第13話 それでも《世界》は動き始める
ピロリン、とポケットの中に突っ込んでいたスマホに着信が入った。
開いてみると、案の定、親友からであった。
『十分たった。そろそろ終わっただろう?』
という、メッセージに対して、
『たった今終わったわ。どんだけ、ジャスト狙ってくるんだよ。(スタンプ)』
と、返しておく。
おそらく、このタイミングで彼がメッセージを送ってきたのは、No1が十分以上時間をかけて戦うことが、ほとんどないからだろう。
それにしても、用事、と戦闘がイコールで結ばれる当たり、二人とも戦闘狂いしているな、と心の中で思う。
遠くから、バタバタと人の足音が、複数近づいてきた。
このタイミングからして、おそらく警察の人間だろう、と友野は思う。
別に、友野はこの町を守っただけなので、立ち去ったり、ましてや逃げ出したりはしない。
これが、ほかの人間だったら、どうかは知らないが。
S級としての、いいイメージというやつを持たせるためには、こういうこともしたほうがいい。
支持率が伸びる。
悪い言い方をするならば、あとで、情報を聞き出すときに使える駒が増えていくから。
十数分後、警察への事情説明を終えて、友野は自由になったのだが、これからどうしよう、と少し悩む。
とりあえず、一回学校へ戻って、荷物を取りに行かなければならないが、逆に言えばそれ以外、特にやるべきこともやりたいこともない。
家に帰って、親友との連絡を楽しんでもいいが……。
そういえば、あの黒い生物はどうして自分なら助けてくれると思ったのだろうか、といまさらながらに疑問を抱いた。
しかし、すぐに当た物中からそれを追い払うと、今度は何か目的をもって、さっさと歩いて行ってしまった。
まったく、これだからNo1は、とその場に遅れてやってきた光はため息をついた。
異変を感じ取って、すぐに学校を飛び出した光だったが、今回はどうやら彼女の力は必要なかったようだ。
友野の去っていく姿を見ながら、光は劣等感だかなんだかよくわからない顔をして、そして女の子らしいアルトに近い声で、一言、ポツリと発する。
「さすが、友野さん。……どうしたらそんなに強くなれるのか。……いや、あなたはどうして」
風が言葉をさらっていった。
きっと光の口からは最後の言葉まで発せられたのだろう。
彼女も、長い髪を翻して、流起友野とは全く別の方向に去っていった。
友野は薄々察していた。
彼女はこの場所に来るだろう、ということを。
また、光も同じように、薄々察していた。
彼に任せていれば、自分は必要ない、と。
二者がそれぞれの考えをもって、二者が自分を信じて戦って、戦おうとして。
そうして、お互いに気が付かないふりをして、その場から離れていった。
故に、周りの人間は気が付くことはなく、彼ら自身も気が付くことはない。
No1とNo3。
頂点とそれ以外の間に、決定的な、壁が築かれてしまっていることに。
『人には必ず格差が生まれる。
身長や体重といったものから、成績や身分といったところまで。
それはもちろん我々の持つ《能力》にも適応される。
S級はそれで他よりも大きく秀でている。
彼らは限りなく最強に近い。
しかし、最強ではない。
神でもない。
S級にも序列が存在する。
とある国のNo1は少し前のインタビューでこういう言葉を残している。
真の最強なんて、この世界には存在しない、と。
もしも、その最強がそこで生まれてしまったら、そいつはもうこの世界で生きていくことすら許されないだろう、と。
(中略)
だから気が付かないのだ。我々人間は、目指すものはそこにある、ということに。___とある本より引用』
《行間》
学校が終わって、家に帰ってきて、こっちの世界で始めたスマホゲームを楽しんでいると、ピンポーンと代り映えにしないインターホンが鳴った。
ん、と画面から進は顔を上げた。
フン、と伸びをしてから、誰かが来るなんて珍しいな、と思いながらもドアに手をかける。
ガチャリ、という音を立てながらそれを開けると、そこにいたのは、何と光だったのだから驚きだ。
どれくらい驚いたのかというと、一+一=三、って答えてしまうくらい。
ホントの答えは確か四だったはず。
そもそも、人が訪ねてきたことが一回もなかったのに、その初めてが女子とかハードルが高すぎる。
時々思うが、こういう時の光は、だいたい理不尽だ。
根拠はないが、体感で。
「うす、どうした。こんな辺境に客が来るなんて、珍しいな」
「いや、ここメチャクチャ都内ですけど?」
軽口を言ったら思いっきり突っ込まれた進は、とりあえず、といった感じで光を家の中へ上がらせた。
もしも、ここに来たのがみことだったとしたら、気にせずに玄関に突っ立たせとくのだが。
もちろんその場合、自分は座って話す。
家に住んでいる人間が、その家では一番偉い、とかいう謎理屈を言った後。
しかし、さすがに彼女まで同じような目に合わせるのは忍びない。
というか、家に入れろオーラがすごかった。
「んで、どうしたんだよ、光。マジで、こんなアパートに用はないだろ」
「ん、あぁ」
「あぁ、じゃねぇよ、あぁじゃ」
「いや、ランク戦もそろそろだしさ。進の様子を見に来ておこうと思って」
「なんだ、それ。つか、家なんて教えたっけ?」
「いや、進に教えてもらってはないよ。この間、たまたま知っただけ」
どうやって知ったのか、聞いてみたかったが何となく聞いてはいけない気がしたので無視する。
