エピローグ
ひったくり殺人犯が、自身の前世を包み隠さず、その本性を剥き出しにした姿は……それはそれはヒドイものだった。
プロム(卒業舞踏会)から二日後。
私は王都のはずれにある、ディストレス監獄に向かった。
そこは本来、王族や貴族が収監されるような監獄ではなく、凶悪犯が収監される場所。キリマンも最初は、グローム塔という、幽閉施設に入れられたのだけど……。王太子という身分から、拘束されていなかった。その結果。彼は部屋に来た看守や警備の騎士と乱闘騒ぎを起こし、大怪我を負わせた。
政治犯や貴族が収監される、グローム塔では手に負えない。そこでディストレス監獄に、収監されることになった。拘束衣を着せられ、椅子に座らされている。足には鉄球もつけられていた。それでもキリマン……ひったくり殺人犯は、暴れようとした。
そんな状態の中、私はミゲルや沢山の神官、そして護衛についた騎士と共に、牢獄へ向かった。すると……。
「ようよう、聖女さんよ、あんた、 だろう! 今すぐその服を脱いでこっちへ来いよ」
そんな感じでもう、ヒドイ言葉を散々浴びせられた。あまりの言葉に、ミゲルが私の耳を塞いだぐらいだった。
それでも聖女の持つ聖なる力で、なんとかこの穢れた魂を浄化できないかと、まさに三日三晩の戦いの後。
奇跡が起きた。
ひったくり殺人犯の魂が、キリマンの中から消え、昔の頃の彼が戻って来たのだ。あの時は「成功しました!」とミゲルと抱き合い、大喜びだった。私達は大喜びだが、当のキリマンはというと……。ひったくり殺人犯の魂が、好き放題していた時の記憶を、完全にキープしていた。おかげでキリマンは、後悔でいっぱいだった。とても王太子を続けられる状態ではない。それは国王陛下も理解し、あの日の夜に起きた出来事については、公式にこのように発表された。
当時の王太子は、悪魔に体が乗っ取られており、正常な判断ができなかった。現在は聖女により悪魔は祓われたものの、暴挙に出たことで、皆の不安を煽ったのは事実。さらに本人の意向も踏まえ、王太子の座を退くことになった――そう、発表されたのだ。
こうして王太子から退いたキリマンには、公爵位が授けられた。キリマンは新たなファミリー・ネームも得て、キリマン・ヘンリー・マイルズ、つまりはマイルズ公爵となった。王族から離れるマイルズ公爵に必要なことは、静養。この国の南部には、年間を通して気温が穏やかな、サウスバレーという場所がある。この地が、マイルズ公爵の静養の場所として、選ばれたのだ。
サウスバレーへ向かうキリマン……マイルズ公爵に同行するのは、ヒロインであるマデリンだ。マデリンは、マイルズ公爵夫人として、彼と一緒にサウスバレーへ向かうことになった。
あのひったくり殺人犯は、既にマデリンと一線を超えていた。それをマイルズ公爵は覚えていたのだ。責任を取りたい、だから私との婚約は解消したい、となったが、それはもう「そうしてください」だった。
ある意味、マデリンもまた、あのひったくり殺人犯の被害者だったと私は思う。ひったくり殺人犯から、私へ仕掛ける罠への協力を求められ、体まで奪われていた。だがマデリンは、自分が何をしているか、よく分かっていなかった。そこだけは、あのおっとりした性格ゆえの、救いかもしれない。さらにマデリンとしては、あの時のキリマンが悪魔に乗っ取られていたと言われても、いまいちピンときていなかった。何より当時からキリマンが大好きだったうえに、十八歳になっていたので、何が問題なのかと首を傾げていた。
マデリンがこんな感じなので、キリマン……マイルズ公爵としては、かなり気持ちが楽なのではないか。兎にも角にもマイルズ公爵とマデリンには、温暖なサウスバレーで、幸せになって欲しいと思う。
ヒロインも攻略対象者だった王太子も、これで一応のハッピーエンド。
さらに最終的に、前世の因縁の相手であるひったくり殺人犯には、この世界から退場いただくというざまぁができた。自分が聖女に選ばれたのも、このざまぁのためだったのかなと、今になっては思う。鞄をひったくられた上に、車に轢かれておしまいでは、あまりにもひどすぎる。きっと神様が、リベンジさせてくれたのだろう。
こうして多くの出来事に決着がついたが、まだ残っていることがある。
それに、私、悪役令嬢マテラはどうなったかと言うと……。
はじめに一言。この国では聖女の純潔が、必須ではない。真の愛を知ることで、聖なる力はより強まるとされていた。
ということで、時を今に戻すと。
「マテラ聖女様!」
声に振り返り、その姿を見て、驚いてしまう。
彼の姿は、副神官長としての、白のローブ姿を見慣れていた。よって純白の軍服姿には、目を見張ることになった。
今日はこれからミゲルが王太子となるべく、「立太子の儀」というものが、執り行われることになっていた。
今回、立太子の儀に挑むにあたり、ミゲルはあのアイスブルーの長い髪を切っていたが、それだけでも雰囲気がガラリと変わっている。快活さがプラスされたように思えるが、銀色の瞳は、あくまで優しく穏やか。
そしてまとう軍服は、シルバーの飾緒に、サッシュとマントはスカイブルー。戦歴がないため、略章は少ない。でもその数が増えるということは、それだけ戦争に参加していることになるので、そこは少ないままでいいと思う。ここは乙女ゲームの世界なので、きな臭さは限りなく少ないけれど、平和が一番だと思った。
「ミゲル殿下、こんにちは。初めて見る殿下の儀礼用の軍服姿。とてもお似合いです」
「ありがとうございます、マテラ聖女様。着慣れない服なので、似合っているものかと不安になりましたが……。あなたからそう言っていただけると、安心できます」
ミゲルの頬が、ぽうっと薄いピンク色に染まる。凛々しい姿をしているのに、その表情にはキュンしてしまう。
「! ……わたしの服装よりも、マテラ聖女様。あなたのそのドレスも、とても美しいです。ドレスも美しいのですが……。あなた自身が例えようのないぐらい、輝いて見えます。今日の儀式のパートナーとなり、エスコートさせていただけること、とても光栄です」
なんて最上級の褒め言葉! ドレスよりも、私が輝いて見えるなんて。素直に嬉しい。ただ、この日に合わせ仕立てたドレスも、実に素晴らしいと思う。
純白の生地には、スカイブルーの蝶が、大きく何羽もプリントされている。青いバラもあしらわれ、とても華やかだ。身頃は、ブルーのグラデーションの、繊細な刺繍がほどこされたレースで飾られている。ウエストのバックリボンは、シルクサテンの大ぶりなもので、後ろ姿もバッチリ。悪役令嬢だったマテラは、スタイルが抜群だ。おかげでこんなゴージャスなドレスも、素敵に着こなすことができていた。
「では参りましょうか、マテラ聖女様」
温かい午後の陽射しのような明るい笑顔のミゲルが、私の手をそっと取る。彼にエスコートされた私は、「立太子の儀」が行われる大広間に向け、ゆっくりと歩き出した。
~ fin. ~
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
よろしければページ下部の
☆☆☆☆☆をポチっと、評価を教えてください!
全4話完結、全6話完結のざまぁ作品もございます。
『ざまぁと断罪回避に成功した悪役令嬢は
婚約破棄でスカッとする
~結局何もしていません~』など。
イラストリンクバナーを多数ページ下部に設置。
ワンクリックORタップで目次ページへ飛びます!