表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

第8話 南国の町

 わたし達の住むガーヴェラント王都から、南に鉄道で六日間かけて到着した保養地。グッチというその町は、南国情緒の漂うところだった。


 この大陸は非常に広大な大陸だ。ガーヴェラントは現代において、東側の大半と北にかけて広く国土を有しているが、王都は比較的、北に位置している。

 西や南にはいくつかの大きな国があり、東側や南の端では海に面してもいて、南東には小国がいくつかある。


 グッチは南東の隣国に面した保養地で、ガーヴェラントからすると、南の端にある、海沿いの町だ。東の小国はどこも友好的であるが、東側の国とは予断を許されない関係である為、グッチの西にある軍の基地は南方面軍の本拠地であり、海軍も有することから規模は大きい。


 からっとした晴天と湿度の低い乾燥した空気、見慣れない南国の樹木や果物は、本で見たことはあっても新鮮で、気分が開放的になった。

 護衛は周囲にいてくれるが、エルサと二人、砂浜でトロピカルドリンクを飲んで過ごす日々は穏やかで、いつまでも続けばいいのにと寂しくなる。

 ディルケオンも仕事の合間によく顔を出してくれた。


 泊まったホテルも素敵なところで、食事も美味しく、人々はみな陽気で楽しい。貴族や豪商が特に集中しており、洗練された雰囲気の王都より、こちらの方がエルサは気に入ったようだった。

 エルサを保護してくれる老夫婦もいい人そうで、落ち着いたらいつでも遊びに来るように言ってもらえた。


 こちらには十日間滞在する予定だけれど、こんなに素敵なところなら、毎年来たいくらいだ。鉄道のお陰で、昔では考えられないほど旅行が気軽になっている。いつか気兼ねなく、エルサに会いに来られるようになればいいのだけれど。




 滞在四日目、わたしとエルサは町の外れを訪れた。この町で最も高い展望塔があるのだ。


 町と海を一望できる真っ白な塔と、隣接する商業施設は、少し町から離れるとはいえ、グッチに来たら必ず寄るべきとされる観光スポットだった。


 本当は家族で来たかったが、お父様が軍の関係者と会合の予定があったので、お母様もホテルに残った。ディルケオンも仕事で、エルサと二人で来ることにした。護衛は少し離れたところに三人控えてくれている。


「これがグッチ名物、テルテア」


 昼食時、わたしとエルサが入った店は、塔に隣接する施設の中で最も高く、町と海を一望できるレストランだった。異国情緒のある店内は吹き抜けで、風がすごく気持ち良い。


 テルテアというのは、この辺りに生息する巨大な海鳥の肉を使った料理だ。


 人間くらいの大きさの魚を丸呑みできるとも言われる海鳥だが、肉はきめ細かい脂と旨みたっぷりの極上の肉と有名なのである。


 巨大な肉を鉄串に刺し、直火で炙ったものをテーブルに持って来て、店員が客の食べたいだけ切り落としてくれる。香辛料もこの辺り独特のものをふんだんに使うため、スパイシーで野趣あふれる味だった。


「この太もものお肉、すごく柔らかくてジューシー!わたし、これが好きだわ。お姉様はどれが気に入った?」

「背中のところかな。きめ細やかな脂とスパイスの調和が最高だったもの」


 串に刺したままの肉を持ち、店員が順番にテーブルを回ってくれる。毎回肉の種類が違って、どれも味が大きく違って楽しかった。





 食後は展望塔に登り、景色を楽しみ、施設の土産屋を見て回った。グッチに来ていたことは秘密にしなければならない為、買って帰れないことが残念だ。


 この町の面白いものの一つとして、町の上空を横断するゴンドラがある。


 蒸気機関の発達とともに普及したエレベーターのように、人が乗り込むゴンドラも、大陸の色々なところで使われるようになっている。


 中でも、グッチのゴンドラは町を横断して海と展望塔を繋ぐ上、おしゃれで可愛いものや男性向けのデザインなど、趣向の凝らした色々な客車があり、これも名物のひとつだった。


 わたし達は、行きは観光客向けのヴェルガ車を使い、帰りはゴンドラを使うことにしていた。


 ゴンドラは基本的に、グループ毎に一台ずつ乗らせてもらえる。混雑時は他の客と相乗りになる場合もあるのだけれど、幸いにも今日は空いているようだった。

 複数人のグループはもちろん、恋人らしき二人組も一台貸切で乗っている。


 わたし達は護衛の軍人にお願いして、二人で乗らせてもらうことにした。ゴンドラに乗ってしまえば、護衛の必要もない。

 若い軍人たちはほんの少し考えたが、すぐに微笑んで了承してくれた。


 わたし達が乗ったゴンドラは、お城をイメージした、白くて可愛いゴンドラだった。もちろん、扉には鍵がかかるし、落ちたりすることのないように作られているが、きちんと硝子窓があって、一部は開けることもできる。

 内装も、もちろん貴族であるわたし達からすれば陳腐なものではあるが、それなりにそれっぽく作られている。


 わたしとエルサは向かい合って座った。


 高所は風が強いが、涼しくて気持ちがいい。白が目立つ街並みと、背後には展望塔。向かう先には水平線。


 ちょうど少し日が傾きかけてきて、夕焼け色に染まった海は、言葉にできないほど美しかった。


「遠目から見ると、余計に綺麗に見えるわね」

「ホテルなんか、妖精が住んでそうに見えるわ」


 そんな風に他愛のない話をしていた時だった。


 突然、がくんとゴンドラが揺れたかと思うと、そのまま止まってしまった。


「故障かしら」

「うわぁ。高所恐怖症の人がいたら、大変ね」


 エルサの軽口に、わたしは笑ってしまった。


「そういう人は、最初から乗らないんじゃないかしら」


 安全装置もあるし、すぐに直るだろう。そう思った数十秒後のことだった。


 まず、天井に何かが衝突するような音がして、ゴンドラが大きく揺れた。

 すぐ後に、ばさばさと音がして、窓の外を何かが飛んでいった。


 エルサの顔色が変わる。


「パラシュート…!」


 天井で何かが動いている。こんな空の上で、何かが途中乗車したのだ。


「お姉様、こちらへ!」


 エルサがわたしを背にして、ゴンドラの乗降扉に向き合い、睨みつけた。


 誰かの手が、窓から見える。扉に何かを設置する。


 爆発音。


 扉の鍵を爆破したようだ。スライド式の扉が開く。


 ぬうっと現れたのは、ゴルドー司祭だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