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第14話 《ナイトシティ》

 その夜のお話。

 

 とある一人の不良は、夜道を脱兎のごとく逃げ回っていた。



《セカンド》よりも総人口が少なく、夜はこういうよくない人間たちが徘徊して回るこの《オリジン》の中を、無様にも。

 

 けして、それは自分がかかわってはいけないほどの組織に出くわした、とか見てはいけないものを見てしまったとか、そういうわけではなかった。


 

 否、ある意味では一番、見てはいけないものだったかもしれないが。

 不良は、細い裏路地の物置となっているその先に、身を隠し……。



「どうして、逃げるんですか?」


 

 と、背後から聞こえてきたその声に、ブルリ、と背筋を凍らせた。


 慌てて振り返ると、そこには何の変哲もない(・・・・・・・)短剣を手に持った、少年が首をかしげて立っていた。

 

 ひぃ、と裏返った声で不良は後ずさる。



「ま、ままま、待ってくれ! 俺は何もしていない。本当に何もしていないんだ! 」

「? いや、あの……」


「分かっている、分かっているから! こんな深夜にこんなところでたむろしていたのが悪いことくらい。だから……」


 

 どうしてこうなった。

 と、その少年、言野原進は嘆息した。


 夜は危ないからと言って最初は出歩かなかった進だったが、みこととのフリーマッチの後から、地震の修行もかねてそこら辺の不良? とけんかを行っている。



(……いや、そんなに手当たり次第に殴り合っている、というわけではないのだが……)


 

 最初に喧嘩した不良が、ここら辺を仕切っている奴だったらしいのだが、そいつと数十分かけてわたりあったら何故か気に入られて、マジで仲良く? なってしまったのだ。

 


 不良なのにいい奴だった。

 

 というか、どうやらこの世界、夜に出歩く人間は不良、という概念が確立されてしまっているらしい。

 

 そんなこんなあった彼の案内と紹介を受けて、ほかの不良とも殴り合いをしたり、時には、こっちの《ウエポン社会》には根付いていない筋トレをしたり……。



(意外と、夜の街って怖くないかも)



 なんて思い始めている進だが、そんなことはない。

 と、話がそれた。



 なにって今、どうしてこうなっているかというと……。

 

 まぁ、一言で言ってしまえばタイミングが悪かったのだ。

 

 新入りらしいこの不良がそこにやってきたとき、他十数人の先輩方にあたる不良たちは筋トレでダウン。

 

 残ったボスとは、知らない少年が殴り合っていたのだから。

 そりゃあ、逃げ出しもするだろう。



(今日は、あいつとタイマンはる予定だったからな)


 

 ちなみに、仲良くなった不良のボスは、荒田悠太という名前らしい。

 ウエポンは、《一点強化(ワンポイント)》という。



「……いや、あのさ。別に、悪いことをしてないっていうのなら、いきなり攻撃したりはしねぇよ。ほら、立った立った」

「ほ、本当っすか?」


 

 進は、改めて不良の全体像を見てみる。

 十分よりもはるかに小さい。おそらく中学生だろう。



「つか、そんなにビビるんだったら、不良なんかやらなければいいのに……」

「いや、でも……」


「怖いんだろう?」

「ま、まぁ、そんな感じっす」


「人の殴り合いを見て、怖いって思えるのなら正常だよ。家に帰れ。それとも……」


 

 新入りの少年は顔を上げる。

 進はその瞳を不思議そうに見つめ返しながら……。


 少年が、ふと笑った。

 

 それに対して、進は、何が……、と考える前に、回避行動をとっていた。

 

 振り返ると、男が三人たたずんでいた。

 結局その少年も、グルだったわけだ。


 進は驚かない。

 あらかじめ、こういう可能性もあるんじゃないかと考えていたから。

 

 いや、味方じゃないとわかっていたから悠太は進をこっちに来させた、か。



「三人、か」

 という。



 少年のほうはそのつぶやきを聞き取ったようで、



「なんだと?!」

 と、叫んでいる。


 自分が数に入れられなかったことが不満だったのだろう。



「いや、お前ひとりが増えたとことで、殺す準備は出来ているし」



 数秒後、断末魔の叫びが四つ。

 勝者は、そのばにひとりしかいなかった。


 

 四人を見事に殺した進は、あたりを見回す。

 

 しっかし、よくこんな場所を見つけられたな、とさっき死んだ少年に軽く関心する。

 

 夜風が、ヒュゥと吹いてきたので、進はブルリと体を震わせた。



(にしても、ちょっと寒いな。五月ってこんなに寒かったけ?)


