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第3話 孤児院の裏の顔

 エルサが暮らしていた孤児院はガーヴェラントの王都にあり、ウィシューニアのタウンハウスからも遠くない。ヴェルガ車で半刻、といったところだ。


 貴族家でもないので先触れなども必要ない。エルサが頻繁に奉仕活動に行くので、わたしは他の教会や孤児院にばかり行っており、向かうのは初めてだったけれど、貴族の横暴さを利用させてもらうことにした。


 こじんまりとした教会と、裏手に孤児院がある。古びてはいるものの、清潔にされている、暖かみのあるところだった。


「エルサ様が、ご婚約を…」


 対応してくれた亜人のシスターは、わたしの要件を聞いて目を見開いた。


「急なことで、それまでにもそれらしい話を聞いたことがなかったものですから、何かご存知ではないかと思いまして」


 その教会には現在、神父がいないらしい。出迎えてくれた中年のシスターは、エルサが親を亡くして預けられるより前からここにいたらしく、エルサのことをよく知っている人だという。おそらく、父や母は会ったことがあるのだろうが、わたしは初対面だった。


「申し訳ありません。わたしは何も…。お相手はどのような方なのでしょう」


 この時、わたしは僅かな違和感を覚えた。わたしは相手が自分の婚約者だとか、何かがおかしいとか、そういったことは言っていない。ただ婚約したとだけ伝えたのだ。


 ふつう、貴族家へ引き取られていったとはいえ、自分のところで面倒をみていたことがあり、引き取られた後も頻繁に顔を出していた少女が婚約したとなれば、真っ先に浮かぶのは祝福の表情ではないだろうか。


 しかし、このシスターは困惑を隠しきれていない。


「…司祭様にも、ご挨拶させていただいても?」

「ええと…ただいま…その…」


 その時、部屋の扉を叩く音がした。


 わたしの護衛が確認して、扉を開く。入ってきたのは壮年の男性で、この教会の司祭だった。いかにも優しそうな雰囲気の男性で、長めの白髪を後ろに撫で付けている。


「初めまして。この教会の司祭を努めております、ガルドーと申します。エルサのお姉様がいらっしゃったと聞いて、ぜひご挨拶させていただければと」


 柔和な口調でそう言うが、わたしはまたも違和感を覚えていた。あまりにタイミングが良すぎる。シスターは明らかに司祭には会わせないように理由を作ろうとしたところだったのに、まさにそのタイミングでノックしてきたのだ。


 まるで、シスターが動揺していることへのフォローのようにも見える。


 しかし、わたしがここで警戒させてはいけない。表面上は澄ました顔で、シスターにしたのと同じ話をする。

 すると、司祭はシスターとは違い、喜色を前面に出した。


「昔から面倒見のよい良い子だったので、大変喜ばしいことです。子供たちも喜ぶことでしょう」

「司祭様も、妹から何か話を聞いたことは?」

「いえ、彼女が来た時には挨拶と軽い世間話くらいで、プライベートなことはあまり。幸せそうだったので、安心して見守っておりました」


 結局、これと言った話は聞けなかった。けれど、わたしの勘が正しければ、ここには何かがありそうだ。


 家に帰り、自室まで待ってから、わたしの専属侍女のプラナが言った。


「お嬢様が最初にシスターと顔を会わせてから、シスターは誰にも何も言わずに真っ直ぐに応接室に案内しました。最初に出てきた時は子供たちもいましたが、護衛が言うには我々が案内される際、子供たちは奥の孤児院に向かったそうです。そして、あの司祭は反対側から来ました。司祭に『お嬢様がエルサ様の義姉である』と伝えていれば、気配で分かったはずなのです。しかし、それがなかった」


 つまり、あの部屋の会話を聞いていたということだろうか?


