終った……!
「殿下は、そちらにいるマヨ子爵令嬢を大変気に入られ、深い関係になられたようで、私が邪魔になったのですよね? 私を婚約者の座から引き下ろすために、数々の罠を仕掛けられました。それはすべて記録として残しています。私が聖女であると判明してからは、神官庁から派遣された聖騎士の護衛も、密かに私につけられていたのです。彼らは、私に罠を仕掛けようとする殿下とマヨ子爵令嬢の行動も、すべて把握しています」
キリマンの顔から表情が消え、可愛いが頭がお花畑のマデリンは「ねぇ、どうしたの、キリマン、何が問題なの?」と彼の腕に、手を絡ませている。
「このアイテムに呪いをかけたのは、ここにいる黒魔法師であることは、間違いありません。でもその呪いは、殿下の指示でかけたと、この黒魔法師は打ち明けました。彼は嘘をついていません。聖女である私が、聖なる力を持ってして問いかけたのです。嘘はつけませんから」
「くそっ、そんなことが……」と呻き声をあげたキリマンが、その場で崩れ落ちる。マデリンは「え、え、え、え、え?」と言いながら、一緒にしゃがみ込む。
「王族であり、王太子である殿下が、黒魔法師と内通していたなど、大問題。そして黒魔法師は、この国にとっても、聖女にとっても、敵です。ゆえに殿下には、私が聖女であることを、一切明かさなかったのですよ」
「うわああああああ」
キリマンは頭を抱えて叫ぶが、もうお終いだ。すべての事実が公になった。
自分が聖女なのだと分かった時。強力な切り札に、自分自身がなれたと感じた。ゲームをプレイしていた時、悪役令嬢マテラ……マッティーは、神殿には通っていなかった。もしマッティーが神殿に通うことがあったら、ゲームの中の彼女の未来も、変わっていたかもしれない。
ともかく自分が聖女であることが分かった時、部屋からは例の黒い大理石のアイテム……ダーク・アビスが発見された。呪いがかけられていると、すぐに分かった。呪いを解くつもりはなかったけれど、私は既に聖女になっていたので、意図せずして呪いを浄化していた。
そこから思いついたのだ。キリマンとマデリンが仕掛けた罠に、落ちたフリをしようと。あえてダーク・アビスを、私が見つけられなかったフリをしようと。
レディースメイドのローリーは、私の懐刀のような存在。絶対にマテラを裏切らない。でも今回、裏切ったふりをしただけだ。演じただけに過ぎない。
散々キリマンとマデリンに罠をしかけられた。その罠の中には、私が命を落とすことはないが、寝たきりになったり、大怪我を負いかねないような罠もあったのだ。やられたらやり返す。ひと昔前のドラマではないけれど、倍返しにしないと、気が済まない。
こうして私が罠に落ちたと思うよう、わざとローリーにあのアイテムを持たせ、キリマンに届けさせた。
その結果。
キリマンは、まんまと私の用意した罠に、落ちてくれた。聖女である私の首を、剣で落とすとまで言ったのだ。そしてそれは大勢の令息令嬢、さらには国王陛下夫妻も見ていた。
聖女はこの国で、国王と双璧をなす存在。その命を奪うことは、国家反逆罪と見なされる。それだけ聖女の持つ聖なる力が、偉大だからだ。聖なる力はあらゆる病を治し、癒す。国の転覆を目論む、黒魔法師の魔術や呪いを、打ち砕くことができる。
「マテラ聖女様、終わりましたね」
ミゲルがアイスブルーの美しい髪を揺らし、私を見た。
キリマンは、国王陛下の指示で、近衛騎士に囲まれている。マデリンはその隣で「訳が分からない」と号泣していた。
「そうですね。今日はわざわざこの場まで来ていただ」
何が起きたか分からなかった。でも突然、ミゲルに突き飛ばされ、私はホールを転がることになる。
なぜ、ミゲルが!?
そう思ったが。
「きゃああああ」「わああああ」
令嬢と令息の悲鳴が聞こえ――。
そばにいた騎士から奪った剣を手に、キリマンが突進してきていたのだ。
ミゲルは素早い動きでキリマンの突進を避け、横に回り込んでいた。その上で剣を持つキリマンの腕を掴んだと思ったら、肘で彼の顔を強打。
「うわあああ」と叫び、キリマンがのぞける。そこへ近衛騎士が駆け寄り、キリマンを羽交い絞めにした。
私はホールの床に座り込んだまま、呆然としてしまう。
キリマンは、私を本気で害そうとしたの!?
「ふざけるな! なんでこーなるんだよ! せっかく王族に転生したのに! 金も使い放題、女ともやり放題と思ったのに! 聖女なんてクソくらえだ! 俺の人生めちゃくちゃにしやがって! くそ、くそ、くそ! あの女からカバンをひったくっただけなのに! なんでこんな目に遭うんだよ!」
叫ぶキリマンの言葉を、理解できたのは、私だけだ。
キリマンは……私が知る乙女ゲーム『今日から君もプリンセス~恋と魔法の物語~』の、あのキリマンではなかった。