「あぁ、ランク戦、ねぇ。そういや、みことの方もそんなこと言ってたな。やっぱり、大切な行事なのか?」
「うん、完全な《支援型》の《ウエポン》持ちじゃない限りは、だいたい校内ランキングっていうのは進学に響くからね」
「そっか。で、光は今年ももちろんS級を目指すわけか」
「そうね。私ももっと強くならなきゃ。上位二人を倒せるように」
光らしい、勝気な声で答えが返ってきた。
そこに絶対的な自信があるからだろう。
(ったく、みことにしろ光にしろ、S級っていうのは、どうしてこうも自分を自重するのかね。もっと、権力を振り回してもいいと思うんだけどな。……いや、まぁ、そんなことしてほしくはないのだが)
流星学園で、S級を名乗れるのは上位十人だけ。
全国区の順位でもS級を名乗れる学生は百人にも満たないのに。
それでも彼らは、自分が間違うことを恐れてはいない。
進はそんな彼らのことが好きだ。
まぁ、捨てろと言われたら捨てられるが。
「S級かぁ……。俺の中じゃぁ、夢物語だな」
「え? いや。まぁ、そうかもね。私だって、最初はそうだったし」
「フーン」
意外な答えが返ってきて、進は少し目を見開く。
彼の知る光の性格からは考えられもしなかったから。
もっと、初めから、私はNo1になる、とか決めているのかと思っていた。
「そりゃ、私だって初めからNo1を目指そうなんて無謀なこと考えてはないわよ。コツコツ目標を達成していって、今ここにいるわ」
「へぇ、そうなのか」
「そうに決まってるわよ。本当の天才なんて、私は知らないしね。……いや、あの人たちはそうかもしれないけれど。でさ、時に進君」
「……君付けやめて? 光がやると、なんか怖いんだ」
逆に、光の目がまっすぐ、真剣にこっちに向けられて、進はどきりとしてしまった。
「じゃぁ、時に進。あんたは今回のランク戦で、どこまでランクを上げるつもりなの? 一つ、二つ?」
しかし、彼女のまっすぐな双眼を見つめると、そういう気持ちはすべて吹き飛んで行ってしまって。
ハハッ、と進は笑う。
「そうだな。まぁ、俺の目標は光を倒す、ことかな」
「?! って、おい! 私だって、そんなこと考えなかったって言ったばっかでしょ!」
「ハハハ、分かってるって。冗談冗談。……って、わけでもないんだけどな」
「?」
そして、その笑みはすぐに表情から消え失せて、彼は光を見つめ返すのをやめずに、どこか悲しげに言った。
「立ちふさがるのなら、俺はすべてを倒して上へ行く。いつか、あいつに追いついて、ぶん殴るために」
光には、それがどんな感情かはわからなかったが、理解はする。
あぁ、この人も何かを失ったんだな、と。
何も失っていない、いや、今の日常を受け入れてしまっている自分とは、また違った道を選ぶのだ、と。
「進、あなたは何を……」
茶髪が揺れた。
心なしか、顔も不安げに、歪んでいた気もする。
が、進は首を横に振る。
「何も、光が俺のことを気にする必要はない。俺が、勝手にすることだ」
「でも、それはあなたにとって、そんなに大切なこと? 必要なこと? その人に追いつくことは、そんなに___」
光はおそらく本気でわからないのだろう。
自分の身を削ってでも、誰かを追いかけ続けなければならないという、そういうような気持ちが。
「俺の人生の面で考えるのなら、そんなことをする必要はないのかもな。そもそも、いなくなった人間の背中を、いつまでも追いかけ続けるっていうのはおかしい。いなくなったのなら、そこで関係を切ってしまえばいい。でもな、」
そこで、進の声は懐かしさを帯びたものへと変化する。
どこか、その日々にあこがれたような。
でも、明るく。
「あいつは、こういったよ。一人で死ぬよりも、大切な誰かと死んだほうが、死後、後悔しないだろって」
光は目をそらした。
理解できない。
圧倒的に、理解のキャパオーバーをしている。
この少年は何を言っている。
普通は___。
「死にたくない、じゃないんだね」
その返しには、進は答えなかった。
キョトン、としている、という感じだ。
光は言葉をつなぐ。
「死は、死ぬのは、怖いって思わないの?」
あぁ、と進はやっと笑顔を取り戻した。
「怖いよ」
と、いう。
「じゃあ」
と、光が返す。
それでも進は、否定を返す。
「やめないさ。ここまで来たんだから。だいじょうぶだよ。俺は、目的がある限り、必ず帰ってくるから」
と、有無を言わせない絶対的な声で。
そこにいるのは、言野原進だ、とわからせるような声音で。
「ハァ、分かったわよ。あんたの目標も、あんたの目指す先も。んで、私も絶対に負けられなくなったってことに」
「……なんでそうなった」
「そりゃぁ、だって、私はNo3だもの」
「ハッ、そうかよ」
お互いに苦笑したその時。
ピリリリリリリリリリリ……、と光のスマホが鳴った。
光は、ゴメンと言って外に出る。
「さてと、こういう世界なわけだし。この平穏は、いつまで続くかな」
進は、しばらくしてふと、そうこぼした。
《行間》
『残念だったな、星見琴光。俺たちの準備は、順当に整っているよ。と、いうことで近々、最後のピースをもらいに、そちらへ行こうと思うのだが』
同時刻。
進と同じように光もハックされたスマホに向かって不敵に笑う。
「つまり、それは。流星学園への宣戦布告として受け取っていいってこと? いいご身分の組織ね、
《ハンター》?」
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