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第6話 《錬金術師》と流星学園

 時の流れはゆっくりと、時に速く。

 

 人間の思ったとおりに物事は進まなくて。

 またあるいは残酷に。

 

 時代の覇者というものは、他人を置いて行ってしまう。

 絶対というそれに追い付くためには何をしたらいいのか。

 

 わかりきったことを聞くなと、誰もが言った。

 

 そこに《アブソリュート》があるのなら、そこにもう一人の《アブソリュート》を加えよう。

 それでももし、足りないといわれたら。


 もっと多くの絶対を加えよう。

 

 人はこれを夢という。

 浮世離れした笑い話だという。

 

 だが私は否定する。

 人間の限界を勝手に定めるな。

 

 いつまでも、我々が不動でいるわけにはいかないのだから。

 千里の道も一歩から、という。

 

 だが、その一歩を見てみろ。

 他人に合わせて歩いてはいないか?。


 周りを見てみろ。

 一人で進んでいき、もがき苦しんでいる人間はいないか?。

 

 イエスのように、神の子にはなれない。

 釈迦のように、悟りは開けない。

 

 だが私は、神になれと言われれば、神になろうと努力する。

 悟りを開けと言われれば、悟りを開こうと、努力する。


 不敬だ、傲慢だ。

 と、罵るのなら好きにしろ。

 

 頂を見るまでは、私は折れぬ。

 これは激変する、今を生きる我々の宣言である。



 若人よ、流星であれ。



『流星学園初代学校長 吉坂太郎からのメッセージ』


 


 なかなかにすごいメッセージだ、と進は思った。

 内容はかなり私事を含んでいるが、だからこそだろうか。


 今まで聞いてきた、表面上だけ取り繕ったメッセージよりも心に響いてくる。

 この人は、誰かを時代の覇者と言っているが、時代の覇者は、この人なのではないだろうか。


 もっとも、流星学園が、どうして能力による実力至上主義なのかが一発でわかる文だったが。



 《絶対(アブソリュート)》には《絶対(アブソリュート)》を。

 考え方は、メソポタミア文明のハンムラビ法典に刻まれた、目には目を歯には歯をに近いのかもしれない。

 

 しかし、進はその考えに共感していた。


 絶対の力はそのままで、あくまでも周りの力の上昇を信じる、この考えに。

 あるいは、その絶対すらレベルアップさせようとしているのかもしれない。


 我ながら、やばい場所に誘われたもんだ、と進は知らず知らずのうちに苦笑いした。


 

 現在時刻、午前六時三十二分。早朝といっていい時間帯だ。

 光と知り合ってから、早五日。

 

 そのうちに進は、光によって手渡された推薦状を学校に提出し、見事、編入に成功した。

 しかし、こんな急かつ早いタイミング(現在、五月四日)での編入が許されるのだろうか、と聞いてみたら、S級の推薦状は特別だ、と言われた。


 

 S級、半端ねぇ、と思うと同時に、こっちの世界はホント、よくわからねぇな、と思ったものだ。

 この学園は中高一貫校なので進は、第四学年からの入学となった。

 

 そして今日、進は記念すべきその一歩を踏み出す、はずなのだが。



(やっべぇ、マジで緊張してきた。ナニコレ、学校ってこんなに広かったけ? えぇ?)


 

 学園のでかさにビビっていた。

 東京ドームが数個、下手したら十個以上入りそうなだだっ広い敷地に、だが。

 

 てか、でかすぎて登下校が超不便そうなレベル。


 かなり早い時間に学校に来たせいか周りにはほとんど誰もいなかった。

 

 いるとしたら早朝から出勤の教師たちか、部活の朝練に来ている生徒たちだけだ。

 その誰もが(広すぎて)進に気が付くことはなく、通り過ぎていく。

 

 と、思ったら一つの車が進の隣にとまった。

 窓が開いて、教師らしい人間が顔を出す。



「おーう。こんなところに突っ立ってどうしたぁ? って、お前さん見ねぇ顔だな。あれか? 今日、編入してくることになってる転入生君か?」


 

 転入生君、というのはおそらく自分のことだろう、と思った進は、はい、そうですと簡単な言葉で返事を返す。

 それに対して教師のほうはやっぱりそうか、とでもいうようにおもむろに顔を振ると、



「広いだろ?」

 といった。

 

 

 なんのことかは聞き返さなくても分かる。

 さすがにそれくらいは空気を読むことができる。



「あぁ、そうっすね。有名な学校だから広いんだろうなぁ、とは思っていたんですけどね」


 

 まさかこれほどとは、と進は返答した。

 光に半分無理やり入学させられる形になった進だが、さすがに知識なしで通うわけにはいかないので少し調べてはいたのだ。

 

 そこで、口コミに広い、という内容が多く寄せられていて、衛星写真を見てみたが、やはり百聞は一見に如かず、といったところか。

 どうしても本物を前にしたら委縮してしまう進であった。



「ハッハッハッ。そうだろう? 私も初めてここを訪れた時は、自分の場違い感がすごかったよ」


 

 教えに来る人間ですらそう思うらしい。

 一生徒がそう感じてもおかしくはないだろう。

 

 そもそも、ここは学校といっていい規模ではないのだから。

 広さにしても、学校の生徒数にしても。

 

