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第26話 《顕形》する《異形》

「最悪? 何が? 最高じゃぁないか。能力による実力至上主義。いいや《能力至上主義》のこの世界で、唯一我々だけがその力を完全に無効化できる。我々こそが今、現世の頂点に立っているんだよ」



《ハンター》の叫びにみことはチッと舌打ちをして反論する。



「現世の頂点っていうのを本気で言ってるんだとしたら、ちょっとイタいぜ? そういうことを言うんなら、友野さんを倒してからにするんだな」


「もちろん倒すさ。お前を殺してからなぁ!」



「あいにくさま、殺される前に殺したい奴がいるんでなぁ!」


 

 影が覆い被さった。


《落石》だ。

 数メートル級の大岩がドシンと相手の上に落下してくる。

 

 相手はそれに手を添えた。

 それで、それだけでみことはそれと《能力の核(オーブ)》のつながりが消えていくのを感じた。



(嘘だろ? 物質化したものですら消えるのかよ……)

 


 触れられた、と同時に消え去った大岩を見てみことはポカンと口を開きかけた。

 いくら彼とて、完成品を見るのは初めてなのだ。

 

 事実上完成したのならばこうなると知識ではわかっていても、実際にみると驚いてしまう。

 

 百聞は一見にしかずというのはどうやら本当のことらしい、と全く別のことを考えてしまうくらいには。



(いや、じゃぁどうしろと?)


 

 みことは頭の中でもう薄れてしまった《ウエポンキャンセラー》の仕組みを思い出してみる。



(細部まで覚えていればよかったんだけど……)


 

 キャンセラーというものはその名の通り、打ち消すものだ。

 この場合は《ウエポン》の《キャンセラー》であるから《ウエポンキャンセラー》だ。


強制魔術停止機器(マジックキャンセラー)というものを知っているのならばそれに近いかもしれない。

 

 あるいは、とある不幸な少年の右手のようなもの。

 

 おそらく、打ち消すために通る過程は異なっていたとしても、最後に辿り着くのはそれらと同じ《無効化》である。



(これの場合、《ウエポン》は自分よりも《能力の核(オーブ)》の密度が高いものとぶつかると打ち消されるっていう特性を使っているはず。でも、それをするには理論上《地球で最も硬い物質(ダイヤモンド)》ですら弾け飛ぶはず……。相性が会うものがそう都合よく見つかるとも思えないし____)


 

 みことは右に飛び退いた。

 それで、土の柱を回避する。



「チッ」

 


 無意識のうちに舌打ちがこぼれた。



「どうした、どうしたNo5!」

 


 そういって煽ってくる相手に、逆に怒りのゲージを下げられた。



(てかこいつ、こんなにハイな性格だっけ?)

 


 キャンセラーの副作用なのだろうか。

 それとも全く関係のない薬のせいか。

 

 どちらにせよ、敵の主要人物から冷静さが失われているのならみことにとっては好都合である。

 せっかくさっきまで完璧に近いフォーメーションを取れていたのにそれも崩れてしまっているし。



「っと、部下の二人は炎と、あとは水か」

 


 意外と多様な能力者たちが揃っていた。

 しかし威力はどれも微妙だが。



(本当は、暗部組織らしく暗殺という方法で殺したかったんだろうな。それと《キャンセラー》持ちは一人だけか)


 

 みことがさらに後ろに回避したのをみて、相手も追撃を仕掛けてきた。

 その炎がみことの頭の上を通過して行ったあと、みことは回避先にあった壁に手を添えた。


 

 ズゴゴゴゴゴゴゴ_____と、壁が一瞬にして崩れ落ちる。


 

 それでみことを襲う相手の視線は遮ることができたはずだ。

 逃げる、わけではない。

 

 圧倒的に不利な場所から自分の戦いやすい有利な場所に移動するだけだ。

 太陽はまだ沈もうとはしていない。


 

 不自然なほどに快晴の空がみことの頭上に広がっていた。



「とりあえず、ここなら……」


 

 そういってみことが駆け込んだのは街中に作られた、小さな広場。

 本当だったら小さい子供が遊ぶような場所だ。


 

 決戦には気の抜けたスタジアムだが、幅広い動きができるためみことは意外とそこが好きだったりする。

 どうせ相手はここへやってくるからとひとまず、ベンチにでも腰掛けておくことにした。

 


 しばらくして、やはりというか案の定というか《ハンター》はみことのいるそこへやってきた。

 みことがそこにいるだろうと確信しているように、一歩ずつ一歩ずつのっしりと。


 

