第7話 《流星学園》のNo5
シーン、と静まり返った廊下を、進はスリッパをはいて歩く。
新品の制服が妙に気恥しいが、できるだけそれは表面上には出さず、案内の教師に従って、長い長い廊下の奥へ、奥へと進んでいく。
そして、たどり着いたのは4-5と書かれた教室。
これから通うことになるのは、四年五組らしい。
ネクタイを締めなおして深呼吸をしていると、入ってこいと言われたので、おそるおそる、それでも堂々と、背筋を伸ばして教室に入る。
どっかの誰かさんだったらこうするだろうから。
進も、こうする。
「えぇっと。今日からこの学校に編入することになった、言野原進です。よろしくお願いします」
そして、ここはあえてほとんどの情報を伏せるスタイルで。
一応、田舎者感を漂わせながら。
まぁ、本当は生まれも育ちも東京の、バリバリ都会っ子なのだが。
光にはこれで通した以上、ここでも同じように通すのが礼儀、というやつだろう。
いや、そんなこと知らないけども。
そんな事実ないけども。
ぼーっとそんなことを考えていたら、自分の座る席を指定された。
五十人学級の一番後ろ、窓側の席。
いや、テンプレかよ。
(うわぁ、陰キャ席かぁ。陰キャ席だよなぁ。あとはサボり席だなぁ。ありがとうございます)
お、おう。嘆いているのか、喜んでいるのかという反応は置いておくとして。
多分後者だ。
なぜって、全然いやそうな顔してないし。
(陰キャ席だって? 知らないねんそんなこと。陰キャは黙って廊下側の三列目くらいに座ってろ!)
と、そんな思考で、内心自分自身にあきれながら、進は席に座る。
そして、周りを見渡してみる。
ここにいる人間は、いわば、これからライバルとして競い合っていく仲間たちなのだろう、と進は考える。
忘れてはいけない。
ここはあくまでもウエポンによる実力至上主義の学校なのだ。
あ、いや、在学中は敷地外に出てはいけないとか、そんなどっかのラノベみたいな校則は存在しないが。
ふと、隣から視線を感じた。
「なぁ…お前、いや、進でいいか。進はさ、どんな《能力》を持っているんだ? 気になる」
と、思えば、前触れもなくそう聞いてきた。
あぁ、そうか、と進は理解する。
ここでまず最初に聞かれるのはやっぱり能力のことなのか、と。
よくよく考えてみればそうだろう。
自分がそこまで、頭が回っていなかっただけなのだ。
にしても、自己紹介よりも《ウエポン》について知ろうとするとは……、面白い。
彼の頭に、失礼だ、という言葉は浮かばなかった。
「あぁ、すまん。先にそれを言うべきだったか。俺は《錬金術》っていう《ウエポン》を持っているぞ? お前は、何なんだ?」
「俺は、《災害》っていう能力だな。これでもこの学校の暫定的な順位、序列五位にいるS級だぜ?」
彼は、すごいだろ、というようににこりと笑う。
白髪に緑目と少し周りと異なる見た目の美青年だった。
進は持ち合わせの直感で感じ取る。
うん、こいつはいい奴だ、と。
それと同時に、何か隠し事をしている、と。
「すげぇな、何千人以上の中の、序列五位か。お前の名前は?」
「あ、すまんすまん。忘れてた。俺の名前は如月みこと。これから、よろしくな。《錬金術》師」
その笑顔に、進もハハッと笑顔で返した。
しかし、それが何だか無性に恥ずかしくなってきて、
「その、錬金術師ってのはやめてくれると助かるな。なんか、ちょっとむず痒いんだよ。進がいい、進が」
と、顔を背けながらそういった。
そんな進に、みことは一瞬、きょとん、とするとクスッと、笑いを漏らした。
そのままツボに入ったらしく、声を押し殺しながらも目元に涙が浮かんでいる。
そんなにおかしかっただろうか、と進は疑問に思う。
いや、野郎のデレはやっぱ需要がないな、と進は現実逃避する。
「クックック。ククッ。野郎のデレはやっぱ需要がないな、ククッ。クククッ。アハハ」
「知ってるわ! えぇ、知ってますとも。つか、心の声を一言一句、違わずにいうのはわめてほしいわ……」
みことの笑いは、止まらない。
ここまでくると、もう何も感じない進であった。
そもそも、会話開始数十秒でツボる人間なんてさすがの進でも初めて見た。
この野郎には警戒心というものがないのだろうか、と考えて、いや、とすぐに考え直す。
この目の前の人間には、警戒心がないわけではないのだ、と。
(……敵対しても、絶対に勝てる余裕があるから、あえてそういうものを取っ払っているのか)
この笑顔は、強者の余裕なのだと考えると、進は笑顔を引っ込めて、無機質にみことを見つめる。
よくあちらでは、獣の眼、と呼ばれていた目だ。
その双方の眼球にやっと笑いの波が引いてきたみことが映る。
進は、彼の中の何かを探るようにじっと見つめる。
その目は、一切の瞬きをせず。
(きっとこいつは、俺には想像できないような経験を積んできているんだろうな。あぁ、本当に)
強いのだろうな、と進は感心する。
同時に何か彼の風格の何かに気圧されて、うっすらと旋律に近い感情を知る。
彼はさっき、これでもS級といった。