 しかし、こうやって理由もなく圧倒されていると、逆に進んでみたくなってしまうのは彼だけだろうか。


「そろそろ行きますね。編入にあたってっ校長室のほうで説明があると聞いているので。すみません」

「いやいや、勇気があるねぇ。ここを進もうっていうのか。かまわないよ、行ってきなさい、転入生」


「勇気があるかはわかりませんが……。まぁ、どちらかというと今は、ワクワクしてますね。ここまでくると、ですけど。あ、あと、覚えておいてください。僕は、いや、俺は転入生っていう名前ではありません。言野原進です。どうぞ、よろしく」


 

 教師はそれを聞くと、一度きょとんとして、それから、覚えておこう、といった。

 それを聞いて、進は満足そうにすると、足を一歩前へ進めた。

 

 そのまま立ち去っていく進を見ながら、教師は思った。



(彼は、いずれ化けるな。それまでは、こちらでアシストしてやらなければ)

 と。

 


 そこに、言葉以上の深い意味があったのかは分からないが、これだけは追記しておこう。


 その教師は、まるで森で獣に襲われたかのような顔をしていた、と。

 そんな教師の心中など察するはずもなく、進は流星学園校舎内に思い切って足を踏み入れた。


 

 メモリーは、ここに来ることを予想していたのだろうか、と進は思う。

 

 あの《大図書館》の中で自分に言ったように、その後の行動もすべて。

 掌の上で転がされているというのなら、それはそれでちょっと気に食わないが。

 

 木材の床は、よくワックスがかけられていて歩き心地がとても良いので、許してやろうと進は思う。



(うん、まったく、のでの使い方があっている気がしないが)

 

 

 まぁ、さすが名門校だ。

 雰囲気が他と(特に進たちのいた普通の学校とは)違う。




《行間》


 


 進が学校内に入ってから、早一時間。

 時刻は、七時三十分を回っている。


 さすがにこの時間になると、校内には生徒が集まり始める。


 

 光も上機嫌で、学園のその長い長い廊下を歩いていた。

 上機嫌なのはなぜか、長く語る理由はないだろう。

 

 数日前に気に行って、編入を誘った進が今日、編入してくるからだ。



(この学園を見て、きっと驚いているんだろうな。それでも、ビビッて校舎内に入れないなんてことはないんでしょうね。勇気があるから)


 

 知り合ってから、お互いに連絡先を交換していろいろやり取りしていたので、性格もだいたい把握した。



(うん、私好みにしていきたい! ……っと、何考えてんの、私!)


 

 そのせいか、もっと進を気に入ってしまったらしい光は、何やら怪しい方向に考えを飛ばしかけてしまいそうになった。

 

 しかし、それはすぐに頭から追い払う。

 

 光は一応一般的な女の子で、別にS級だからって、S方面を向いているわけではないのだ。

 いや、今のような思考が浮上してくる時点で少しSっ気があるのかもしれないが。


 それでも本人が否定しているので、第三者視点からS、と決めつけるのはよくない、と思う。

 うん、よくない。



「光ぃ。つーかーれーたーよーぉ。助けて、朝からきつい。さすがにオールすべきではなかった」


 

 そんなこんなで、浮かれていた光を後ろから押すように黒髪、赤目、ショートヘアの少女がもたれかかってきた。

 その目の下にはうっすらとだがクマが浮かんでいる。


 寝不足の証拠だ。



「チョッ、(ゆい)。あんた、また夜までパソコン使ってたでしょ。ってか、女子高生がオールするな」


 

 そんな彼女に光は呆れた顔で突っ込みを入れる。

 もちろん、引き離すことも忘れずに。


 引きはがされたほうも、負けじとくっつこうとする。

 そんな、百合百合しい?、光景は日常と化していて、誰も気にしない。


 あ、いや、一部男子を除いて。

 慣れ、というのは恐ろしいものである。


 ちなみに一応補足しておくが、別に二人が同性愛者というわけではない。

 本当に友人間としてのふれあいである。

 

 まぁ、彼女たち以外がこんなことをするのかは知らないが。

 というか、光からしたら普通に鬱陶しい。

 

 さすがに耐えきれなくなってきたらしく、光の口から、



「ちょっと結? さすがに疲れるんだけど。おーい、あんまりしつこいと吹き飛ばすわよ?」


 

 ちょっと物騒な言葉が聞こえた。

 ぶっ飛ばす、ではないのは、《風神》ならではだろう。



「……いや、マジで? ぶっ飛ばしてもらっていい? そろそろ、ってか本当に眠いから。」


 

 それを聞いて、結は何やらおかしいことを言った。

 決してMではない。

 Mでは。

 

 Mではないのだが、ぶっ飛ばされたい気分なのだ。

 彼女は眠気を吹き飛ばしてほしいだけである。



「ハイハイ、分かったわよ。って、こんなところで人間を吹き飛ばせるわけないでしょうが。ほら」

「えぇー。別に吹き飛ばしてくれてもよかったのに。ってか、何か今日、光の機嫌がいい?」


 

 本当に、とため息をつく。

 本人に自覚はないらしいが、彼女はそういうところを見つけるのが他人よりも得意なのだ。

 

 光も、自分の心情を心にしまっておくのは得意だというのに。

 彼女の前ではそんなことはあまり意味をなさない。


 故に、隠し事も少なくていいのだが。



「うん、そうだね。今日は気分がいい。なんだか、楽しそうなことが起こりそうな気がする」


 

 ハハ、何それ。と、眠たそうに結は笑った。

 光はそれに、ニシシと満開の笑顔を返した。


 

 一日が始まる。

 校内中にホームルームが始まることを告げる予鈴が鳴り響いた時にはもう、廊下には誰も残ってはいなかった。

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