 みことはそうやってやってきた《ハンター》を見て、同じようにゆっくりとベンチから、腰をあげた。

 

 休憩はもう十分だという意思の表れか。

 あるいは敵がここまで迷わずにやってきたことに対する少しの驚きか。



「……一人なんだな」

 


 相手の対面してからの第一声はそれだった。

 待っていたぜ? とあえて強キャラムーブをかましてみようかと考えたが全然そんなことをする余裕はなかった。



「一人じゃ悪いか?」

 


 相手はそう返してきた。

 どうやらハイな状態からは元の戻ったらしい。

 

 みことはそれを感じ取った。



「いいや別に悪いとは思わないけど。ただ、お前たちが単独行動をするなんて珍しいと思ってな。《キャンセラー》を手に入れたからって自分が強くなったと勘違いしてないか?」


 

 感じ取った後に、首を横に振りながら挑発する。

 そうでもしていないと顔がこわばってしまいそうだから。

 

 ゆっくりとした口調を心がけながら話す。



「だとしたら、それは見当違いもいいところだぜ? 《キャンセラー》は確かに強いけどそれがお前の強さになるわけじゃない。強いのは《キャンセラー》であって、お前じゃない」


 

 そういうみことの心の内を知ってか否か、相手はニヤリと嘲笑った。



「意味もなく言い訳を口にするのは焦っている証拠だぞ? No5」


 

 みことはウッと言葉を詰まらせた。

 自然体でいともおかしそうに口角をあげる相手に心の中で、クソが、とかえす。

 

 そもそもの力は圧倒的にみことが秀でていたが、道具の性能が違いすぎる。



「焦っている……か。そうかもな。でも、そうじゃないかもしれないぞ?」

「そう言っている時点で、それが見え透いているんだよ」


 

 ゴポリ、ジュドン、バチバチチ____。


 

 お互いの能力が《相殺》し合った。

 


 いいや、土の柱をみことの《落雷》が打ち消したあと、《キャンセラー》によってその《落雷》が打ち消されているのだ。

 

 単純なスペックとしてはみことの方が絶対的に上なのに。

 相手はつぶやいた。



「雷、か」

「あぁ、さっきほど狭い場所じゃないし、お前一人ならこいつも打ちやすい。それにお前のいう《キャンセラー》はその指輪(・・)だろう? 体全体なんかじゃなくて」


 

 それならば、とみことは思う。

 それならば、人間が反応できないような速度で攻撃してやればいい、と。


 

 あとは、


(近接戦闘。あいつの体に直接触れることができたら、流石に《付与》は可能だ)


 

 進ほどではないけどな、とみことは自重しながら一歩踏み出した。

 彼なりに最速の右ストレートが上段に飛ぶ。

 

 しかしさすがは《ハンター》か。

 それをみてから体を下げて回避した。



(まだ!)


 

 その回避先を、《落石》が襲う。



「無駄だ!」

 


 それも見事に消し去られてしまったが、みことが今度は中段に回し蹴りを叩き込んだ。

 それは流石に回避用のステップが刻めなかったか。

 

 左腕に沿わせるようにして、相手はみことの足を掬い上げるような防御をした。


 みことはそれをみて、《地震》を使おうとしたが、



(クソッ、こいつわかっていやがったのか)

 


 相手も、不用意に掴み技を使っては来なかった。

 みことの《能力(ウエポン)》をそれだけ警戒しているのだろう。



「どうした、《ハンター》。攻めてこないのか?」

 


 みことがわざわざそう言ったのには、相手は答えなかった。

 チッという舌打ちがあったが、風がさらっていったその音は、みことに聞こえることはなかった。



「ハッ、攻めて来れないだって? どっちがだよ《No5》」

 


 まさに売り言葉に買い言葉。

 お互いがお互いを挑発しあっているような構図だった。

 

 先に動いた方が負け、というわけではないが迂闊に動けないことには変わりがない。



「……こいよ、相手をしてやる」

 

 

 みことはそういった。

 それに対して相手も返してくる。



「貴様がかかってこい」


 みことは一瞬視線を外して、宙を見た。

 視界は悪くなりそうにはない。

 

 刹那、そんな彼の隙を見てか相手はその距離を一気に詰めた。

 と、いうことはと思うよりも先に右ストレートが入ってくる。



「っ!」

 


