第16話 《世界》と《神》
また、あるいは《乱す者》という神が存在した。
それは、性質上|《上に立つ者》とは対立するように作られていて、これまで何度も殺し合ってきた。
最初はそれは、自我さえも持たない存在だったが、だんだんと意識と形を持つようになってきて。
《上に立つ者》に問いかけた。
どうしてここでこうして俺たちは、戦い続けているのだろうか、と。
それは、運命だ、と言ってしまえばそうなのかもしれないが、しかし、彼らはそんな楽な物ではない、とお互いに思っていた。
《上に立つ者》と《乱す者》は、誰がなにを言おうと最強の二柱だ。
彼らが軽く戦うたびに、世界があらぬ方向へ向かっていってしまう。
宇宙規模が、数百、数千と吹き飛んでしまう。
流石にそれは理不尽だ、と《乱す者》は考え、《上に立つ者》もこれに賛同した。
そうなると、《上に立つ者》は他の神々に無情であった。
そうして、この日の《終わり》が行われた。
戦わなければいけない、というその連鎖を断ち切るために彼は、《無限》の命を贄に捧げた。
《神世界》は崩れ去り、そこに《新世界》が生まれた。
生き残った神は、ほんのわずかだった。
《上に立つ者》、《生み出す者》、《乱す者》はもちろんのこと、《全知する者》の少女神も生き残っていた。
あるいは、自分たちの世界を《終わり》から守り、《世界》と一体化した《龍神》のような神もいた。
《新世界創造》は、別に考えて行われたことではなかった。
いわば、世界など《副産物》だ。
彼らは、自身らの力をその《世界》宿した。
そうやって彼らは、力を持ちすぎない、《現人神》となったわけだ。
めでたしめでたし、となればよかった。
しかし、力をだんだんと失っていった彼らは突然、《世界》から弾き出された。
世界が、彼らを、排除しようとした。
そこからは、地獄だった。
《終わり》も《始まり》も全てが《乱れ》、《零》は《無限》すら変化した。
全ては、いずれ《忘れ去られ》、故に、一つの《何か》が生まれた。
それの名を、《_____》という。
「……なに、が?」
《上に立つ者》は呆然とした顔で呟いた。
周りは、果てしなく広がる、《無色》であった。
そこがどこか、一瞬わからなかった。
彼よりも先に、後ろから少女の声がした。
「……ここは、《果て》?」
《全知する者》だった。
彼女も、というか他三人も揃いに揃ってここに飛ばされていた。
「果、て?」
と、《生み出す者》が問う。
頷いて、《全知する者》は答える。
「……《果て》。一般的には、存在しない何処かとして知られている。少し、というかかなりおかしな場所で、存在しないからこそ存在できるんだ」
実際に来たことはなかったけどね、と彼女は付け足した。
《生み出す者》はまだ、首を傾げていたが、他二人はうんうん、というふうに頷く。
「つまりは、《世界》を線で結んだ時の《終わり》だよ。ここは、俺が《終わり》を迎えさせた、かつての世界の跡地だ」
《生み出す者》は目を見開いた。
「……じゃぁ、ここはさっきまでいたあそことは全く別のものってこと?」
そして、さらに問う。
《上に立つ者》は、首を横に振る。
「《距離》としては、全く同じだ。《時間》も《存在》ですらも全く同じ。ただ異なっているのは《世界》か《非世界》かってことくらいだ。」
「いや、ちょっと待ってよ。それじゃあ!」
「あぁ、ここ《世界の果て》は、終わったあとの《世界》なんかじゃない。もはや、終わったあとの《何か》にすぎないんだ」
そこにはもう、何もかもがないから。
何もかも、終わってしまったから。
彼らは、知っている。
ゼロ、と何もないは全くの別物だということを。
ゼロから無限は作れるが、___から一は作れない。
「じゃぁ、ここから出ることは……」
《生み出す者》が不安げに言った。
それに対して、《上に立つ者》ははっきりと断言し切ってしまう。
「あぁ、《終わり》を迎えたここを壊して、脱出することは、まず不可能だ」
と。
《全知する者》は、彼とは違し考えるような仕草を行ったが、
「私には、《終わり》を迎えたあとの世界の知識なんてないや」
と言って、諦めをこぼした。
《生み出す者》は悔しげに歯軋りをした。
それがわかってしまえば、その後は何もしない日々がただ延々と続いていった。
黙々とした時間。
いや、世界の進み方を時というのなら、それはここには存在しないが。
だから、ここでの時間というのは、あくまでも彼らの感じた長さのことである。
それから、どれくらい経ったのだろうか。
正しく時が進んでいたとすれば、四十数万年はすぎてしまっていると思うが。
ぽつりと、《上に立つ者》は呟いた。
「なぁ、お前たちはあとどれくらいの力がある?」
《生み出す者》が真っ先に答えた。
「あんまり」
と。
《全知する者》は、同じくと賛同を示し、《乱す者》もそれに続くようにして頷いた。
それを踏まえた上で、《上に立つ者》はさらに問いかけていく。
「四人で、力を合わせたら《世界》の一つくらいつくれるか?」
他三神は、しばし熟考する。
提案者は、それをゆっくりと見物する。
お互いに顔を見合わせて……、代表して《全知する者》が問い返す。
「作ったら、もし作り出せたとしたら、ここから出られるの?」
「いいや?」
《上に立つ者》は、はっきりとそれに否定を返した。
「っ、じゃぁ」
どういうことのなの?、と《全知する者》がいう前に、《上に立つ者》は、ハッ、という。
「別に、新しく世界を作るわけなんかじゃないんだ。俺たちを追い出した世界に接続した、《交差世界》を作り出すんだ」
ますます疑問は深まった。
そんなもの作って、いったい何をするつもりなのだ、と。
「なぁ、《全知する者》」
「何?」