 

 日常から、たびたび感じるが、こちらの世界の平均気温はあちらの世界よりも少し低いらしい。

 

 二酸化炭素濃度があちらよりもちょっと低いのだろうか。

 あるいは、地球の軌道そのものが異なっているのか。



「ったく。こっちじゃぁ、結構健康的な生活ってのに気を使っていたんだけどな。また、夜型になっちまった」


 

 笑ってつぶやく。

 

 しかし、夜型になったからって、進が昼間眠そうにしているかといわれると、そうでもない。

 

 彼はもともと、ショートスリーパーに分類される人間だ。

 三時間、とは言わずとも、四時間ほど眠れば大量は回復してしまう。

 

 逆に、みことはロングスリーパー気味らしく、九時間以上寝ないと、完全には疲れが取れないらしい。

 

 そんな彼が、それでも、いついかなる時でも眠たそうに見えないのは、なんのマジックが使われているのだろうか。


 

 夜の街のほうに出て、背伸びをする。

 

 電車も新幹線も、店も、ありとあらゆるものの明かりが少ないこの世界の夜は、まだ、どんどんと深くなる。


 

 不意に誰かの声が聞こえてきて、進は物陰に身を寄せた。

 

 なぜ、そうしたのかは彼自身分からない。

 

 しかし、本能が彼を勝手に動かしていた。

 まるで、ここにいてはまずい、と警告しているように。


 何もかもわからずに、とっさに逃げ出そうとしている足を黙らせると、進は気のほうを覗き見てみる。

 

 電話だろうか。



「久しぶりっすね。え、あぁ、そうなんすか? えぇ、あ、はい。わかりました」


 

 そこから、特に何も起きそうになくて、ホッと安心する。

 ふぅ、と息をついてその場にしゃがみこんだ進は、誰かに見られ……。



「?!」



 数秒、彼の頭の中の記憶が飛んだ。


 思考に空白の時間が生まれる。



「何……が?」


 

 人生で初めての感覚に、進は戸惑う。

 

 何があった、いや、俺は一体何をされたんだ、と。

 頭の後ろのあたりを、ガジガジとかきむしる。



「まさか、《精神操作系統》の能力者に?」


 

 そうして、彼はそう思い至った。



「正解だ」

 と、返されなくてもいい返事が、至極当然のように返ってきた。


 

 進は、咄嗟に短剣を振る。

 

 しかし、そこに人間はいない。

 

 どこに行った?、と考えるよりも早く体の方が動いて、後ろ側に一閃。

 だが、そこにも、人間はいなかった。

 

 チッと、進は舌打ちを返す。

 

 どうやら彼は、幻覚の類を見せられていたらしい。

 

 あるいは、忍者の《分身の術》のような何かか。

 敵の本体は、すでに立ち去ってしまったようで、進は安心してゆっくりと立ち上がる。

 

 敵は、おそらくさっきの電話男だったのだろう。


 短剣をしまった進は、暗黒に塗り潰されようとしている街の物陰で、ひっそりと考える。



(そういえば、《精神攻撃系》の能力への対処プロセスは考えてなかったか)

 と、そんな内容のことを。


 

 今、襲われたばかりだというのに、呑気に。

 いや、襲われた後であるから、いつもよりも精神を落ち着かせて。

 

 江戸の敵は長崎で打てばいいのだから。

 別に、長崎と言わず、いっそのこと南半球くらいでもいいけど。

 

 人の寿命は100年近くしかないんだ、焦らず、ゆっくり生きていこうぜ、と言ったのは、一体いつのことだったか。

 

 進は、グーパーと手を動かして、スゥと息を吸い込んで。



「よし、どうせ明日は来るんだし、今日を心ゆくまで楽しみますか!」


 

 現在時刻は、午前零時三分。

 

 新たな日付が始まったばかりだ。

 進は、夜の街を歩き出した。


 

 今回のことを、深くは考えずに。




《行間》




《広域ネットワーク、No3395より受信》

《No1133と接続》

《ファイアウォールプロセス、開始》



 東京某所、真っ暗な街の片隅で、服装だけなら一般人と大差のない男たち三人が、ビルの中へと集まっていた。

 

