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第5話 わたしの義家族

 わたしは、物心ついた時には孤児であり、孤児院にいた。

 両親が平民だったのか、浮浪者だったのか、貴族だったのか、そんなことも何一つ、分からない。


 孤児院の裏の顔が隣国のスパイ養成機関だと気付いたのは、いつだっただろうか。

 記憶にある幼少期は、訓練や勉強で埋め尽くされている。


 孤児が全てスパイとしての訓練を受けているわけではなかった。他の孤児は極貧ではあるが、子供らしい生活をしていて、羨ましいと思った記憶がある。


 わたしを含めて何人かは、他の孤児と一緒の時だけは普通に過ごすことを許された。

 けれど、院の手伝いが始まると、わたし達は訓練をさせられる。辛く、厳しい訓練だった。頭と体を限界まで酷使させられ、うまくこなせないときは容赦なく殴られた。


 それでも、幼少時はまだ加減されていた。年齢が上がるにつれて訓練は過酷に、そして高度になっていった。


 実際のところ、孤児院は長いこと、ろくな任務を与えられていなかったようだった。

 年に何回か、本国から来たスパイを一時的に預かり、仕事や引き取り先を世話するくらいで、院で養成したスパイへの任務は碌にない。


 なぜそうなのかはよく知らない。ただ、責任者の司祭様はそれを強く不満に思っていて、鬱憤は訓練するわたし達に向けられた。


 わたしの心は腐りきっていた。いくら辛い思いをしたところで、どうせ任務など与えられない。けれど、それでもスパイである以上、逃げ出せば追手がかかり、命が狙われるのは明白。

 街の警備隊に出頭しようかと何度か思ったこともあったが、そういったところにもスパイはいるようで、一度脱走した仲間は無残に殺された。


 未来にはただ、暗闇しかなかった。




 やがて十歳の頃、わたしの引き取り先が決まった。ウィシューニア伯爵家。代々近衛騎士を輩出している家で、なるほど王族に近付くことはできるかもしれない。しかし、男の子を孤児から引き取って騎士にするわけもなく、また長女がいるので近衛騎士の婿を取ることもない。

 結局、他の貴族と大した違いはないだろう。

 わたしが有益な情報を得たり、任務が与えられるとも思えない。


 そんなところにしか潜り込ませられない養成機関など、さっさと潰せばいいのに。





 けれど、わたしの憂鬱な毎日は、ウィシューニア伯爵家に一歩入ったその日から、明るく照らされたのだった。


 孤児のわたしにも、義両親はいつも笑顔で接してくれて、厳しさもあるけれど、それは愛のある厳しさであり、同時にどこまでも、優しかった。

 何より、二つ上の義理の姉はわたしなんかとは住む世界が違った人のはずなのに、その太陽のような温かさで、わたしを包み込んでくれた。


 おねえさま、そう呼ぶだけで、まぶしいばかりの笑顔でわたしを抱きしめて、どこへでも連れて行ってくれる。


 わたしは家族を知り、愛を知った。





 定期的に孤児院に顔を出し、報告と訓練は続けられた。とはいえ、子供のわたしが得られる情報など皆無に等しい。義家族に迷惑をかけることもないので、気楽なものだった。


 そんな毎日が続くのだと思っていた。のらりくらりと下らない情報を報告し、訓練をこなす。訓練は年々高度になっていくが、幼少期ほどの厳しさはなかった。潜入任務が始まっているからだろう。


 いつかどこかへ嫁いだら、そこでも家族に恵まれるといいな。そして、たまに伯爵家に顔を出すのだ。

 わたしはそんな甘い考えを持っていた。いつのまにか、随分と伯爵家に毒されていたらしい。




 しかし、そんな夢想は、突然崩れ去った。


 十七歳になったある日、突然任務が命じられた。

 細菌兵器を使った、ガーヴェラント王族の暗殺。

 女王は殺せなくてもいいらしい。王族の数を減らせればいいそうだ。


 アウベスタでなぜ、突然そうしようという決断が為されたのか、わたしは知らない。


 流行り病に見せかける細菌兵器が完成したからなのか、政治的にこのままだとまずそうな事態が発生したのか。何かしらの理由はあるのだろう。どうでもいいことだが。


 その作戦で、なぜわたしに任務が来て、細菌兵器の最初のターゲットがお姉様なのか、それにも何か理由はあるのだろう。婚約者は王族に近い近衛騎士で、お姉様自身も夜会やお茶会で王族に会う機会はある。どんな理由であれ、どうでもいいことだが。


 わたしが逆らって死ぬのはいい。けれど、作戦がそれで止まるとは思えない。他のスパイが作戦を遂行するだろう。それはいい。

 けれど、万が一にも義家族が巻き込まれるかもしれないことは許容できなかった。アウベスタの連中は、わたしの家族のことなどに興味はない。


 わたしはひとまず任務を受け、必死で考えた。

 絶対に義家族に迷惑をかけずに、作戦を失敗させる手段を。

 義家族を危険に晒せない以上、わたしの裏切りは確実にバレる。

 わたしは自分の命は捨てることにした。

 それでお姉様や義両親が助かるのなら、それでいい。


 自分の命を諦めてしまえば、どうとでもなる。

 確実なのはやはり自首して計画を潰すことだ。

 ただし、何も進んでない内にわたしが捕まっただけでは、他のスパイに任務が移るだけ。だから、作戦は遂行しつつ、わたしだけが犠牲になればいい。細菌兵器は、わたし自身に打つ。病状が出る前に、血清が作れるだろう。最悪、隔離してもらって、死体から分析してもらえばいい。


 残念ながら、解毒薬やワクチンは渡されなかった。しかし、話を聞いた限りでは、感染力や自然発生の流行り病に見せかける機能に特化しており、解毒の難しいウイルスではないはずだ。わたしの細菌兵器に対する知識は下級スパイの域を出ないが、専門家がそうと分かって分析すれば、分析は難しくないはず。


 そうと決まれば、計画への協力者が必要だ。王国の行政に報告ができて、わたしの義家族の安全に気を使ってくれる、軍関係者か警備隊関係者。

 まぁ、そんな当ては一つしかないけれど。


 わたしは、お姉様の婚約者、ディルケオン・リンジトルムに手紙を出した。

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