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1 わたし、アリシア・エラ・イーディゼスの婚約者であるルカニア・ノア・ローズブレイド様は絶世の美男です。



わたし、アリシア・エラ・イーディゼスの婚約者であるルカニア・ノア・ローズブレイド様は絶世の美男です。


どのくらい美しいのかと言えば……。

そうね、たとえば天才彫刻家が丹念に刻んだ男神像。

神々が計算しつくして造作した奇跡の顔の持ち主。

傾国の美女を千人集めて、その千人をたった一人に集約した美貌……等々。

そんなふうにルカニア様を表現する人もいるけれど、その程度ではルカニア様の美しさを表すには全然足りない。


白銀にきらめく真っすぐに伸びた髪に、バイオレットの瞳。

アルビノかと思うほどに真っ白な肌。

高めの鼻梁に、ゆったりと微笑む唇。

宗教画の天使様かって思うほどの神々しさ。


だけど、弱々しさなんて欠片もない。鎖骨はくっきりと浮き出ているし、腹筋は六つに割れていらっしゃる……と言ってもムキムキのマッチョではない。

えっとなんて表現したかしら?そうそう、前世の日本での言葉では、えーと、たしか細マッチョ。

うーん、ちょっと違うかな?

しなやかな筋肉の……戦う天使様?そこに、男の色気を少々追加した感じ……って、どんな感じよ。

ああ、自分の語彙力の無さを痛感するわーっていうか、百万語を費やしても、きっとルカニア様の美貌を語りつくせない。



それくらいの、天上天下唯我独尊的な美貌を持つルカニア様なのである。



……まあ、前置きが長くなりましたが。


とにかく、そんな一度見ただけで脳髄まで揺さぶられそうなほどの美形、ルカニア様がこのわたしの婚約者なのです。


わたしと言えばですねぇ……、外見特徴としては栗色のくせ毛に、薄桃の瞳。薄桃色……と言っても、わたし、ちょっと特殊な魔道が付与されているメガネをかけていますので、瞳の色なんて、わからないでしょうね。多分『点』にしか見えてませんよ、わたしの目なんて。『点目令嬢』だのと罵られ……呼ばれておりますしね。


それとあと、異世界転生者でもありますわたし。今世が転生四回目なのですよ。

でも、コレ、誰にも言っていないからなあ……。まあ、転生云々は外見に関係ないから、どうでもいいですかね?


で、ですね。そんな『絶世の美男』と『目が点にしか見えない令嬢』が婚約なんてものを結んでいるとですね。……やっかまれたり、いじめられたりするんですよ。


まあ、貴族のご令嬢の皆様の嫌がらせ程度など、ダメージはたいしてないので、ずっと放置してきたのですが。


わたし、前世の前世ではヤマトって国の平安時代……えっと、「満月みたいに、欠けることなくこの世は俺のモノだっ!」って豪語したおっさん……えっと太政大臣サマがドヤ顔していた時代なんだけど、そこで女御だとか更衣だとかに仕える宮女をしていたんですね。その当時の嫌がらせなんて、血の気が引くものばっかりでしたからねぇ。


それに比べれば、今世の貴族のお嬢さんたちなんて可愛いものよ。とりあえず、命の危険なんてないし。


それでも塵も積もれば山となる。地味に面倒……というか、気に障るのですよね。


今、わたしがどんな虐めを受けていると言えば……、まずわたしが教室に入ると、それまで談笑されていたご令嬢の方々が、一斉にしーんと黙る。そうして、みなさん揃ってわたしをじーっと見つめた後で、顔を合わせてクスクス笑う……という程度のもの。


初めてこれをされた時は、わたし、何かおかしな格好でもしているとか、髪がボサボサのままだったのかとか、口元にパンくずでも付いているのかとか思いました。手洗い場に行って鏡を見て、自分の姿を確認してしまいましたよ。べつにおかしいところは全くなかったですけどね。あ、髪の毛は多少はねていましたけれどね!


で、これが連日続いた後に、ああそうか、これが虐めとか、嫌がらせというものなのですね……と、ようやく理解できた程度のもの。ね、可愛いものでしょう?


宮女の時なんて、布団にネズミの死骸とか、羹にムカデとか、入れられていたもの。突き飛ばされて転んだ先に、刀とか突き立てられてあったもの。落とし穴に落とされたら、そのまま放置なんて可愛いことはない。もれなく上から石だの岩だのが降ってくるのよっ!恐ろしいわ平安宮女生活っ!


……なので、ご令嬢方のくすくす笑いも、遠巻きにコソコソ言われる「ルカニア様に似合わない点目のブス」という陰口も、別に無視をしていれば問題は無かったのです。

実害は一切ないしね。

ちょっとウザいなーなんて感じる程度で。


絶世の美男の婚約者が、『点目』なこのわたしですのでね。多少のやっかみも、ある程度は仕方がないかな……と思っていましたので。芸能人の有名税って感じ?ちょっと違う?


