プロローグ
「何を言い出す! 貴様は婚約破棄に加え、不敬罪に問われたいようだな。我が国において、不敬罪は即座の処刑が許されている。なんならそこにいる近衛騎士から剣を受け取り、この場で貴様の首を落とすこともできるのだぞ」
私に対して不敬罪を問うキリマン・ヘンリー・タウンセンド王太子は、金髪で黒い瞳をしている。そして今、私に噛みつかんとする勢いで大声を出しているので、まるで虎のように見える。
その彼の横にいるヒロインのマデリン・マヨは、髪も瞳もピンク色。その上でふわふわとしたピンクのドレスを着ているから……。こちらはなんだかフラミンゴのように思えた。
今、悪役令嬢である私、マテラ・エッカートは、婚約者であるキリマン王太子から、婚約破棄を突き付けられたところだった。つまりはヒロインにとっては攻略対象との仲が一気に深まり、悪役令嬢にとっては最後の山場<断罪の場>だ。
ちなみに私の容姿は……ダークブロンドに、ルビーのような瞳。まるで猛禽類のツミみたいね。でも赤い目をしたツミは、オスなのだけど。
そしてキリマン、マデリン、そして私が卒業した王立タウンセンド学園は、国が主体の学校。ゆえに卒業後のプロム(卒業祝舞踏会)は宮殿で行われていた。この日のために解放された「戦勝の間」には、沢山の卒業生が、令息はテールコート、令嬢は美しいドレスをまとい、この場に集まっている。マテラも、上質なシルクを使ったサファイアブルーの、艶やかなドレスを着ていた。
その華やかな場で、突然始まったキリマンによる婚約破棄の宣告。
周囲にいる令息と令嬢は皆、黙り込み、事の成り行きを見守っている。
通常なら、緊張感が走る場面。でも私には、この状況を覆す、切り札があった。ゆえにこうやって落ち着いて、周囲を見渡している。キリマンとマデリンの姿を、観察することもできていた。
「なるほど。私はただ疑問を提起しただけですが、殿下は自身への侮蔑と捉えられるのですね。不敬罪。確かにこの国では、王族への不敬は、極めて重大な懸案事項と見なされます。国の根幹に関わることであると」
「分かっているなら話は早い。今日の舞踏会には父上がいらっしゃる。この場で貴様に刑罰を与えていいか、すぐに許可をとってやろうか」
戦場など出たこともなく、剣もあまり得意ではないのに。着ていると令嬢達が喜ぶと言うことで、黒の儀礼用の軍服を着たキリマンが、ひな壇に置かれた玉座に座る、国王陛下を見た。
国王陛下は、キリマンそっくりの容姿だが、髭をたくわえ、頭上には王冠。毛皮のついた青いマントをつけている。その国王陛下は、キリマンとは違い、戦場を駆け抜けた過去を持つ。
国王陛下の隣にいる王妃殿下は、第二王子のミゲル・ポール・タウンセンドと同じ、アイスブルーの髪に銀色の瞳。上質さを感じさせる濃紺のシルクのドレスが、実に美しい。
「殿下。もし、私に剣を向ければ、それは国家反逆罪になりますが、それでもよろしいのですか?」
私の問いにキリマンは目が点になり、マデリンは「コッカハンギャクザイ?」とキョトンとした顔をした。