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そのでっちあげは、前世でプレイしたゲーム内容には、ない出来事ばかり。もはやゲームの知識だけでは、太刀打ちできなかった。こうなると、屋敷にいる使用人に、徹底的に不審なことがないか見張らせるしかない。私自身も神経を研ぎ澄まし、キリマンとマデリンが仕掛ける罠を、回避するしかなかった。
こうしてキリマン&マデリンと私の攻防戦が始まる。ラブトラップは勿論、よく思いつくわ!というぐらい、いろいろと罠を仕掛けられた。なんとかそれをかいくぐりながら、今日を迎えたわけだ。
今日――というのは、宮殿で行われた卒業後のプロム(卒業祝舞踏会)。
冒頭は、国王陛下夫妻の挨拶だ。ここはこの場に出席する二人を立てるため、キリマンもマデリンも動かない。最初のダンスは、キリマンと私で、そつなくこなす。
だが、プロムの場がまさに温まってきたその時、キリマンが仕掛けてきた。
自身の横にマデリンを控えさせ、「皆に知ってほしいことがある」と声高に告げ、楽団の演奏をストップさせた。さらにホール中央にスペースができると、そこにマデリンと共に向かい、私の名を呼んだ。
「今日は学園の卒業式があり、今は学生時代最後の舞踏会の最中だ。その場でこのようなことを話さなければならないのは……僕としてもとても残念に思う。でも隠し通すことはできない」
そう言うと、口元をニヤリとさせたキリマンは、舞台に上がった主人公のように、右手を持ち上げ、左手を自身の胸に当てた。
「この国で一番の美姫と言われた、僕の婚約者マテラ・エッカート。彼女とは幼い頃に婚約し、共に未来の王太子と王太子妃となるため、研鑽を積んできた。彼女は大変素晴らしい女性だ。この学園に入学してからは、毎日のように神殿で祈りを捧げている。それは、将来、僕との婚儀がうまくいくように。そう祈っていると聞いていたのだが――」
そこでキリマンは、一歩後ろに控えるマデリンに手を差し出す。するとマデリンは持っていたレティキュールから、何かを取り出した。
受け取ったキリマンは、それを右手で高々と持ち上げる。ぐるりと周囲を取り巻く、卒業生の令息や令嬢に見せつけるかのように。
「皆、これは何であるか、分かるだろうか。墓標としても使われる、黒の大理石で作られている。これは黒魔法で使われるアイテム――“ダーク・アビス”だ。これを僕がどこで発見したか。それは……彼女の部屋だ」
ドラマチックにキリマンが私を指さし、令息令嬢達からは、ざわめきが起きる。
黒魔法。
この世界において、誰かを呪うために使われる魔法のことだ。黒魔法を扱う黒魔法師達は、国が指定する犯罪者集団だった。その呪いを込めたアイテムとしてキリマンは今、双角錐の黒い大理石――ダーク・アビスを、令息令嬢達に見せていた。双角錐……ピラミッドを上下二つであわせたような形をしている。
「まさか神殿に通う彼女がその裏で、国の転覆を願い、僕の死を願っているとは……思ってもみなかった。その証拠は、このダーク・アビスに、呪いの文字として刻まれていた」
周囲のざわめきが、より一層大きくなる。王太子の婚約者が黒魔法と関わりがあるなんて。それは由々しき事態だ。
「……マテラの部屋から、このアイテムが発見されたと教えてくれたのは、他でもない。彼女のレディースメイドだ。そのレディースメイドは、行儀見習いで、マテラの屋敷でメイドをしているが、男爵家の令嬢。由緒正しい家柄のお嬢さんだ。嘘はつかない」
「まあ」「では本当に黒魔法を」「神殿に通いながら、なんて恐ろしいことを」――周囲の貴族達は、声を抑えることをやめた。非は、私にあることが明確。ゆえに非難の声は、私に届いても構わないとばかりに、話し出した。
そこで、キリマンが咳払いをする。
ざわざわとした声が止み、ホールに静けさが戻った。
「残念だよ。マテラ。こうなっては仕方ないだろう」
キリマンが、憐れみを込めた目で私を見る。今の言葉の真意は「残念だよ、マテラ。身持ちの固さが、災いしたな」ということだろう。
一呼吸をおいたキリマンは、ここが勝負とばかりに、キリッとした顔で告げる。
「伯爵令嬢マテラ・エッカートに告げる。この国の王太子であるキリマン・ヘンリー・タウンセンドは、君との婚約を破棄する」
シンとしていたホールが一転した。王太子の婚約破棄宣言に、大騒ぎとなる。ドヤ顔のキリマンは、マデリンと見つめ合う。微笑みあった二人は……これで結ばれるわね、私達!と思っているに違いない。
お腹に力を込め、一度深呼吸をしてから。私はホールの喧騒に負けない大声で、尋ねる。
「私との婚約を破棄し、そちらにいるマヨ子爵令嬢と、婚約されるおつもりですか?」
この一言に、令息令嬢はおしゃべりを止め、一斉にキリマンとマデリンを見る。手と手をとりあっていた二人は、慌ててその手を離す。
「何を言い出す! 貴様は婚約破棄に加え、不敬罪に問われたいようだな。我が国において、不敬罪は即座の処刑が許されている。なんならそこにいる近衛騎士から剣を受け取り、この場で貴様の首を落とすこともできるのだぞ」
「なるほど。私はただ疑問を提起しただけですが、殿下は自身への侮蔑と捉えられるのですね。不敬罪。確かにこの国では、王族への不敬は、極めて重大な懸案事項と見なされます。国の根幹に関わることであると」
「分かっているなら話は早い。今日の舞踏会には父上がいらっしゃる。この場で貴様に刑罰を与えていいか、すぐに許可をとってやろうか」
ああ、キリマン。
あなた、終わったわよ。
「殿下。もし、私に剣を向ければ、それは国家反逆罪になりますが、それでもよろしいのですか?」
「?????」
「まず、私が黒魔法を使い、国の転覆を願い、殿下の死を願っているという件ですが。私はそんなことはしていません。それを今、証明します」
そう言って私が目配せすると、三人の人物が、ホール中央に出てきた。