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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

サタン

作者: きなこともちお

おかしいなあ。

あのときの暖かさは思い出せないのに、残った傷だけが痛みを教えてくれる。


あなたの唯一の嫌いを頂戴


それだけがもらえなかった

鮮やかなベルベット色サテンのパジャマ。

三分目まで残っている赤ワイン。

サイドテーブルのタバコは熱を逃さないよう必死にかき集めている。

髪の毛から重力に負けた雫が床へと手をのばす。

その雫は皮膚に触れ温度を知る。

ここからは耽美の世界。後悔の世界。もっとも人間らしい愛の世界。


高校2年生の夏。俺らの禁忌は起こった。

年頃の俺らはレンタルビデオで触れることのできない映像を手に入れた。今振り返ると、本当に馬鹿げたことをしたと思う。近くの友人の家へと数人で向かい、映像を見た。

当時の俺らから見たら、興奮の冷めない時間だった。男しかいない中で布を下ろしたい気持ちは羞恥心が拒んでいた。無言で2回再生した後、目配せで解散をした。自宅自室へ足が入った瞬間、忘れられない快感が身体を巡った。今まで経験のしたことない熱と潤いを体幹が感じていた。終わることのないと恐怖がよぎるほど。その熱が冷めたのは、気を失っていたと気づいたときだった。己の強欲さを若さと勘違いしていた。

そこからというもののすり減るほど使われたあの映像が俺の手元に回ってくることはなかった。


高校2年生の秋。俺は人生最大の罪を犯す。

互いに恋を伝え、ベクトルが重なった俺たちが修学旅行で訪れた京都。覚えているのは紅葉や歴史的建造物なんかではない。ただ、あいつのいつもより高い体温としっとりと感じる水分。やけに遠くで聞こえる声。そして俺の下ろす拳。

「藍兎。あい、と。」

まるで幼い子供をあやすように髪を撫でられる。心では拒否して、突き放しているのに身体は動かなかった。苦しそうに俺を見ながら名前を呼ぶ蒼汰。いくら誰も来ないと言えども、腕の中からはっきりと音を感じると心配を感じざるを得なかった。受け止めきれない快感があると知るのは、与える側だった。ブレーキのないその身体は細い腰を掴む俺の手が食い込むほどの力で抑えているのにさらに上へと上がろうとする。

「蒼汰。俺、」

言葉を紡ぐためには思考しなくてはならない。落ち着いた状態で状況を把握し、言葉を並べる。視覚、聴覚、感覚。持てる全てを使って。その時の俺が持っていたのは、目の前の快楽に身を投げることだった。

蒼汰が目を閉じ、重力に逆らうことをやめたとき命の重さを感じた。両腕に感じるその重さは罪にしては軽かった。

「    。」

耳元に置いたその言葉を俺らはその場に置いてくればよかったんだ。

身なりを整え二人で部屋へと帰る途中、触れる手から生まれた熱は周りの空気へと解けていった。


大人になった冬の日。俺らは熱を生む新しいものを手にすることが許された。俺は強く、蒼汰もそれなりに強かった。飲み会に呼ばれるようになり、二人共一緒に参加するがどちらかが潰れるなんてことは一度もなかった。

家に帰ってくると、緊張が解けたのか蒼汰が俺を寝具へ縫い付ける。食われる獲物に食われる感覚を教わるのはいつだってアルコールの染みた身体だった。

溢れ出るのは声か、理性か。それとも後悔の快楽か。

触れる熱が自分のなのか、蒼汰のなのか。高ぶるのは精神か、体温か。

蒼汰に押し付ける奥の奥。開くその先は未開の地で、期待と興奮が俺の背中を押した。いきなり声が途切れ、不安になり口づけで話しかける。

「蒼汰。どうした。」

口から含有量の殆どを息が占める言葉を投げると、蒼汰は目線を合わせ音の出ない口を動かす。その口からは必死に熱の籠もった俺の名前が微かに紡がれた。

「藍兎、あ、い、と。」

蒼汰の身体を掴むのに必死な俺と、自分を抑えきれなくなった蒼汰。その豪快な動きは意識の外で行われており、溢れた快感を正確に表していた。

絶頂のその先へ意識を投げた俺はまた、蒼汰を壊してしまった。目が覚めて映るのは俺の証を深くまで刻み込まれた純白の身体だった。赤く付いたそれは愛のしるしと言うには黒く、口腔内の跡は、食べ終わったあとのようだった。俺は繰り返していく、蒼汰の捕食を。加虐行動を起こさないと満たされないこの身体。蒼汰の怯える顔を見れば見るほど、満たされる。殴る、蹴る。そういった類のものでは満たされず、その先で命を手放す選択肢を手渡されたところからの恐怖。それこそが本物の快楽。

