第4話 《錬金術師》の新世界
なんだかんだしていると、日も高く昇り、どうやら昼に近づいてきたらしい。
進は立ち上がって伸びをして、腰に出来上がったばかりの短剣をぶら下げて、玄関のほうへ歩いていく。
そして、ドアに手がかけられる。
すうっと、ドアが開いて彼は新たな自室から、新たな世界へと一歩踏み出した。
「うをぉ……。なんか違う街に引っ越してきただけって感じがするぅ!」
さすがにドアを開けてすぐ、違う世界すげぇ、とはならなかった。
まぁ、違うとはいっても地球だし。
メモリーいわく、こっちの技術は《ウエポン》を生かすための発展が進んでいるらしい。
それ以外はだいたい《セカンド》と変わらないくらいの技術力。
とはいえ、《オリジン》と《セカンド》では世界が異なる。
町並みなどは、全く別物になっていた。
進はさっきグー●ルマップを見てみたが、東京湾の三割くらいが埋め立てられていてびっくりした。
そんなことを考えながらも、エレベーターを使って一回まで下りた進は、(ここはどうやらアパートらしい)そのまま敷地を出て、商店街のほうへ進んでいく。
昼よりかは前の、微妙な時間、ということでそれほど混んではいなかった。
あと、一時間ほど後にきていたら、絶対にこんな風じゃなかっただろうなと進は思う。
「……すごいな。あっちにはなかったものがメチャクチャある。例えばあれは……、《ウエポン》の補助器具かなんかか?」
進が近くのホームセンターによってみると、いかにも(剣と魔法の世界なら)魔道具、と呼ばれそうなものが馬鹿みたいにおいてあった。
(……クッソ高ぇ)
「よぅ、兄ちゃん。なんだ、見かけねぇ顔だな、寄っていくか? なんと今なら、三十パーセント割引」
(異世界で初めて話しかけられた人間が、名も知らぬおっちゃんだと?! 美少女ヒロインじゃないのかよ。もしかしておっちゃんルート、おっちゃん堕ち?! まさかの?! いや、そんな人生、生きていたくねぇ!)
大丈夫だよ、言野原進。
まだ、そうと決まったわけじゃぁない。
メモリールートもあるしね。
「すみませぬ、我にはそのような時間は残されていませんゆえにご勘弁を」
本当にすまない。
地の文だが突っ込ませてもらおう。お前はいったい、いつも時代の人間じゃ!
そして、何か死ぬ間際の人間みたいな言葉になっている。
(まぁ、こういうセリフ言うやつは生き残ることが多い……のは気のせいだなうん。立派な、死亡フラグだった)
「お、おぅ。そうか、ま、まぁ時間があればまたここによってくれよ。ほれ、割引券おまけだ」
「あざーす。また今度きますわ。まぁ、いつになるかはわかりませんけど。生きているうちに」
そんな変な約束をしてから進は去っていく。
なんというか、行けたら行くわ、と言って絶対に来ないやつみたいなセリフだ。
(たとえるならな)
目的もなく、ただぶらぶらしている進にとってはそこらへんは気にならないのだ。
店に入ったからって、店の利益にコーケンしなければいけないなんてことはないのだから。
そして、少したってから進は気が付く。
(あのおっちゃん。見ない顔だなって言ったよな。まさか、客の顔、全員把握してたのか? この、大都会で?)
実は、あのおっちゃん、すごい人だったのかもしれないと思ったのだった。
《行間》
(そういえば、《セカンド》じゃ、俺はどういう扱いになったんだろうな)
と、進はいまさらながらに考えた。
(こっちに来てしまったのだから、あっちには自分は存在しないのだろうが。クラスメイト達や、里奈にはどう伝わっているのだろうか。)
と。
おそらく行方不明だとは思うが。
(ま、何にしろ、もうあいつらと話す機会はないだろうな。こっちに来てしまってるし、帰るきないし)
正攻法では、異世界同士じゃぁ、会話できないし。
そもそも、過去と未来をつなぐことはできない。
と、そんなことを考えている時だった。
人通りの少ない道を歩いていた数少ない人間たちが、ざわつきだし、一斉に、その場から走り去っていってしまった。
(……何が?)
と、思う前に、一瞬の閃光。
気が付かないくらいに一瞬おくれて爆発音がした。
とっさに後ろに飛びのいた進の目の前で無数のそれが地面をえぐる。
さすがにここまでくると、平和な国、日本にいた進でもこれが何かを理解する。
(地雷?! しかも、時限式の? 兵器の種類は少なかったんじゃないのかよ。つか、どうしてこんなものが町の中に埋められている? 町の人間たちはどうやって、これを事前に感知した? まさか、全員で俺を殺そうとしてるんじゃないだろうな、くっそ)
そう思った矢先、舞い上がった砂埃の中できらりと何かが光った。
進は、腰にかかっていた短剣を抜き取ると、とっさの思いでそれを、撃ち落とす。
バリン、と音がした。
(バリン? 撃ち落としただけで?)
