第2話
「…………」
「おじさん?大丈夫ー?」
衝撃的な出会いから時は過ぎ、翌日の昼。
アトラに持ち掛けた提案のため、ホジロは自身の身支度のために一度街へと戻った。
浜辺で潮風に当たりながらホジロを待っていたアトラの目の前には、何故かやせ細っているように見えるホジロの姿があった。何か大事なものを失ったかのような、そんな顔に見える。
しかし、何があったかなどホジロからすれば言いたくもない。あれはまさしく地獄だった。
そんなことは露知らず、アトラはホジロを見下ろしていた。
「……女装は嫌だ…」
「?????」
彼以外にも被害者は一人いたが、説明はいらないだろう。
「ふぅ……さて、小僧。じゃあ、見せてもらうぞ」
「はーい」
顔色が幾分か治ったホジロは、黒歴史に蓋をして、アトラに向き直った。
あの謎肉がなんなのか、そしてアトラ自身が狩りをしているのかが、この後分かるのだ。
˝しかし…˝と、ホジロは今のアトラを見た。
昨日の姿をなんら変わっていないボロ布状態。
銛もなければ、網もない。海獣と戦うようの武装もない。海獣どころか、只の鮫にすらやられてしまいそうだ。
「おーい!!!」
「…………?何してんだ、小僧」
「んー?」
ぼーっと眺めているホジロの目の前で、アトラがいきなり叫びだした。
まるでやまびこでもしているかのようだが、一応ここはビーチの近くなので恥ずかしさが出てくる。傷心(自業自得)しているホジロからすればやめてほしい。
「友達を呼んだんだよー。いつもご飯獲るときに来てもらうんだぁ」
「友達だぁ?」
˝魚人の知り合いでも居んのか?˝
˝いや、つうかそもそも、海に誰も居ねぇんだが……?˝
考えても分からねぇ、と思考を放棄したとき…。
ゴポゴポゴポゴポッ!!と、海中から気泡があふれてきた。
˝なんだぁ!?˝と驚くのもつかの間、それは目の前に現れた。
ザバァ!!と、海の中から飛び出たのはワニのような生物。
青黒い体に、背中には鋭い岩のような背びれ。そして何よりも目を引くのは口にある巨大な牙。噛みつかれれば、絶対に逃げられないような、そんな形をしていた。
「友達のセベックです!!」
「いやおかしいやろが!!?」
˝えぇ?˝と困惑するアトラだが、ホジロの方が正しい。
普通に目の前に出てきたワニに対して、友達です!!と、答える少年の絵面は恐怖でしかない。
「てか、海獣やろこいつ!!」
ビシッ!と、セベックに対して指さしながらホジロは吠える。
その瞬間…。
「ギャウッ」
「ごあぁああああああ!!?」
「あ」
「俺の腕がぁああああああああああああ!!?」
指さしにムカついたのかセベックはホジロの腕にかみつき、そのままモグモグと口を動かす。
腕が千切れていない所を見るに甘噛みではあるが、ホジロには冷静な判断などできないだろう。
アトラも止めない辺り、甘えている程度の解釈だ。
セベックもまるで鼻で笑うかのように、ホジロの様子を見て鼻を鳴らす。
「こいつ小馬鹿にしやがって…」←解放された
べとべとになった腕を海で流しながら、セベックとアトラに向き直る。
「んで?…その怪物はなんやめろぉおおおおお!?」
「セベックは悪口に敏感なのです!!」
「俺が悪かったから頭に嚙みつこうとすんな!!!」
「ちなみに好物は貝です」
「この見た目で!?」
「お肉はあんまり好きじゃないらしい」
「この見た目で!!?」
「あと、女の子です」
「この見た目……いや、悪かったからそんな目で見んな」
雰囲気だけだが、女の子に見られない自分に落ち込むセベックをみて流石に謝ったホジロだった。
「はぁ、とりあえずそいつはなんだ」
「僕の友達のセベックです!」
「それは知っとる!!そいつが何者で、これから何するのか聞いてんだよ!?」
「えっとねぇ、これから海に潜ります」
「おう」
