ちょっと怖いかな。おかしいよね、この年にもなって新しいことが怖いとかさ』
『お前のことを、ずっと昔から見ていたけど、お前は初めてのことをする前にはよく弱音を吐いたな。だけど、お前が不安を見せつつも、乗り越える姿も何度も見て来た』
「これ、まさにお兄ちゃんっぽいアミエルの台詞だ!」
自分で考えた台詞ではあるが、自分の解釈の二人の関係にしっくりくると思った。
『アミエル、僕のことを待っていてくれるか? 少しの間だけど、君と離れるの、ちょっと不安なんだ。昔からよく一緒にいただけに』
『16才の少年とは思えないほどに不安を見せるロシウスをそっと抱きしめた』
『俺達は離れていても友達だろ? 兄弟みたいなものじゃないか』
『お前なら絶対大丈夫だって信じてる。だから、頑張って来い』
もうすぐ完成だ。野々花の約束通り、だんだんと先が見えてくる。
野々花が描写やライバル路線なら、音乃はやっぱり自分の得意分野であるほのぼの路線で勝負だ。
土曜日の夜遅く、音乃はようやくパソコン画面から解放された。
「で、できた……」
音乃は一万三千文字の小説を書き上げた。
「この文字数、最高記録が! 私がこんなに長い話書けたんだ!」
これまでせいぜい約四千文字ほどが限界だったので、初めての一万字越えの長編を書いたことになる。
タイトルは『しばしの別れでも僕ら親友』
「私としては、大作だ! こんなにたくさん書けたなんで」
もちろんピクシブには数万文字の作品はたくさんあり、音乃の小説はまだまだ短い方だろう。
しかし今までショートストーリーしか書いたことのなかった音乃には大作だった。
「これを明日に推敲して誤字脱字を修正して、全体に見直しして、月曜日にアップするだけ!」
なんとか間に合った、と音乃は執筆でクタクタになった疲れを休ませる為に床に就く。
そして翌日、日曜日に推敲は終わった。あとはいよいよアップロードするだけだ。
月曜日の夜、音乃と野々花の2人は同時にピクシブへ小説をアップロードした。
パソコン画面で自分の小説を読み返してると、ふと気になったことがあった。
「野々花は、どんな小説書いたんだろう?」
音乃は早速野々花の新作小説を読んでみた。
「野々花は、やっぱりこういう展開でいくか」
タイトルは『炎の行く末は』それはアミエルがロシウスをどう追い越せるかを考え、そのあまりロシウスに手を挙げる、
二人は反省として懲罰牢行きになって、確執のある二人がアミエルがロシウスに勝とうとして、色々する。
しかしそのことでアミエルもまたロシウスへの葛藤を抱く、という話だった。
「でも、やっぱり野々花のこういう視点からのストーリーってのもありだね」
音乃はやはり、自分の趣向と違っても、野々花の小説は面白いと思った