その日から2年。俺らはさらに互いを求めあった。俺が蒼汰に落ちたのか、蒼汰が俺に落ちたのか。家から出ると、関わりのない二人。この家だけが楽園だった。手から落ちないほどにこびりついた欲にまみれ、癖にまみれ。繰り返す日々。

満たされないものを相手に求めている俺は、本当に蒼汰が俺を求めているのか不安になることが増えていった。あいつは寝台の上ではまるで欲に沈められたように狂う。でも、身体の交わりを持つ前は美しさの権化と言われ触れることが許されないと無意識に思えてしまうほど遠い存在だった。これほどまで近くなってしまうとその分すべてが見えず、俺のいいように解釈してしまっている。そんな考えがよぎってしまうほど年を重ねた。

蒼汰の怯える顔、恐怖を目の前にしたとき、その目に俺だけが写っている事実が人生の支えになっている今。剥がすには癒着が多すぎて、きれいには取れないことを知った。

それでも、俺らはこの家に帰ってくる。求めるのではなく、引き寄せられるようにドアを開ける。首にかけられた俺の手を上から蒼汰が包む。玄関で大人になった俺たちはなんて子供じみた行動をとっているのだろうか。命に触れないと安心できないその手のひらは熱を伝えるには適切な場所を触っている。互いに色違いで買ったロングコートが揺れる。蒼汰の首を絞めながら交わす口づけは興奮に包まれていた。俺の耳に響く水音は蒼汰に届かなくなり始めていたころ、携帯に連絡が入る音がした。俺が無視をしてさらに深くへと蒼汰を連れて行く。すると相手は諦めたのか音はこちらを振り向くのをやめた。

寝台までの十歩、蒼汰に抱かれながら揺らされる。横抱きになんて出来ないはずのその身体に運ばれる。ただ持ち上げ、地から足を離し、蒼汰がいないと動けなくなる。白く柔らかいその布に降ろされ、着ていたコートが羽のように広がる。満足と捉えられる視線を受ける。

「天使みたいだよ。藍兎。君は僕の天使だ。」

言われるべき人間にその文言を伝えられると、どうもむず痒い。

「お前の方だよ天使は。ほんと、すぐに消えそうなのに。」

そう返すと、ゆっくりとそのまま寝台へ足をかけてくる。外にいる間互いを忘れたくないと一緒に買った香水が鼻孔に触れる。少しの動きでこれほど香る香水ではなかったはず。どうりで減りが早いわけだ。

「お前、香水つけすぎじゃないのか。もったいないだろ。」

「いやだよ。一瞬も藍兎のこと忘れたくないから。それに牽制にもなるだろ。」

蒼汰らしい考えだった。あの頃の高嶺の花はもう枯れてしまっていて、養分として土へ返っていった。本来の蒼汰、なんてものは青い風が吹こうと、都会のビル風に吹かれようと、見えることはなかった。砂が舞い、視界を遮る。影は見えるのに輪郭がはっきりとせず、詳細をつかめない。

「牽制?誰に対してだよ。」

社会においても、いつだって人に囲まれるのは蒼汰だった。学校の頃は囲む人間によって出来た壁を壊すことしか頭になかったが、年が厚みを持ち始めるとそのような考えを持つことに恥ずかしさを感じるようになった。

「誰でも。好きな人は取られたくないでしょ。」

帰宅してからこんなにも言葉を交わしたのはいつぶりだろうか。大概はなだれ込み気持ちの済むまで欲を交える。どうやら今日は何かが違うようだ。

「そうだな。だから同じ香水買ったんだし。」

そう言って蒼汰の腕を引き胸に閉じ込める。外の空気を纏ったはずのコートは手首、首から熱を持っていて、人肌と等しくなっていた。手袋を持っているはずの蒼汰は素手を俺の頬に当てる。ひんやりとした指先。暖かかった空気は一瞬にして凍りついた。寒さに震える頬。身体を起こしそれを見て面白くなったのか、蒼汰は指が熱を拾う前に離し、今度は耳に触れた。