「ご飯を獲る」
「おう」
「終わり!」
「ざっくりしすぎやろが!もっと説明しろ!!」
˝話が進まねぇ…!!˝と愚痴るも、10歳の子どもに何キレてんだ?と思い至り、すぐ冷静にアトラの説明を待った。
「セベックはね、俺と一緒に海で遊ぶ友達なんだけど。セベックは不器用だから貝をとるのが下手で、いつも貝の付いてる岩ごと破壊しちゃうんだぁ。だから、僕が代わりに獲ってあげるんだ」
「ギャウゥ……」
「でね、俺はお肉を取るのが下手だから、セベックにはそっちを手伝ってもらってるんだぁ」
˝ワニ自体の説明はなしか˝
どういう経緯で共になったのか、そもそも海獣の名前が何のか。わからないことだらけだが、それこそ10歳児に何言ってんねん。と、思考を捨てた。
「んじゃあ、そいつが昨日の謎肉を獲ってきた本人か」
「そだよー。僕でも食べやすいように切ってくれるんだ」
˝そりゃ、よく切れるだろうな。触るだけで、何でも切り裂けそうだ…(汗)˝
寒気がするほど凶悪な風貌を見て口元が引きづるホジロ。
甘噛みとは言え、腕を噛まれたときには生きた心地がしなかった。ギザギザとした強靭な歯を感じて、腰を抜かしそうになったのは秘密だ。
「ん?だが、貝はお前がとってんだな?」
「うん、そだよー」
「海獣はどうしてんだ?ここらはビーチの近く、食える魚も付近には居ねぇ。取るにしたって遠くの方まで行かなきゃならねぇだろ」
アトラとセベック。
2人が友人、協力関係なのは分かった。
しかし、そもそも沖にまで行けば否が応でも海獣に出くわす。奴らは狂暴かつ強靭。セベックはともかく、アトラでは太刀打ちできないはず。
「ワニに守ってもらってんのか?」
「?ううん、遠くまでは行くけど、セベックがお肉を獲ってる間に僕は貝を獲ってるから、あんまり一緒にいないよ?」
「「?????」」
「ギャウ?」
3人(2人と1匹)は首を傾げた。
「じゃあ、お前が倒してんのか?」
「んん?僕、戦ってないよ?」
「「ん?????」」
「くわぁ……ギャウ」
駄目だ、理解できない。
そもそも、沖に出てるなら体力的にも辛いはず。セベックの背中で休憩しつつ、狩りをするならわかる。しかし、お互いに狩りをしているのは別の場所。
しかも、海獣は必ずいる。
10歳の子どもとはいえ、人間などエサでしかないはずだ。
なのに、アトラは【戦っていない】と答えた。セベックに【守ってもらっても居ない】という事でもある。
「どうなってやがる…?」
「ねぇねぇ、おじさん。なんでもいいから早く行こ?お腹すいてきちゃった」
「ギャウギャウ!!」
「ん?ああ…………」
時刻は昼過ぎ、昼食お預け状態のアトラからすればさっさと狩りに行きたい。
そして、ホジロの言う飯を食べたくて仕方ない。
ホジロも納得はいかないが、考えても仕方ないと思考を中断。答えはこの後見れるだろうと、アトラに向き直る。
「……そういや、どうやって沖まで行くんだ?船は見当たらねぇが……」
˝どこかしら嫌な予感がする……˝と、ホジロは身震いをする。
辺りを見渡しても、船やそれに近い乗り物も見当たらない。
アトラは笑顔でこう言った。
「じゃあ、セベックに乗っていきます!!!」
「ギャウ!」
巨大な体を動かし、器用に尻尾でアトラとホジロを捕まえるセベック。
背中に乗せられたホジロは、顔を青くした。
安全装置など一切ない状態で、海獣の背中に乗って移動?
しかも、ワニってそもそも泳ぐの早くね?
「いっけぇえええええええ!!」
「ギャウワァアアアアアアア!!!」
「やめろぉおおおおお!!!?」
そんなホジロの思いなど知るかとばかりに始まった移動は、海上レースさながらの速度で海を突っ切っていった。
振り落とされないことに必死になるホジロと、ご飯に胸を躍らせるアトラを乗せ、セベックは速度を上げていった。