 それをグッと引きつけてから、右手で受け流しゴツン、と相手そのものに右膝蹴りを叩き込んだ。

 どれほどのダメージになったかわからないが初めてのクリーンヒット。



「グェ!」

 


 おそらくいなしきれなかったのだろう。

 声にならない声が相手の口から漏れ出した。

 

 右足がバランスを崩さないようにするためか半歩後ろに下がった。

 

 みことはそれを見逃すほど甘くはなかった。

 ここぞとばかりに拳を叩き込む。

 

 もしも進ならばここで足でも払ったのだろうが。



(《キャンセラー》にさえあたることがなければ、どうってことないな)


 

 やっぱり、という代わりにみことは黙って拳を叩き込む。

 そもそもご丁寧に距離をとって《能力(ウエポン)》を使っていては戦うことができなかった。



「この、貴様!」


 

 その相手の叫びと共に、忘れた頃にやってくる《土の柱》。

 

 それによって無理やりみことと距離を取ることができた相手は口についた血を拭い取った。

 みことは考える。



(……しまったな、《地震》を付与しようにもなれないから時間がかかる)

 

 

 その上で、言葉を発する。



「あぁ、やっぱり雑魚じゃねぇか」

「雑魚? 雑魚ねぇ。この俺が? そうなはずはねぇよ!」


 

 ん、と少しみことは目を見開いた。

 また相手のテンションがハイになってきている。



「……あぁ、雑魚だろ。俺みたいな近接戦闘は初心者ですってやつにボコボコにされて、それでも自分が強いと言い張れるのか?」


「カッカッカ、言い切れるさ。言い切れるに決まってるだろ?! 俺はこれがあるかぎり絶対に、負けはしない」


 

 大した自信だとみことは思った。

 自分では自分が負けないと思ったことはないから、苦笑が漏れる。


 

 

 そうして、相手に目を向け直してゾッとした(・・・・・)


 


 ブルリ、と一瞬体が震えたかもしれない。

 それくらいのことだった。

 

 相手も、自分の体を見てあぁ? と疑問をこぼした。


 

 正確には《キャンセラー》のついた右手を見て。



「なんだ、これ。なんだこれ」

 

 

 それはやがて悲鳴へと変わっていく。



「なんなんだよ!」


 

 グチュリグチュリと体が、いや体の中を何かが這いずり回っているかのようだった。

 

 黒い。

 

 その出所は《キャンセラー》。

 ゆっくりと相手の体を蝕むようにそれは広がっていく。



「聞いてないぞ。聞いてないぞこんなこと!」


 

 みことも聞いてねぇよそんなこと、と奇しくも同じことを思った。


 


 グジュ、グジュ、リグジュグジュジュ、グシュ、グジャ____。




 「が、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! あぁ、ぁ……」

 


 初めは大きかった敵のその声も、だんだんと掠れて小さくなっていく。

 考えてみれば妙だったことに気がつくはずだ。

 

 途中まではさっきみことは考えていたのだ。



(ダイヤモンドですら弾き飛ぶ……、そんなのをどうやって今まで《キャンセラー》として保たせていた?)


 

 偶然か、科学によるものか、誰かの能力によるものか。


 現状、ダイヤモンドよりも硬いと呼ばれる《ロンズデーライト》や《ウルツァイト窒化ホウ素》と呼ばれるものならばあるいは。


 

 いいや、そのどれでもないと、みことは結論づけた。

《ハンター》の上層部どもはきっとわかっていたのだ。



(そういうことか)

 

 

 まず、前提が違ったのだ。

 これは《ウエポンキャンセラー》なんかじゃない(・・・・・・・)

 

 もっと別の何か。


 それこそ、こういう不自然なことが起きてしまうような。

 それをなんと呼ぶか。

 

 人はそれをなんというか。

 みことは震え出した体を押さえつけながら、答えをこぼした。



「……《魔法》」

 


 声に出してみて、初めて恐怖を感じていることに気がついた。



「あいつら。《キャンセラー》よりも先にそっちを成功させようとしたのか? いや、あるいは並行して?」


 

 ゴポリ、グジャグジュリ。


 

 ついにそれは、男の原型をとどめなくなり始めていた。

 否、男の質量では足りなくなっていたのだ。

 

 みことの思う、二つ目の最悪が姿を見せ始める。




《行間》


 


 そしてみことが目を見開くと同時、どこかで《ヴォルダ》は呟くように、詠った。




「ここに一つが堕落する。人の言葉を事実となして、顕形(けぎょう)せよ。汝の真名は《冥界の守護者(ケルベロス)》」

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