第4話
あれから1時間ほど、海上でさらに魚や貝を収穫した三人は、陸の方へと戻っていく。
セベックの背中に大量に乗せられた海網草の数を見て、ドン引きしつつホジロは心の中で納得していた。
˝あの謎肉が何の魚もしくは海獣か知らねぇが…こいつらが獲っているというのは本当だった˝
海獣であるセベックがどれほど強いかはわからない。だが、アトラの護衛をしている所を見るに、そこらの海獣に負けることはないのだろう。そんな安全圏で、高級魚や貝を獲るのは難しくないのだろう。
だが、【それは魚人であれば】の話だ。
いや、魚人ですら難しい可能性もある。
いくら守られているとはいえ、海網草や崩貝のほか、多くの食材を捕獲するのは至難だ。セベックと言えど、守るにも限度があるはず。だが、アトラは当たり前とばかりに食材を取ってくる。
そもそも、どうやって【水中での活動】を可能にしているのか。
˝いやまて、小僧は水の中で待つことができると思っていた。常識に疎いところがあるのは分かるが、いつも海中で捕獲している小僧がそこに疑問を持つのは矛盾してやがる˝
海の恐怖も素晴らしさも、どちらもホジロより理解しているだろう。
だからこそ、アトラの発言に疑問がわいた。
「おい、小僧。ずっとわからなかったが、どうやって海の中で食材を取ってる?」
「ん~?」
「ギャウギャウ、ギャウン」
「んー……そうだねぇ」
「……さっきから気になってたが、なんでワニ公の言葉を理解できるんだ?」
「ええ?おじさんもさっき話してたじゃん」
˝いや、タバコにキレられただけだだろ…˝と、言葉が通じなくても分かる部分はあるとホジロは思ったが、脱線していることに気づいて思考を戻す。
「でも、僕ずっと海に入ってられるからわからないかも…」
「海の中にずっと…?」
「うん。海のことなら全部……ぜーんぶ分かるよ?ずっとずっと、【声】が聞こえるもん」
「声が聞こえる……だと?」
アトラの性格上、嘘は言わないだろう。短い付き合いではあるが、ホジロはそれくらいわかるつもりだった。
しかし、ホジロには海の声など聴こえない。
ザザーッと浜辺に波が打ち寄せる音や、ポチャポチャと水の弾けるような音程度しか聞いたことなどない。それを声として捉えているのだろうか?
「えっとねぇ……」
アトラは先ほどまでの漁を元に、説明を行った。
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海の中ではねぇ。
たくさんの声が聞こえてくるんだ。
【楽しいね】とか、【負けないぞ】とか、【眠い】とか。色々な声が聞こえてくる。
お祭り?みたいな感じなんだよ?声を聴いてるだけで、僕は元気になってくるし、綺麗な海とサンゴの中で聞くのは本当に楽しいから!
僕もよく話しかけるんだけど……僕の声は聞こえてないのかも…全然返事してくれないから……
でね?
いっぱいある声の中で、僕に話しかけてるように感じる声があるんだ。
この海網草とか、崩貝とかがわかりやすいのかなぁ?
いつも、僕に行ってくるんだ。【僕を使って】とか、【僕はここにいるよ】とか。
僕たちがこれから食べるのに、教えてくれるのはなんだか変な感じだけど…いっつもその声につられて寄っていくと、海網草とかがいるんだー。
だから、僕は感謝をするの。
教えてくれてありがとうって。
君の力を、君の命を、君の想いを貰うねって。
だって、僕のために動いてくれているみたいに感じるから。
スピネルブリーム?も、声のする方に行ったらいたから捕まえたんだぁ。
キラキラって綺麗な見た目で泳いでいるのをそのまま手でガシッって掴むんだよー?
後は海網草に入れてれば、持って帰れるもんね。
僕はずっとそうやって魚を獲ってるんだ。
でもね?たまに【別の声】が聞こえてくることもあるんだよー?
【そっちにいったら駄目】【そこは危険だよ】って、僕を心配するような声が聞こえてくることもあるんだ。
そういう時はとても【大きい子】が僕の方に近づいてくるんだ。
いっつもセベックが助けてくれるね。
うん、だから僕は…たくさんの助けを貰って生きてると思うんだ。何もわからないけど……海でこうやって動けてるのはそういう言事だと思う。
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「そんな感じだねぇ~……」
「………………」
本人にも理解できない現象。
まるで海がアトラを受け入れているかのような。
【愛している】かのような状態。
海中で呼吸が出来る、話すことができる。
魚や海草、貝などの海の生物と対話をできる。
ホジロはおとぎ話でも聞いている気分だった。
アトラの言うことが本当であれば、海中のあらゆる生物との対話が可能で、水中の本来ならいけない場所すらも、危険を察知しつつ行動することが可能だ。戦闘になれば、セベックがいるためリスクなどほぼない。
˝無敵かよ……˝と、内心冷汗が出たホジロ。
こんな子どもがいると知られれば、魚人達が騒ぎ立てることは間違いないだろう。
エルフが森の力を信仰するように、魚人も海の力を大切にしている。海に愛されたアトラは間違いなく、彼らからすれば神も同然の存在だろう。
˝あぁ、胃がいてぇ…˝と、アトラと知り合ったことを少しだけ後悔するホジロだが、それを抜いてもあまりあるほど彼の力を魅力的で……ホジロには【朗報】だった。
「もしかしたら……」
「どうしたのおじさん?さっきから海なんか見つめて?」
「ん?なんでもねぇよ……そのうち話してやる」
「ホント?なら、楽しみに待ってる!!」
「ギャウギャウ♪」
ホジロの笑顔につられてアトラとセベックも笑う。
そして、この後はホジロの番である。
約束は約束。
アトラが獲ってきた謎肉の正体はあまりわからなかったが、少なくとももう一度獲ってくること自体は可能だろうとホジロは分かった。
今回はホジロ自身がセベックに護衛されていたため、アトラについていけなかったため仕方ない。
であれば、最低限食材の獲れるという事を見せてきたアトラには、自分なりの返しをするのが礼儀であると、ホジロは思うのだ。
「さぁ、小僧。約束通り、お前に美味いもの作ってやる。この食材たちを使わせてもらうがな」
「やった!!楽しみで楽しみで、昨日寝れなかったんだぁ!!」
「ギャウ……」
「おまえの分の作ってやるよ、ワニ公」
「ギャウワ!!」
ぐうぅ~~~ッ!!と、美味しい物の話をしたためか、アトラのお腹から大きな返事が返ってきた。
その姿にホジロは懐かしそうに目を細める。
過去に料理を振舞っていた時、客がいつもしていた顔だと。
「うし、さっさと戻るぞ。ただし、さっきみたいな速さじゃ……」
「セベック全力で戻るよ!!ご飯が待ってる!!!」
「ギャウワア!!!!!」
「って、またかよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
目に飯しか映っていないアトラとセベックに、ホジロの提案は空しくも却下され、そのまままた同じように水上レースさながらに海上を高速で通り抜けていった。
ちなみに、ホジロはキラキラした滝を口で作り出す寸前まで弱り切っていた。
「次はもう二度と、ワニ公の背中に乗らねぇぞ……」
陸についた時の、ホジロの一言は決意に満ちていた。