な、まさか……!
一人はアイスブルーの長髪に、銀色の瞳。金糸の刺繍があしらわれた、純白のローブをまとっている。その隣にいるのは、エッカート伯爵家に仕える騎士の一人で、グレーのローブを着た男性を連れていた。
「……なぜ副神官長のお前がここに出てくる!?」
「兄上であり、王太子であるキリマン殿下にご挨拶いたします。ご卒業、おめでとうございます。神殿を統べる神官庁の副神官長として、心からの祝福を」
澄んだ声でそう告げるのは、副神官長であり、この国の第二王子のミゲル・ポール・タウンセンドだ。神学校に進み、私より一歳年下でありながら、既に副神官長という要職についていた。
神殿に三年通っていたのだ。しかも私は王太子の婚約者。第二王子であり、副神官長であるミゲルとは、以前から顔見知り。しかも神殿に通う三年間で、彼は私の良き理解者になっていた。
「祝いの言葉などいい。それよりなぜ神殿の人間がしゃしゃり出てくる!」
「キリマン殿下、その手にお持ちのおぞましい黒魔法のダーク・アビス。呪いが込められているようなアイテムを、王太子である兄上が持つのは危険です。副神官長であるわたしが預かりましょう」
黒魔法に対抗し、国と人々を守るのは、神殿の役目。そのミゲル副神官長からこう言われ、拒む理由はない。よってキリマンはダーク・アビスを、ミゲルに渡した。
ダーク・アビスを左手にのせたミゲルは、神官の使う祈りの言葉を唱える。そして右手をダーク・アビスにかざした。周囲の令息令嬢達も、口をつぐんでその様子を見守る。キリマンとマデリンは、グレーのローブを着た男性を見つめ、少し困惑した顔をしていた。
「キリマン殿下、これは本当にエッカート伯爵令嬢の部屋から見つかったものでしょうか?」
「愚問だ。これはマテラの部屋にあった。僕もチラッとだがマテラの部屋に行った時に見たことがある! でも発見し、僕に届けてくれたのは、彼女のレディースメイドだ!」
「なるほど。……副神官長として主の名の元に誓い、申し上げます。このアイテムには、呪いが込められていません」
神官庁に所属する神官は、長い修練の期間を経て、神聖力を手に入れている。神聖力は、主が与えた力であり、その力で邪悪なる力、呪いの力を感知することができた。
「な……! そんなわけはない。確かにそれは呪いが込められたアイテムだ!」
「殿下」
私の声に、キリマンの体がビクッと震える。
「どうして呪いが込められたダーク・アビスだと、断言できるのでしょうか?」
キリマンは恨めしそうな目で私を一瞥したが。肩の力を抜き、ニヤッと笑う。
「そこにいるグレーのローブを着た男。そいつは黒魔法師だ。街にある占い屋。表向きはただの占い師だ。だが裏の顔がある。それは黒魔法師。この男の店に、マテラが行くのを僕は見たことがある!」
「つまり殿下は、私がこの黒魔法師に頼み、呪いを込めたダーク・アビスを用意させ、所持していたとおっしゃりたいのですか?」
「その通りだ!」
「でも今、このダーク・アビスには呪いがかけられていません。なぜでしょうね。不思議です」
「ハッ、それは僕に問うことか!」
キリマンは最後まで悪あがきを続けたいようね。
私は副神官長を見て、口を開く。
「ミゲル副神官長、教えてください。このダーク・アビスの呪いが解かれることは、あるのですか?」
「ええ、ありますよ。まず、その呪いが成就した時。もしくはアイテムが、つまりはダーク・アビスそのものが、破壊された時。あとは聖女による聖なる力で、呪いが解かれた――浄化された時です」
ミゲルは神々しい程の美しい笑顔で答える。その姿を見てご令嬢の何人かが「ほうっ」とため息をついていた。
「ありがとうございます、ミゲル副神官長。殿下は私が、この国の転覆と殿下を暗殺する呪いをかけたと言われていました。でもこの国も殿下も健在です。そしてアイテムはこの通り、破壊されていません。聖じ」
「聖女なんていない! この国に聖女降臨伝説はあるものの、ここ百年近く、聖女は降臨していない!」
「そうですね。ではこれは一体何でしょうか?」
私は着ていたドレスの胸元を少しだけ、ぐっと手で下げる。そこには聖女を示すローズの華が咲いていた。これこそが聖女の証と言われる“聖痕”だった。
「な、まさか……!」
キリマンが口をあんぐり開け、固まる。
「神殿へ通い始めて、一年が経った頃です。突然、左胸に赤い痣が現れました。虫にでも刺されていたと思ったのですが……。神殿へ通い続け、そして遂にローズの花となり、開花したのです」
私の言葉を補足するようにミゲルが口を開く。
「すでに神官庁でもこの事実を確認しています。神官長から国王陛下への報告も済んでいました。公にしなかったのは、エッカート伯爵令嬢の希望に沿ったからです。エッカート伯爵令嬢は本日、十八歳になり、この国で成人とみなされる年齢に達しました。きちんと大人になってから、ご自身が聖女であることを公表なさりたいと言われていたのです。国王陛下を始め、神官長もわたしも、エッカート伯爵令嬢の申し出に、同意することになりました」
ミゲルの発言を受け、キリマンの目は「なぜ、俺だけが知らされていないのか」という顔になっていた。