2 マリーゴールド様は「な……な、なんですって……っ!」と金切り声を上げましたが、わたしの言葉に反論することはできません。
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マリーゴールド様は「な……な、なんですって……っ!」と金切り声を上げましたが、わたしの言葉に反論することはできません。
ですので、わたしは取り巻きのご令嬢たちをぐるりと見渡します。
「先ほど、どなたでしたか『ルカニア様のお隣に並び立つのはマリーゴールド様のような美貌を持つご令嬢でなければ』と言ってましたわね。ええとー、そっちの貴女でしたか?」
マリーゴールド様の隣に立っていた赤毛のご令嬢を指させば、そのご令嬢は「ひっ!」と叫んで後ずさりました。
「ルカニア様とマリーゴールド様を二人並べて、実際に見た上で、その台詞、もう一度言えます?マリーゴールド様はルカニア様と同じくらい美しいって」
「え……、い、いや、その……。あの、その……」
俯いて、どもる赤毛さん。
「言えるのなら、貴女の目は腐ってますよ。ルカニア様に比肩する美しさなんて、この世界中どこを探してもいないですもの。マリーゴールド様がご令嬢の中では多少美しかろうが何だろうが、ルカニア様の隣に行ってみなさいよ。だーれもマリーゴールド様なんて見もしませんよ。大輪の薔薇が咲き誇っているというのに、地面の雑草を誰が見ます?それと同じです。わたしも貴女も、この教室にいるご令嬢の誰でもですね、ルカニア様という薔薇の花に比べれば、雑草でしかないのです。まあ、踏まれて潰れた雑草もあれば、可憐な小さな花を咲かせる雑草もありますけれど。その程度の差なんですよ。わたしと皆様の差なんて」
反論できるものならしてみなさいよ、という心持ちで、わたしは「ふんっ!」とご令嬢方々を見回します。
皆様一様に、わなわなと震えていらっしゃいますけれど、誰も何も言えません。あ、違いますね、唯一、マリーゴールド様が鬼のような形相になって、わたしにつかつかと近寄ってきました。右手を大きく振り上げて、今まさに、わたしを殴ろうとしていますっ!
と、同時に、教室の扉が開かれました。
「アリシア」
色気を含んだ艶やか且つ低い声でわたしを呼ぶのは……ルカニア様!今日も美しいわー。眼福ですね!
「あら、ルカニア様ごきげんよう。今日は学園にお越しでしたの?」
不機嫌さも一気に吹き飛ぶほど麗しいルカニア様。
「ああ……、課題提出にな。ついでにアリシアの顔でも見てから帰ろうか、と……」
一学年上のルカニア様は、学園に通うことを免除されています。
というのも、ルカニア様が入学した当時、あまりに美しすぎるルカニア様に、教師も、クラスメイトの皆様も陶然となってしまって、入学式も授業も成立しなかったのだそうです。さすがの美貌ですわねえ。
まあ、授業に通わずとも優秀なルカニア様ですから、課題を提出し、定期試験を受けるだけで良いと、学園長が判断なさったのです。
「……帰ろうかと思ったのだが、それは何だアリシア?」
艶やかなお声が重低音となり、不機嫌さをプラスして、凄みさえ感じてしまいます。
美形がすごむと、美しすぎて怖いわね。
「えっと、わたしの机の惨状のことですか?それともわたしを殴ろうと手を振り上げたマリーゴールド様のことですか?」
「両方だ」
マリーゴールド様は、ルカニア様の鋭い視線に縛られたようになって、振り上げた手も下ろせないまま、硬直されています。
取り巻きのご令嬢の皆様も、突然のルカニア様のご登場に、顔を赤らめたり青ざめたりと忙しいですね。
ああ、先ほどの赤毛のご令嬢は、腰を抜かしてしまったようで、床にへたりこんでおりますね。
「どういうことだマリーゴールド・エラ・ローレンス侯爵令嬢。何故私の婚約者を殴ろうとしている。アリシアの机の惨状もお前がやらせたのか?答えろ」
マリーゴールド様は、ルカニア様の視線に耐え切れず、数歩後ずさりました。助けを求めようと、取り巻きのご令嬢たちに視線を向けますが、そのご令嬢方はさっとマリーゴールド様から顔をそむけました。
「答えろ……と、私は言った。聞こえなかったのか?」
再度問われて、マリーゴールド様は、神に祈るように両手を固く握りしめながら、それでも、何とか声を絞り出されます。
「そ、その女が悪いのですわっ!美しくもない女が貴方様の婚約者だなんて……誰も認めませんわっ!せ、せめてわたくしくらい美しければ、わたくしだって文句は言いませんっ!」
目尻に涙を浮かべて、必死になってルカニア様に請願したマリーゴールド様。
うわーすごいな、さすが侯爵令嬢、胆力が違う。今のご発言はきっとわたしがさっき、ルカニア様の前で自分が美しいと言えるものなら言ってみなさい的な挑発をしたから、つい言葉にしたのだろうけれど。それでもマリーゴールド様、ルカニア様の前で自分は美しいって言いきったわっ!
感心して、思わずぱちぱちと拍手をしたわたし。
そのわたしと正反対に、ルカニア様の瞳は冷めていかれます。
「私の婚約者は私が選ぶ。お前ごときに指図されるいわれはない」
「何故そんな平凡な女を選ぶのですっ!ルカニア様に相応しい女性が隣に立つべきなのにっ!!」
「……それがお前だと言いたいのか?お前は私の隣に立つに相応しいほど美しいとでも言いたいのか?」
ルカニア様の声が重低音。うっわ、怖っ!
マリーゴールド様はガタガタと震えておられます。さすがのマリーゴールド様も「自分は美しい」とは言えても「自分はルカニア様に匹敵するくらいに美しい」とは言えないようです。
うーん、流石にちょっとかわいそうかなー。ちょっとはフォローしてあげた方が良いかなー?でも、わたしの机をあんなふうに汚させた張本人を、庇ってあげることもないかなーなどと、わたしはちょっと迷ってしまいました。
「遠くの国に『どんぐりの背比べ』という言葉があるそうだ。どれもこれも似たり寄ったりで、殆ど変わらず、抜きん出た者がいないという意味らしいぞ。お前も、ここに居る令嬢どもの誰もが私からすれば、等しくその『どんぐり』だ。大同小異、似たり寄ったり。つまり、私の美しさと比較すれば、この場にいるお前ら全員が『平凡』な顔でしかない」
はい、先ほどわたしが言った内容とほぼ同じ、ルカニア様に比べれば、美貌を誇るご令嬢もブスも点目メガネなわたしも、みーんな一緒程度のレベルですってことなんですけれど。
……不機嫌な美形の口から発せられると、まあ、言葉の切れ味はナイフのよう。
マリーゴールド様も皆様も、心臓をグッサグサに切り裂かれて血を流したような顔つきです。泣いているご令嬢もいらっしゃいますねぇ……。
「まあ、これ以上アリシアが不快な思いをするのは私も我慢がならんから教えてやる。何故私がアリシアを選んだのか」
あ、それ。わたしも知りたいです。婚約を結んで長いですけれど、そういう理由とか聞いたこと無かったですものね。親同士が決めた婚約であることは確かなのですけれど……。
「アリシアの父と私の父が親友でな。私が十歳の頃、初めてイーディゼス伯爵家に赴いて、アリシアに会った。つまりは見合いだが、その前日に私は腹を壊して下痢をしていた」
下痢、という単語を聞いて、周囲は一気にフリーズした。
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