だけど今日は違いました。

実害ありです。

わたしの机が水浸しです。


椅子の上には画びょうが置いてあるし。更には汚い花瓶が置かれてあって、そこには枯れた花が活けられている。ビリビリに破かれている紙が何枚も散らばって置かれていて、そこには『ブス』だの『婚約破棄しろ』だのと言う文字が書かれている。


あー……これ、新しいパターンねー……などと呆けても居られない。きっとこれ、わたしが片付けないと、そのままだわよね。


だけど仮にも伯爵家の娘が自分でこれを片付ければ、クラスのご令嬢の皆様は「まあ、嫌だわ!貴族の令嬢のくせに、自分で掃除をするなんて、なんて下賤なの」とわたしを罵るだろう。

かといってこのままにしておけば、授業は受けられないだろうし……。


うーん、地味に困ったわ。明日からもこれが続くようならば、侍女の一人でも連れてくるべきかしら?


でも、連れてきたら連れてきたで「たかが伯爵家の娘が学園に侍女を引き連れてくるなんて。高位貴族の令嬢のつもり?」などと陰口を叩かれるのだろう。


うん、今の学園で、侍女だの護衛だのを連れてきているのは王太子殿下や侯爵家のご令嬢くらいだし。わたし程度の伯爵令嬢で、侍女や護衛付きの者なんていない。


ちらと視線を時計に向ければ、授業が始まるまでは、あともう少しまだ時間がある。ということは、教師もまだ来ない。このまま呆然と突っ立っているよりも、自分で片づけた方がマシかしら?

と言っても、雑巾だのタオルだのは持っていないし……、学園の用務員さんのところにでも行って清掃用具でも借りてくるしかないかしら?


これ、放置したり、泣いたりなんてしたら、ますますこの手の嫌がらせはエスカレートするんだろうなー……と、ため息を吐きつつ、教室から出て行こうとしたところ、「あのお方の婚約者になるなど、身の程知らずよね。だから、このようなことになるのですわよ。さっさと辞退なさったらいいのに」という高笑いが、した。


ウチのクラスでわたしを苛めてくるご令嬢筆頭、マリーゴールド・エラ・ローレンス侯爵令嬢だ。  


「ええ、マリーゴールド様のおっしゃる通りですわ。あの方のお隣に立つのはマリーゴールド様のような美貌を持つご令嬢でなければ」

「本当に厚顔にもほどがありますわ!特にあの分厚い眼鏡!せめてもう少しセンスのあるものをおかけになればよろしいのに!瞳が点にしか見えませんわよ!!」


マリーゴールド様のお取り巻きの令嬢たちが、口々にマリーゴールド様を褒め、そしてわたしを罵る。


……まあ、ね。マリーゴールド様はご令嬢の中ではお綺麗ですよね。金色のくるんくるんの巻き毛なんか、侍女が朝から頑張って巻き上げたんだろうし。化粧品だって最上級のものをお使いなんだろう。元々の素地もいいだろうけど。


だけどね、いくら美人でも、ルカニア様の足元にも及びませんよ?ルカニア様に並び立つ?笑止っ!と言って差し上げようかしら?


などとわたしの心の声が聞こえたのでしょうか?


マリーゴールド様は「ふふん」と高飛車なお顔で、わたしに向かって「言いたいことがあったら言ってごらんなさいな。点目な伯爵令嬢さん」などとおっしゃいます。


あ、言っていいんですね?言っちゃいますよ?そちらが侯爵令嬢、こちらが伯爵令嬢っていう身分差があるからして、わたし、これまで反論一つせずに黙っていたところもあるんですよ。

でも、言えと言われれば、言いますとも!


それにね、わたしはね、実害がないうちは特に応戦致しませんが、喧嘩を売られたら高く買うタチなんですよ。


例えばね……前世の前世の前世、つまりわたしという存在が最初に生まれた古代神話の神々時代、その当時の夫にもぶちキレしたことがありますしね!ああ思い出したくもない最初の夫のクソ野郎めっ!


思い出したら、あの阿呆の分までマリーゴールド様に滾る怒りをぶつけたくなってしまったわ!

これまで黙ってきた分プラス八つ当たりで、わたしは一息に言った。


「では、僭越ながら、申し上げます。美人だろうが平凡だろうが、いっそブスだろうが、ルカニア様の美貌の前で、何か、意味が、ありますか?マリーゴールド様、そりゃあ貴女様は美しいでしょう。ここに居るご令嬢の中でも、マリーゴールド様ほど美しい方はいらっしゃいません。でもですね、マリーゴールド様は、ルカニア様の真正面に立って、ルカニア様のご尊顔を拝しながら『自分は美しい』と言えますか?ご自分がルカニア様の隣に立つに相応しい美人だと、胸を張れますか?張れないでしょう?ルカニア様の人類を超越した美貌の前では、わたしの平凡な顔も、マリーゴールド様の美しい顔も、何の差異もない、ひとまとめにして『ルカニア様よりも劣った顔』でしかないんです。カッコで括れば同類項なんですよ。異論、あります?それともマリーゴールド様はご自分のお顔がルカニア様に並び立つほどに美しいと思っているんですか?」






お読みいただきましてありがとうございました!

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