S級という称号を誇るというよりかは、自嘲気味に。
あぁ、とまた声が漏れそうになった。
なぜ、この人物に好感を抱いたのかがやっと理解できたから。
この少年は自らを誇張しないのだ。
人を自分の下と見ない。
人を、人とだけ見る姿勢が、進は好きだったのだ。
「ん、どうしたんだ? こっちをそんなに見て。つーか、やめろよ。さすがに恥ずかしいって」
「いやいやいやいや、男のデレは需要がないって言ってるだろ? いつまでこのネタ、引っ張んだよ」
「そうだなぁ…。とりあえず、直線の果てまで?」
「お、おう。それは数学的に行くと、どこまでも続く無数の点の集まりだが?。どこまでもって言いたいのは伝わったけど、分かりづらいうえに、しょうもねぇな、おい。あ、ここテストに出るから」
「そういってたくせに出ないタイプのやつじゃねぇか。テスト中にあれ? あの問題はいつ出てくるんだ? ってなるやつ。」
まぁ、根本的なところ、中学生のないようなので出ないとは思うが。
だが、油断してはいけない。
テストとかいうのは時々、突拍子もないところから問題を出してきやがるのだ。
控えめに言って、二回死ね。
あと、テストネタは共通らしい。
あいにく、進には共有できるネタがなかったので本当に助かる。
あっちにあった、ラノベやアニメはこっちに存在しないし。
三万Eptしか自由に使えるお金をもらえてないので、オタク生活には程遠いし。
《行間》
時は、四時間ほど進み、太陽は真上に上りきった。
これからは、降りていくだけ。
という、そんななんでもない正午の、とある場所での話だ。
とあるビルの中で、男と女が向かい合って話をしていた。
女の顔は見えない。
否、話し合い、というよりもそれは、主従による報告に近い気がする。
男は女を畏怖し、女は足を組んで、椅子に堂々と座っている。
「で、何だって? よりにもよってまさか、No3を殺し損ねた、なんて言わないでしょうね。」
男は、ギリリッと歯ぎしりをしてから黙り込む。
つまり、無言の肯定ということだ。
女はハッと笑う。
「自分の姿は、相手に見られたあげく、赤の他人に殺されかけた? 殺人のプロの名が泣くねぇ?」
男は、言い返さない。
言い訳もしない。
ただ、向かい合って頭を下げているだけだ。
否、反論などできるはずもない。
この空間自体、そのものが彼女に支配されているのだから。
いうまでもなく、物理的にも、精神的にも。
それが分かったうえで、女は話しかける。
「どうした、どうして黙っているんだ? 何か、反論してみろ。私に力を示してみろ。」
さもなくば、殺すぞ、と女はあざ笑う。
そういわれても、反論できない男は黙ったままだ。
おそらく、動かそうと頑張っているであろう口は、ピクリともしない。
そんな彼の様子を見て、ハァ、と女はため息をつき、指をヒョイと振った。
ゴロン、ビチャビチャ、とある意味軽快に感じる音が響いた。
あっけなく、男の右腕が、なくなる。
そうされても、男は表情一つ動かせない。
いっそ、立ったまま死んでいる、と言われたほうが納得できそうな風景だった。
そんな男をしばらく罵倒しまくって、女は飽きたのか、指をパチンと鳴らした。
その場の支配が一瞬にして解かれる。
しかし、男は声を上げなかった。
あげることもなく、気絶した。
チッと女は舌打ちしてから、背伸びをすると、ふと思い出したかのように男を視界に入れる。
そのまま足を上げると、なんのためらいもなく、男の頭を踏み潰した。
それはもう無残に。
グチャグチャと。
「うっわ、きったな。汚れる汚れる。こんな雑魚の死体がここにあるなんてこの場所がけがれる。消えてなくなっちゃえ」
女が続けてそういうと、死体は忽然と消え失せた。
女は笑う。
笑って、笑って、笑って、笑う。
「……にしても、言野原進、か。ふざけた能力を持っていやがるねぇ。知識の神のほうは《錬金術》と言っていたがな。あれはそんな、常識の範疇にない。あれは__の力を持ってるよ。だからか知らないが、あいつは無意識にこっちの策の中に入り込んでくる。全く、これだから____は。__いるか?」
「はっ、ここに__様。今回はどのような要件でしょうか。殺しですか?」
「あぁ、いや。今回はそんな物騒なものじゃないさ。今回はね。そろそろ奴らに探りを入れてほしくてね。一応あっちに任せてはいるんだけどさぁ。いまいち、信用できなくてね。あの人たち、弱いし」
さらりと告げられた言葉に会話をしていた部下らしき人間は目を見開く。
言葉を紡ぐ。
「さすが__様。その気になれば、世界を相手にできる組織を弱いと言ってのけるとは」
その言葉に込められた感情は複雑だったが、女はそれを聞き終えると、部下に言い聞かせるように語る。
絶対的な強者の言葉を。
いとも愉快そうに。
「そもそも、世界なんてゴミみたいなもの。私から見れば、世界の数個くらいないものに等しいから」
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