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第1話 突然の婚約破棄

「悪いが、君との婚約を破棄させてほしい」


 久しぶりの来訪で、彼は開口一番にそう言った。


 わたしはこのガーヴェラントに古くからある貴族、ウィシューニア伯爵家の長女、ウィルタ。


 わが伯爵家は元々、女王の近衞兵の一人だった始祖様が、当時の女王陛下の暗殺を、陛下周辺の近衛兵よりも早く、身をもって防いだ功績から、近衛兵に抜擢され、伯爵位を賜った家だ。

 男が生まれれば代々蓄積した訓練で近衛兵を目指し、女しか生まれない場合は近衛騎士の婿をとって続いてきた。


 婚約者のディルケオンも現役の近衛騎士であり、若手ながらも有望な、真面目な好青年である。

 凛々しい顔つきに美しい青髪、翠玉の瞳で王宮の侍女や下働きに人気がある。大柄ではないが、鍛えられた身体で銃や剣の扱いも一流。わたしには勿体無いほどの好物件ではあった。


 それにしても、結婚まで一年となる明日をもって、ディルケオンは我が家に移り住み、次期伯爵としての教育を始める予定だったというのに。


 このタイミングで、彼が突然婚約破棄などという馬鹿げたことを言い出したことに、わたしはとても驚き、淑女らしからぬ動揺を顔に出してしまった。


 扇子で顔を隠し、ほんの少し目を閉じ、表情を取り繕う。


「…理由をお聞きしても?」


 この婚姻は当然、政略である。リンジトルム侯爵家は、古くから近衛兵を代々輩出する我がウィシューニアの派閥を傘下に入れることで勢力を増し、ディルケオンは次期伯爵の座を手に入れる。そして我が家は近衛騎士の婿をとること自体がメリットだった。


 彼としても、次期伯爵の座は魅力的な筈であり、この婚約を破棄する理由などあるはずがなかった。婚約してから約三年、燃え上がるような恋はしていないが、互いに信頼と穏やかな愛情を紡いできたつもりだったのに…。


「他に好きな人ができてしまってね」

「そんな…」

「もちろん、こちらの有責なので君には相応の慰謝料を支払う。また、女王陛下の認可も、両家の許可も既にもらっている」

「いつのまに…?」


 つまり、両家も王家も既に了承済み、全てが決定しているのだ。わたしへのこれは、ただの通告に過ぎない。


 お父様もディルケオンのことを気に入っていたはずなのに…。

 一体なぜ?


「私の新しい婚約者というのが、実をいうと君の妹君であるエルサなんだ。従って、両家の婚姻に係る契約はそのまま継続される。もちろん、長女の君との結婚ではない以上、君の家への婿入りとはいかないが」


 今度こそ、わたしは目を見開き、驚きで声も出なかった。

 そんな…エルサとディルケオンが…?いつから?わたしに隠れて?


 ディルケオンが自身の従者に手を挙げると、我が家の侍女に何かしらの耳打ちをし、しばらくして、妹のエルサが部屋に来た。


「ごめんなさい、お姉様…」


 エルサはそう言って、しおらしい態度で謝罪した。


 わたしとエルサに血のつながりはない。わたしは黒に近い紺色の髪に碧い瞳をもち、背も高く細身で女性にしては筋肉質な体つきをしている。

 対してエルサは桃色の髪に黄金の瞳、小柄で女性的な体つきだ。


 七歳で親を亡くしたエルサは、彼女が十歳、わたしが十二歳のとき、父が知り合いに頼まれて引き取って来た。それから七年、彼女とも仲良くしてきたつもりだ。父も母もわたしと分け隔てなく接していたと思うし、わたしも可愛がり、家族として愛情を育んでいた。


 長い時間をかけて信頼と愛情を積み重ねて来たはずの二人の裏切りに、わたしは何も言い返せない。


 わたしが黙っていると、わたしの正面に座っているディルケオンの隣にエルサが座った。その手は愛おしそうに繋がれている。


「本当にすまない。君に非がないことは大々的に公表し、君の今後への悪影響は最小限となるように努力する」

「わたしは明日から侯爵家に行きます。…もしお姉様がわたしを許せないのであれば、結婚式を含め、今後わたしに会いたくないと仰っても、甘んじて受け入れます」


 わたしは混乱したまま、とにかく今日は話を終わりにして欲しいとだけ告げ、頭が真っ白のまま退出した。


 自室に戻り、ぼーっとしてしまい、夕食も断った。頭を駆け巡るのは、エルサとの思い出。ディルケオンとの日々も色々と思い出されるが、やはり衝撃なのはエルサのことだった。


 七年の間で、最初はぎこちなかったエルサはとても自然に、わたしの家族になっていた。屈託なく笑い、姉が欲しかったといい、おねえさま、おねえさまと話しかけてくれた。素直で、純粋で、わたしにはない女の子らしさをたくさん持っていて、それが眩しかった。

 わたしが苦手とする女性的な趣味や仕草をするエルサが好きだった。父や母も男らしく育ったわたしのことも当然愛してくれていたが、娘らしい娘として可愛がってきた。


 そうした思い出にあれこれ思いを馳せ、わたしはどうしても違和感を拭えなかった。


 二人が頻繁に顔を合わせていたとも思えないし、今まで三人で顔を合わせた時にも、そんな素振りは一切なかった。二人の演技が上手かっただけだろうか?


 いや、そんなはずはない。


 この婚約破棄、何かがおかしい。絶対にそうだ。何か理由がある。


 わたしは頭を切り替えた。騎士の家系に生まれた娘として、このまま流されるままで終わるわけにはいかない。


 わたしはまず、お父様の書斎に突撃した。

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