 月明かりが明るい今夜は、三人の顔こそ見えることはないが、逆にいえば、それ以外の全身は照らされ、くっきりと浮かび上がってしまう。


 

 しかし、そうなってくると一つ、気がつくことがある。

 彼らの周りにある、異形の雰囲気のことについてだ。


 

 普通、雰囲気というものは目には見えない。

 それはもちろん、今回も例外ではないわけだが、なんとなくわかってしまうのだ。


 

 この人間たちは、自分たちと住んでいる世界が違うのだろうな、と。

 一般の人間たちは。


 

 ギィ、と重たい音がして、鉄の持ち手の冷たそうな___今どき民家以外ではあまり見ない手動ドアが___開かれる。

 

 男たちは一旦、周りを見渡して、誰もいないことを確認すると、そのビルの中へと音を立てずに入って行った。


 

 そこまででもちろん、《表世界》を生きているような真っ当な人間ではないことなどわかってしまっているが、果たして彼らは一体何者なのか。

 

 結論から述べよう。


 

 彼らは《ハンター》と俗に言われる、裏社会の組織の一員である。


 

 その中でも、大きな権力を持つ《幹部》の人間ども。

 

 世界中を渡り歩いている組織で、規模はそれなりに大きい。

 四桁にとどく構成員を持ち合わせているが、彼らの真価はそこではない。

 


 高い生産力。

 


 それが、《ハンター》が、世界を相手できると言われている所以だ。


土人形(ゴーレム)》や《人造人間(ホムンクルス)》、そういった人ならざる戦力を、四桁から五桁にかけて持ち合わせていると言われているが、それが嘘か本当かは今のところ知り得ない。


 静まり返った廊下を、彼らは明かりをつけながら歩いていく。

 

 もし、外から見られたら、不自然極まりないが、彼らは気にしてすらいない。

 

 そこは、外からは見られないから。

 

 そこは地下。

 

 おそらく、このビルに毎日通う正社員の人間ですら知らないであろう、地下。

 その最下階に着くと、三人は各々の椅子に腰掛けた。



「やはり奴の中には____の力の一部が刻まれていた。アレがそこにいると見て間違い無いだろう」


 

 一人、白衣に身を包んだ男が口を開いた。

 

 その詳しい内容は、オブラードに包まれていたが、何か……。



「やっぱりか、俺は初めから、あいつはおかしいと思っていたんだよ」


 

 ニヤリ、と笑いながら返したのは、赤髪の男。

 さっきの人間含め、日本人ではおそらく無いだろう。


 彼らに対して、ハッと、不敵に笑みを返した日本人らしき男に、視線が集まる。


 彼は続ける。



「あいつ……、今回のターゲットがあの学校に席を置いているのなら、襲うのは簡単だろう?」

 と。


「しかしだな……」


「あの学園には、化け物しかいない。とでもいうつもりか?。だったら安心しろ。俺がそんなヘマするはずがない。明日は、《No1》も《No2》も《No6》と《No8》もいないさ。別の予定が入っていてな」


「?! それを見越しての明日、か。さすが《____》だ。」


 

 ただ、と赤髪の人間は言った。



「どうした?」


「ただ不安なのは、流起友野が《禁忌目録(アカシックレコード)》を使わないかどうか、だな」

「あれは……、確か日本にはないだろう?」



「奴の情報網を舐めない方がいい。万が一知られてしまったら、あいつはどこにいようと(・・・・・・・)戻ってくるぞ。一瞬でな」



「っ。なるほど、《__》か」

「まぁ、大丈夫だろう。アレの更新は意外と遅い。気が付かれる前に、一番の目標だけ達成して仕舞えばいいさ」


 

 なぜそんなにも……、と聞こうとしたのは一体、誰だったのか。

 その声は、とどくことなく空気に溶けて行ってしまったからわからない。



「宣戦布告も済ませてあるし、あとは、明日の結果を待つだけだな」



《広域ネットワークNo3395より送信。》

《No1133、受信成功》


《一部目標の不提示》

《実行月日、五月十五日》



《メインターゲット、言野原進(・・・・)


 

 二週間の猶予はあった。

 さぁ、世界はゆっくりと、動き出す。


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