第8話 南国の町
わたし達の住むガーヴェラント王都から、南に鉄道で六日間かけて到着した保養地。グッチというその町は、南国情緒の漂うところだった。
この大陸は非常に広大な大陸だ。ガーヴェラントは現代において、東側の大半と北にかけて広く国土を有しているが、王都は比較的、北に位置している。
西や南にはいくつかの大きな国があり、東側や南の端では海に面してもいて、南東には小国がいくつかある。
グッチは南東の隣国に面した保養地で、ガーヴェラントからすると、南の端にある、海沿いの町だ。東の小国はどこも友好的であるが、東側の国とは予断を許されない関係である為、グッチの西にある軍の基地は南方面軍の本拠地であり、海軍も有することから規模は大きい。
からっとした晴天と湿度の低い乾燥した空気、見慣れない南国の樹木や果物は、本で見たことはあっても新鮮で、気分が開放的になった。
護衛は周囲にいてくれるが、エルサと二人、砂浜でトロピカルドリンクを飲んで過ごす日々は穏やかで、いつまでも続けばいいのにと寂しくなる。
ディルケオンも仕事の合間によく顔を出してくれた。
泊まったホテルも素敵なところで、食事も美味しく、人々はみな陽気で楽しい。貴族や豪商が特に集中しており、洗練された雰囲気の王都より、こちらの方がエルサは気に入ったようだった。
エルサを保護してくれる老夫婦もいい人そうで、落ち着いたらいつでも遊びに来るように言ってもらえた。
こちらには十日間滞在する予定だけれど、こんなに素敵なところなら、毎年来たいくらいだ。鉄道のお陰で、昔では考えられないほど旅行が気軽になっている。いつか気兼ねなく、エルサに会いに来られるようになればいいのだけれど。
滞在四日目、わたしとエルサは町の外れを訪れた。この町で最も高い展望塔があるのだ。
町と海を一望できる真っ白な塔と、隣接する商業施設は、少し町から離れるとはいえ、グッチに来たら必ず寄るべきとされる観光スポットだった。
本当は家族で来たかったが、お父様が軍の関係者と会合の予定があったので、お母様もホテルに残った。ディルケオンも仕事で、エルサと二人で来ることにした。護衛は少し離れたところに三人控えてくれている。
「これがグッチ名物、テルテア」
昼食時、わたしとエルサが入った店は、塔に隣接する施設の中で最も高く、町と海を一望できるレストランだった。異国情緒のある店内は吹き抜けで、風がすごく気持ち良い。
テルテアというのは、この辺りに生息する巨大な海鳥の肉を使った料理だ。
人間くらいの大きさの魚を丸呑みできるとも言われる海鳥だが、肉はきめ細かい脂と旨みたっぷりの極上の肉と有名なのである。
巨大な肉を鉄串に刺し、直火で炙ったものをテーブルに持って来て、店員が客の食べたいだけ切り落としてくれる。香辛料もこの辺り独特のものをふんだんに使うため、スパイシーで野趣あふれる味だった。
「この太もものお肉、すごく柔らかくてジューシー!わたし、これが好きだわ。お姉様はどれが気に入った?」
「背中のところかな。きめ細やかな脂とスパイスの調和が最高だったもの」
串に刺したままの肉を持ち、店員が順番にテーブルを回ってくれる。毎回肉の種類が違って、どれも味が大きく違って楽しかった。
食後は展望塔に登り、景色を楽しみ、施設の土産屋を見て回った。グッチに来ていたことは秘密にしなければならない為、買って帰れないことが残念だ。
この町の面白いものの一つとして、町の上空を横断するゴンドラがある。
蒸気機関の発達とともに普及したエレベーターのように、人が乗り込むゴンドラも、大陸の色々なところで使われるようになっている。
中でも、グッチのゴンドラは町を横断して海と展望塔を繋ぐ上、おしゃれで可愛いものや男性向けのデザインなど、趣向の凝らした色々な客車があり、これも名物のひとつだった。
わたし達は、行きは観光客向けのヴェルガ車を使い、帰りはゴンドラを使うことにしていた。
ゴンドラは基本的に、グループ毎に一台ずつ乗らせてもらえる。混雑時は他の客と相乗りになる場合もあるのだけれど、幸いにも今日は空いているようだった。
複数人のグループはもちろん、恋人らしき二人組も一台貸切で乗っている。
わたし達は護衛の軍人にお願いして、二人で乗らせてもらうことにした。ゴンドラに乗ってしまえば、護衛の必要もない。
若い軍人たちはほんの少し考えたが、すぐに微笑んで了承してくれた。
わたし達が乗ったゴンドラは、お城をイメージした、白くて可愛いゴンドラだった。もちろん、扉には鍵がかかるし、落ちたりすることのないように作られているが、きちんと硝子窓があって、一部は開けることもできる。
内装も、もちろん貴族であるわたし達からすれば陳腐なものではあるが、それなりにそれっぽく作られている。
わたしとエルサは向かい合って座った。
高所は風が強いが、涼しくて気持ちがいい。白が目立つ街並みと、背後には展望塔。向かう先には水平線。
ちょうど少し日が傾きかけてきて、夕焼け色に染まった海は、言葉にできないほど美しかった。
「遠目から見ると、余計に綺麗に見えるわね」
「ホテルなんか、妖精が住んでそうに見えるわ」
そんな風に他愛のない話をしていた時だった。
突然、がくんとゴンドラが揺れたかと思うと、そのまま止まってしまった。
「故障かしら」
「うわぁ。高所恐怖症の人がいたら、大変ね」
エルサの軽口に、わたしは笑ってしまった。
「そういう人は、最初から乗らないんじゃないかしら」
安全装置もあるし、すぐに直るだろう。そう思った数十秒後のことだった。
まず、天井に何かが衝突するような音がして、ゴンドラが大きく揺れた。
すぐ後に、ばさばさと音がして、窓の外を何かが飛んでいった。
エルサの顔色が変わる。
「パラシュート…!」
天井で何かが動いている。こんな空の上で、何かが途中乗車したのだ。
「お姉様、こちらへ!」
エルサがわたしを背にして、ゴンドラの乗降扉に向き合い、睨みつけた。
誰かの手が、窓から見える。扉に何かを設置する。
爆発音。
扉の鍵を爆破したようだ。スライド式の扉が開く。
ぬうっと現れたのは、ゴルドー司祭だった。