身じろぎを起こしたがいくら男とはいえ、腰から乗られていては動きにくい。自分の加虐行動を鏡にして見ているようだった。しかし、それで全く満たされることはなく。それどころかいじらしさを感じ、さらには多少の苛立ちすらも感じ始めた。

「俺をどうしたいの。そろそろ怒りそうだけど。」

耳を弄ぼうと忙しなく動く手を取り、そのまま蒼汰の耳へと持っていく。急に不安定になってしまった身体を支えるのは難しく、蒼汰は俺に再び閉じ込められる。片方の耳を己の手で閉じられ聴覚を半分遮られている状態で俺は蒼汰の首から顎を撫で視線を合わし、口をつけた。水分の踊る音が脳内に響いている蒼汰は身体に力を込めることが次第にできなくなり体重のすべてを俺に預けた。生暖かい吐息を吐くその口は口腔内の鮮やかな赤さに艶を乗せて俺にその先を求めてきた。

今度は蒼汰のコートが羽を開く。しかしその羽は俺の手によって折られ、もがれた。フローリングに落ちるコートのボタンの音。クッションに落ちるセーターの籠もる音。それらがこれから始まる楽園への入場許可だった。

全ての鎧を身から剥がし、生を持つものだけが触れるこの瞬間。互いに高ぶりを隠すことなく高めあった。一度大きな波に飲まれてしまえば沖へ戻るのは容易いことではない。そこからの次なる波を期待して身を任せるだけだ。

空気すら温めてしまうほど熱を帯びるその身体を肩からなで上げ、再び首に手をかける。想定外だったのか水膜の張ったその目は大きく開き俺を写した。揺れた水面には俺が不鮮明に捉えられ、何かを訴えるように手を伸ばす。両手が塞がってしまっているためその手を握ることができず、彷徨う行方を目で追うだけだった。

握られないことに気づいた蒼汰は自分の手も首に添えた。ゆっくりと力を込めて押し付けるように手を沈める。

「う、あ。」

苦しそうな、でもどこかその先の快楽を待っているような。そんな声が途切れ途切れに発せられる。

「蒼汰。蒼汰。」

苦痛に歪む声が、顔が、俺の快楽に加速をかけていく。まだ繋げていない身体を忘れるくらいに求め続けた。何度も角度を変えて力を込める。俺の手も、蒼汰の首も真っ赤になり黒さまでも持ち始めた。

「あい、、と。」

微かに名前を読んだと認識したが早いか蒼汰は意識を失った。

加減はいくつ年を重ねてもできるようにならず、逆にたかが外れることに拍車がかかるくらい酷くなっていった。

意識を失った蒼汰の首を締めても殺してしまうだけで、快楽を生まない。そっと手を離し、横になって添い寝をする。

深くまで繋がらなくても満たされていた。でも、今日はどうしても繋がりがほしかった。

意識を失っている蒼汰を揺らして起こそうと試みる。大きく揺らすと数回唸る程度で、反応は薄かった。

性欲を抑えきれなかった俺は、昔教えてもらったクラブの名刺を思い出し探した。蒼汰には悪いことをしていると思っているが、どうしても満たされたかった。落とした服の端から紙切れが見えた。住所を見るとここから少ししか離れておらず、用が済んだらすぐに帰ってこようと服を着て家を出る。

その店はあからさまな妖艶を充満させており、桃色や紫色で視界が彩られていた。

適当な人を選び部屋に入る。言葉を交わすことなくことを済まし、家に帰る。


「あれ?藍兎どっか行ってたの?」

「少し散歩してた。身体大丈夫か?無理させた。」

上着を脱ぎながら、ベッドに身体を倒したままの蒼汰に話す。どうしてか目を見て話せなかった。今、あの目を見たら何かが変わる気がして。

「大丈夫だよ。冬だし、ハイネック着てても不思議がられないからね。」

この裸体が外では何十にも重ねられた中にあると思うと、息がつまる。たとえ鎧の上からだとしてもそれに触れている生物がいるということが、許せない。

「そうか。お腹すいてないか?コンビニで何か適当に買ってきたけど。」

手に持っていたビニール袋をベッド横にある机に置く。小さく音を立てて重力に従ったそれは、中が見えるように開いた。

「あ、僕の好きなやつ。」

嬉しそうに口角を上げ、目を細める。嬉しそうだな。

「いただきまーす。」

大口で頬張るその姿は他人がいる場面では見ることができないものだった。ソファーの隣に座り、袋を受け取る。中に残っていたのはカップのホワイトラテと、中にジュレの入ったマシュマロだった。