そう思ったが、何かを確かめるよりも先に追い打ちが来た。
一つ、二つ、三つと何かが飛んでくる。
進は、それを撃ち落としたり、回避したりしながら後退していく。
よけきれなかったものは、急所を外して、手や足に刺さっている。
控えめに言ってクソ痛い。
叫びまわってもいいかな?。
少なくとも、どっかの骨は一本、折れただろうという痛みが走っている。
仕方がないので、《錬成》で骨のひびをカバーしながら、どんどんどんどん後退していく。
そしていつしか、砂埃が晴れる。
進の対面上に立っていたのは男だった。
顔は、マスクと防止によって隠されていてよく見えない。
……だけどこいつからは、何か、臭う?。
「チッ、S級ですらなかったか。手間かけさせやがって」
(S、級? こいつは、そのS級に何かあるのか?)
おそらく、強さの最上級。
そんな、S級に何かあるのだろうか。
(何にしろ、誰かがこいつに狙われているってことか? ……ここまで問答無用で攻撃してきて実は悪人じゃありませんでした、とかいうオチはないよな)
周りの被害と、進自身のけがからおそらく相手のほうももう取り返しのつかないことになっているはずだろうと、彼は考える。
つまり、ここで進を見逃してくれるなんて、あるはずがない。
「死にゆく哀れな少年よ。いまから聞く名前に知っているものがいたら、素直に答えろ。そうしたらこの私が楽に死ねるように促してやる」
「はっ。こんなところで殺されるのはごめんだね。死ぬのはそっちだクソ野郎」
進が言った言葉は、相手には届かなかった。
風に揉み消されてのもあるが、そもそも、相手が聞く耳を持っちゃいない。
「星見琴光。No3。風神。この人名と、順位の人間がどこにいるか心当たりはないだろうか?」
もちろん、進が知るはずもない。
だから、端的に
「知らねぇよ」
と、答える。
少し、イラついた声で。
「そうか、そうか。この名前をその年齢の日本人で知らない……か。では、こっちのほうが知っているかもしれぬな」
そしてその男は、一人の名前を言った。
この場を動かすには、十分すぎる人間の名を。
『天智見広』、と。
だがそれは間違いだった。
十分どころではない。
百二十分くらい意味のある言葉だった。
「てめぇ、その名前をどこで知った。俺の前で言うとは、いい度胸じゃぁねぇか!」
その瞬間、進の体は、何かにはじき出されたかのように前へ飛び出ていた。
我を失う。
いや、違う。
彼が前へ飛び出したのはけして我を失ったからではない。
「?!」
「あんたの攻撃を散々食らわせられて分かったけど、それ、遠くなるほど早くなるな。《加速》ってところか?」
短剣を、振りぬいた。
相手はそれを見ただけで、すぐさま体を引き離し、直撃を防いだが、さすがに無傷ではいられなかった。
右胸をかすったらしく、血が、うっすらとにじみ出ている。
「……驚いた。裏にもらった機密情報だったのだが、よもや本当に貴様は天智見広の名前を知っているのか。いや、今話それよりも…」
敵は、後退しながら言葉を漏らす。
それに進は追撃を仕掛けて短剣をふるう。
あたりが暗くなった。
なんだか湿っぽい。
そこで進はやっとここがどこかを見た。
裏路地だ。
人目につかないここは最高の交戦場所、ということだろう。
なめられている。
「……貴様、名は何という? もしくは、天智見広とはどのような関係にある? 誰かと間違えては……」
「多分、間違いじゃぁないね。前にちょっとだけ調べたんだけど、天智っていう苗字はそんなに多くないんだよ。まぁ、こっちの世界の話ではないけどな」
ハハッと、進は笑った。
否、苦笑した。
「俺の名前は言野原進。……そうだな、見広との関係は、親友、かな」
メモリーによる、記憶の管理が行われてもなお、親友のことは彼の記憶の中に残り続けてしまう。
そんな彼の言葉を、目の前にいる人間は「ハッ。」と吐き捨てた。
「親友などという甘い関係でいられるほど、奴は人間らしくないぞ? あれは、化け物だ」
「知らねぇよ。化け物だろうが、化け物じゃなかろうが。ましてや、人間だろうが、人間じゃなかろうが。敵だろうが、味方だろうが。俺はあいつを探している。見つけ出して、ぶん殴る」
その一歩のための一戦、というように進はもう一度、その右手に握られた短剣を構え、相手に向ける。
白銀の刃が光を反射し、その場に静けさと、風の音が残留した。
次の瞬間、それは、終わる。
言野原進、初めての殺し合い。
その、第二ラウンドが始まった。