 司祭の部屋は通常、応接室に近い。密接している場合も多く、隣など密接した部屋でもおかしくはない。


「それと、あの司祭は武芸の心得があるように見受けられました」


 普段であれば、だとしても気にはしなかっただろうし、わたしに報告もされなかっただろう。しかし、違和感を感じる人間に武の心得があるとなれば、違和感で済ませてはいけない話になってくる。


「そう…。ありがとう。あの孤児院、調べてみてくれる?」


 我がウィシューニアはこの国でも有数の武の家系であり、諜報部もある。とはいえ、お父様がエルサを引き取る際にも、過去のことは調べても、教会や孤児院のことまでは調べたとは思えない。せいぜい暮らしぶりを尋ねたくらいだろう。


 一度、違和感の正体を調べてもらうことにしたのだった。





「それじゃ、あの教会にはアウベスタとの繋がりが…?」


 数日後に上がって来た報告は、想像を超えるものだった。

 隣国アウベスタの諜報拠点の一つだったというのだ。


 アウベスタは、ここガーヴェラントの北西に位置する隣国である。山間部に暮らす亜人達を起源とする国であり、この国に比べてかなり寒冷な国である。


 広大な国土を持つが、その大部分は険しい山であり、増え続ける人口を支える農業が可能な地域が限られる為、以前から度々侵略戦争を仕掛けてきている。


 現在は戦時下ではないが、平和条約は結ばれておらず、あくまで停戦状態。両国の人の行き来もあるが、冷戦と言われる程に緊張した関係である。


 現在は国境付近での小競り合いが度々あることと、互いに諜報員を送り合い、わたしたちの生活の裏側でスパイ戦争が行われているというのが貴族達の共通認識だ。


 我が家の領地はアウベスタに隣接する国境に近い地域の為、領地はもちろんのこと、王都でも軍と連携して、盛んに防諜活動をしている。


「軍にも連絡しましたが、これまでノーマークだったようです。かなり古くからある教会ですし、不自然な人の出入りなどが確認されたこともありませんでした」

「それほど徹底した情報管理をされている重要拠点だったということ?」

「いえ、というよりは、重要でなく任務もろくにない、ただ古いだけの拠点だったものかと。活動もあまりしていないから、網を流れていたものと推察されています」

「近年の活動は?」

「それが…」


 プラナは一瞬躊躇ってから、思い口を開いた。


「スパイの流入、養成…?」

「はい…。密入国したスパイを失業者や浮浪者の保護に偽装して、仕事を当てがったり、自国で養成した孤児を密入国させ、この国の孤児として預かり、さらに訓練を続けつつ、社会に送り出す役割を持っていたようです」

「そんな…じゃあエルサは…」

「…幼少期から隣国で訓練を受けていた、生粋のスパイだったことが確認されました…」


 わたしは思わず姿勢を崩した。力が入らない。あの子が、あの可愛いわたしの妹が、隣国のスパイ…?


「上級スパイのような、この国の高い身分を持っているわけではないスパイですので、隣国にとっても重要度はあまり高くないようです。これまでに関わったスパイの人数も、活動の長さの割には非常に少なく…」


 既に教会も孤児院も、軍と諜報部によって抑えられている。司祭もシスターも孤児達も捕えられ、建物は閉鎖され家宅捜索をされているのだ。


「孤児は大半が、本当のこの国の孤児でした。カモフラージュの為に、普通の教会や孤児院としての活動も熱心にしていたようです」

「あの司祭とシスターは?」

「司祭はあの施設の最高責任者です。生まれも育ちも隣国ですね。シスターはこの国のシスターを懐柔して現地スパイに仕立てたようです」


 だからシスターは、動揺を隠すこともできなかったのだ。彼女はほとんど表向きの活動しかしておらず、裏の業務についても、ほとんど何も知らなかったという。


 エルサを我が家に紹介した、父の知り合いの貴族も、隣国との関係が疑われる。


 わたしの婚約を破棄される件を調べていたはずが、気付けば大きな話になってしまった。


「エルサは…。エルサはもう捕えられたの?」

「いえ、どうも近衛兵隊…つまり軍の方で何か思惑があるようで。まだ泳がされているみたいです。その辺りの話は聞けませんでした」


 隣国との関わりが確認された時点で軍に情報を挙げているので、その後は我が家の手の者は手を引いている。お父様に降りてきた情報の中から、わたしに知らせてもいい情報だけを聞いているような状況であり、わたしは無力だった。


 結局、軍事機密に関わるということで、詳細を聞くこともできず、家で大人しくしているよう申しつけられたのだった。


(なにか事情があるのだとは思ったけれど…スパイだなんて…。じゃあ、今までのわたしたち家族との愛情も偽りだったということ?)


 わたしは呆然とした。プラナが紅茶を淹れてくれたけれど、口を付ける気もしなかった。


 わたしたちはエルサとの確かな愛情を信じていたからこそ、何か理由があると思っていた。なのに、その愛情が偽りだったかもしれないのだ。

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