「世界の果ては、どこにあるか、わかるか?」
《上に立つ者》はそう聞いた。
え、と《全知する者》は声を漏らす。
「え、と。……世界の隣?」
「あぁ、まぁ悪くない回答だな。正しくは、世界の通らない場所全て、だ」
わかりやすく言おう。
一枚、何も書かれていない紙があったとする。
そこに直線が、ボールペンで一本。
その、色付きの直線が《世界》だ。
そして、そのほかの、空白の部分が全て、果てである。
「俺たちは、今どこにいるかはわからない」
「……でも、世界がどこにあるかは、わかる?」
何十万年という長い体感の中で、やっと見つけた。
「その世界に、もう一つの世界を追加する」
「?!」
《生み出す者》と《全知する者》はやっと理解したようだが、《上に立つ者》は最後まで続ける。
「その世界を経由させて……、少しでもいい。俺の力を、回収する」
神の頂点であり、神の枠に収まりきらないその力を。
さっきの紙を、もう一度見てみよう。
色のついていない部分は、色付きの直線よりもずっと多く残っている。
そのどこかに、彼らがいるとして、別の色で、点をとってみてほしい。
そこから、線の方へ新たな線を引いてあげれば、どこかで必ず、それとそれは《交差》する。
「……だが」
と、珍しく《乱す者》が口を挟んだ。
「極論、《世界》は点と点がただ結ばれて、一本になったものだ。それを定めることは可能でも、その間はどうする。できないだろう? 今の我々では。その間は、メチャクチャになるぞ」
「《乱す者》である、自分のせいでってか? 大丈夫だろ。あらゆる可能性が、《仮定》される世界にさえ、してしまえば」
それに対する答えは、彼らの予想の遥か上をいく者だった。
「つまり、完全に出来上がっていない、未完成な世界を、何十、何百、何千、何万……、いや、《無限》に作り出すということか?」
「つまりは、そういうことだな。点と点は俺が定め、それを《生み出す者》が結んでしまう。それに《全知する者》が意味を与え、《乱す者》が仕上げする。ほら、完璧な不完全な世界の作り方だろう?」
自慢げに、彼はいう。
無茶苦茶だ、と他は思った。
それでも、それしかないと思ったのだから、全員、やってやろうと言った。
それぞれの片手が重なった。
そこに魔法陣が現れて、四柱は円を描くようにしながら、だんだんゆっくりと離れていく。
「ハハッ。こういう詠唱って、下位の神がやる物なんでしょ? まさか、本当にやることになるとはね」
《全知する者》は笑う。
「そうだな」
と、《上に立つ者》は返し、《生み出す者》も
「そうだね」
と、笑いを浮かべてそれに応える。
やがて彼らは、一定の距離を持って、それぞれの位置につく。
この世界創造は共同作業。
その詠唱は《連立詠唱》だ。
まずは《始め》を《上に立つ者》から。
焦らず、かつ落ち着かず。
ありのままを彼はスラスラと詠っていく。
「始め、《世界》を定義する。我が一声は絶対なりて、それをなぜだと思うなら、あるものすべて、万物に問え」
次は、《生み出す者》。
まるでなれているかのように《上に立つ者》の詩を受け取った。
少年の声が響く。
「次に、《世界》を道とする。その道、行く道、そしてくる道。今万物は歩き出し、終わりの見えぬそれをみた」
さらに、それを《全知する者》がしっかりと受け取る。
包み込むように、ずっと優しく、詠いつぐ。
「そして、《世界》は意味を得る。まだ見ぬものを未知と知る。此度はそれを、知恵と呼ぶ」
最後のそれは、《乱す者》。
詠い続けてきたものを、彼もゆっくり歌い出す。
最後を飾る、《世界》の詩を。
「最後に、《世界》は乱される。永遠などはそこにない。有限の今を消費して、いずれ全ては無に帰る」
独唱、その最後の一節を歌い終えると、彼らはそれの名を静かに告げた。
「術式形成、《第二世界の四神創造》」
そうして、《果て》は色を帯びた。
ピシリ、と小さな音がした。
それはやがて、ピシッ、ピキッ、バキバキ、とそういう音に変わっていく。
音に、変わっていく?。
振り返った先、そこに本物の神がいた。
《上に立つ者》としての力を、一部ながら取り戻した彼が。
「いけ!」
と、ぽっかりと穴の空いた何かの先を示して、彼が言った。
その手は、小刻みに震えている。
三人はそれをみて、急いでそこを潜った。
そうやって、元の世界に戻る。
その時、偶然、《全知する者》は、それのかけらを手に入れた。
最後に、《上に立つ者》もそこを通って、果てから脱出した。
その瞬間、そこは驚異的なスピードで閉じて無くなってしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「っ、大丈夫?!」
息を切らした《上に立つ者》を心配するように《生み出す者》が声をかけた。
「はぁ、大丈夫だ。……やっぱり、一時的にしか、力を取り戻すことができなかったか」
息切れする、というのは、《現人神》も体はほとんど人間と同じような作りをしているからだろう。
「じゃぁ……」
「あぁ、あとはどうして俺たちが、《世界》の方から弾き出されたか、だけだが、おそらく……」
俺たちよりも強いか、同格の神だな。
と、《上に立つ者》は言った。
もちろん、今の彼らよりも、だが。
彼らが、何かを言う前に、それは降ってきた。
まったく、ふざけたタイミングで。
しかも、顔馴染みの神であったから、彼らは歯軋りする。
顔馴染みとは言っても、そいつとは最初から敵だったが。
「……あぁ、そう言うことか。お前が新世界の《絶対》になってしまったのか。《____》」
そして、______________________
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