「あれ、マシュマロ食べると思ったんだけど。」

「何か気分じゃない。」

食べ終わってまた横になった蒼汰を見ると、口の端にパンを付けてスマホを触っていた。愛おしくなって口元に触れると、そのまま口内に迎えられる。弄るように指を増やし動かすと、溢れた涎がシーツに垂れた。それでも何も言わない蒼汰に藍兎が何だか気に食わなくて、そのまま喉まで押し込む。反射的に吐こうとしたのを指先に感じて思わず笑いが出た。

「蒼汰。可愛いな。」

状態を変えずに言葉をかけると、少し嬉しそうに目が細くなる。そっと指を抜いて、身体をなぞり下っていく。かかっている毛布を剥ぎ、互いの熱に触れた。

「藍兎。大好き。」

あぁ、またこの嘘に溺れて。命を捧げるしかないのか。


その日を境に、俺たちは何かが変わっていった。毎日同じ家に帰ってきているのに、何かが違うようで。毎日飲んでいるコーヒーも同じところで買っているのに何だか苦く感じる。一緒に過ごすこの家が、どうしてか寂しかった。

「ねぇ、藍兎。僕さ、明日から泊まりに行ってきてもいいかな。」

身体が硬直して動かない。腕の中にいる蒼汰の顔が見れなくて、力を込める。離したくない、誰にも渡したくない。誰かの目に晒されたりなんてしたら、おかしくなる。鍵をかけてどこか誰も来ないところにしまってしまいたい。そして、俺だけに見せるあの情欲的なあの顔を見ていたい。

「駄目。って言ったら?」

震える声を隠すように頭に顔をうずめて返す。愛しさを伝えるように何度も口づけた。ここから食べたらどうなるだろう。

「藍兎は言わないって知ってるもん。僕の事を愛してるから。」

僕が戻ってくるって知ってるから。そう言われて言葉が出ない。

「なんてね。大丈夫、遅くなるかもしれないけどちゃんと帰ってくるから。」

腕から頭を抜き、顔を合わせて蒼汰は言う。その満開の笑みが心の闇を照らしてくれると思っていた。心に言い聞かせなくても愛していると思っていた。

「行くな。俺から離れるな。家にいろ。」

言うつもりなんてなかったけど、どうしても言葉にして伝えたかった。最近の繋がりは電子上だったり、人伝だったから。

「もう、僕のこと好きだな。」

嬉しそうに俺の頬にキスをして眠りの体勢に入ってしまった。今まではこの笑顔と幸せそうな顔を壊すことに必死だったのに、どうしてだろう。今ではこれがなぜだか怖い。壊れたら戻せなくなるなんて怖さじゃなくて、壊れないだろうという恐怖だった。今まで簡単に壊れて欲望を煽られていたのに、壊れずに目の前に立ちはだかる気がして。

「俺も。」

でも、なんでも良い。こいつがいれば、それだけで。今はまだ。


次の日。蒼汰は帰って来なかった。二人で暮らし始めてから一度もそんなことはしたことがなかった。それなのに、心配なんて考えは一つも生まれない。そういう日もあると、初めて思った。何となく付けたスマホを見ると連絡が一件入ってて、帰るのが日付を超えるというものだった。

ふと目に入った数字に連絡を入れる。数分後一人の女が家に入った。この部屋に初めて異物が入った瞬間だった。

「二時間。」

女が来てから帰るまで藍兎が発した言葉はその一言だけだった。

リビングに充満する異物の匂い。今までなら気分を害す対象だったそれは、無関心なものに変わっていた。ドアに誰かが触れる音がして間もなく扉が開かれる。外との隔たりを無くした部屋の空気が変わり、寒さを隠すようにソファーに浅く座った。

「おかえり。」

寝ていると思ったのか返事は少し空白を開けて返ってきた。

「ただいま。」

外が冷えているため、真っ赤になった頬に指を伸ばすとその手に蒼汰の手が重なる。慈しむように手のひらまで包まれて、背筋が冷えた。さっきまで熱を持っていたところも熱を失い、頭に風が通る。

「お風呂が湧いてる。寒いだろ、入ってこいよ。」

一緒に入ろう、この言葉を待っているのにその日はいくら待っても訪れなかった。せめて過ぎ去ってくれれば追いかけて捕まえられるのに、訪れないものをどう手に入れればいいのだろう。

窓から見える空を見上げて、深く息を吸う。ガラスに映る部屋の照明がまるで月みたいで、おかしい。安っぽいそれが太陽より輝きを持つ時、俺たちの愛は何よりも価値を失う。

風呂から上がった蒼汰が後ろから抱きついてきた。普段なら前から乗っかってくるのに、首に手を回して耳元に顔を押し付けている。

「どうした。寝ようぜ。」

回された腕を解き、手を引く。何も言わずに着いてくるその姿に何も感じない。

俺、壊れちゃった。あれほど可愛かったはずなのに、愛おしかったはずなのに、興奮を起こされるはずなのに。

「え。どうしたの。何かあった?話聞くよ。」

いきなり止まった俺にそう言って正面から抱きしめられても腕が一ミリも動かない。頑張っていつも通りにしようとしても、何も出来なかった。呼吸が出来て、内臓は動いているのに。視界だってはっきりしてる。それなのに、頭に白く靄がかかって。分からない。

「大丈夫?とりあえずベッドまで行こうよ。」

腕を引かれても身体は動かず、ベッドまであと一メートルの所で倒れる。目も見えて、音も聞こえる。寒いし、暑さも痛みも感じるのに、何もできない。

「僕じゃ。抱えられないよ。」

どうしようかと右往左往する姿を見て、目を閉じる。そうか、これは夢だ。いつだって受け身だった蒼汰が俺のことを考えてくれるなんて。目が覚めたらいつも通りになる。


目が覚めたら、ベッドの上だった。そうか、やっぱり夢か。いつも隣にあった熱がないことに気づき、辺りを探す。

「蒼汰?」

床に人影を見つけ声をかける。もぞもぞと動いたそれは、手探りに何かを探して空を手が彷徨っていた。その手に自身の手を掴ませて引き寄せる。

「おはよう。どうして床で寝てたんだ。」

そう問うと、上半身だけを起こした俺に抱きついてきた。朝がお互いに弱く、起きてから学校に行くまでに殆どくっついていた俺たちが別々に目覚めたのは数年振りだった。だから、きっと寂しかったのだろうと腕を伸ばし抱きしめ返す。

「よかった。藍兎。よかった。」

そう繰り返す蒼汰が心配になり、抱きしめる腕を離し顔を見ようとする。しかし、蒼汰の腕は背中から離れない。首元で鼻をすする音が聞こえた。

「蒼汰?どうしたんだ。俺に話してくれないか?」

なるべく刺激しないように、撫でるように話しかける。それでも腕は離れず、仕方なく気が済むまでそのままにしようとその時を待った。

「ごめん。藍兎。ごめんね。」

今度は何だと離された身体を起こしてベッドに腰掛けると、どこからか現れた液体を口移しされる。先程目が覚めたはずなのに、視界が霞んでいく。微かな意識で分かったのは、蒼汰が笑っていることだった。

「そ、うた。」

しっかり名前は呼べただろうか。


また目が覚めたのは知らない部屋だった。体中の首にある違和感と、目にある目隠し。匂いだけで知らないところにいるのは確定したが、状況が把握できない。言葉を発そうとしても口に嵌められた固形物がそれを防ぐ。藻掻くように、苦しむような鼻から抜ける音がひたすらに鼓膜を震わせた。真っ暗な世界の知らない空間。募るのは、恐怖か。はたまた、

「藍兎。愛してるよ。」

声のする方に顔を向けると、顎を掬われ上を向けさせられる。その手つきが優しくて強張っていた身体から力が抜けた。

「ふふっ。こんなので嬉しいの?」

可愛い。本当に可愛い。耳元で囁かれる言葉が何だかこそばゆい。このままでもいいのかな。

「僕はね藍兎が欲しいんだ。」

だから、僕に愛されてよ。

僕のやり方で。


「君は僕のものだ。」


短編です


前に書いていたのを完成させました


これはどっちのエンドなのでしょう


愛とは


わかりにくいものですね

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