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夢幻の都   作者: しおあんこ
1/1

~銀狐と出会いのご飯~

「おかえり」


 白銀の長髪を一つにまとめた見目麗しい彼はそう言って手を振る。


 私がずっと求めていたものを彼は与えてくれた。


 だからこそ、私は笑顔で言うの


「ただいま」


-----------------------------------


私は楓という。


とても凡人だと思う。


高校は運よくそこそこの進学校に行ったが、うまくいかなかった。

勉強もコミュニケーションも。

もともと、コミュニケーション自体得意ではなかったが、

悟られないよう必死に過ごした高校時代だった。


友達はいたし、部活もしていた。

がんばった甲斐もあって私はきっと普通のどこにでもいる

そこそこまじめな子だったのだと思う。


やりたいことが見つからないまま、大学受験に失敗し社会人として働き始めた私は

失敗続きだった。


20歳まではアルバイトなどで仕事を転々としていたが

あるとき仕事を見つけて働きだした。


営業の仕事だった。

もともと、口から出まかせで話せる子だと自負していた私は向いていると思っていた。


でも、それは違った。

私は自分の欠陥を見落としていた。

言葉が出ない。

それは、営業として致命的だった。


それでも、必死だった、お金を稼いで稼いで…

自分は何がしたいのだろう。


何が欲しくて働いているのだろう。


だんだん悲しくなって、全部に疲れ切って。

毎晩、自分という存在意義を確かめるのだ。


誰も、答えはくれないけれど。


-----------------------------------


今日は散々だった。


自分の仕事で手一杯なのに人手不足な我が部署…


欠員が出ると日付が変わる前まで帰られない。


上手な人たちはさっさと帰っていくが、

私はそうはいかない。


この部署内最年少の下っ端さんは雑務が多い。

さらに欠員した社員の仕事のフォロー…

自分の仕事なんて手も付けられない。


自分が不器用で効率が悪いことも知っている。


必死に頑張っても頑張っても怒られる。

動機と私より後に入った社員は数人いるが、みんなはなんでやっていないのに

私だけ…?


変だと思っても口にできない下っ端さんは黙って、

みんなの仕事とほかの人にはない雑務、そして打ち合わせをこなす。


あぁ、そろそろ自分の仕事に手を付けないと怒られてしまう…


ほかの社員より2時間早く出社し誰よりも遅く退社する。

半分は自分の責任だが、もう半分は本当に自分の責任なのだろうか…


そんな気持ちが芽生えたのは6連勤が三回続いた最後の日のことだった。


先輩から期限切れのプロジェクトを渡され謝るところからスタートし、

自分の知らぬところのミスが自分の責任になっていたり、

今まで頑張ってきたプロジェクトから外され代わりに後から入ってきて何もしないような人が任され。


いい加減限界だった。


私は仕事の中で笑顔を大切にしていた。

誰も不快にさせないように…つらくても、悲しくても、

笑顔を張り付けてきた。


”笑ふ門には福来る”

この言葉を信じて…


今日の私はよくわからない悔しさで涙が止まらなかった。

帰りは車通勤なので一人で帰る。


ちょっと古い車は寒さに弱いらしくも大きなモーター音が響く。


私は、仕事以外では本当に感情が薄い。

でも、この日は涙が止まらなかった。


誰かに、頼るつもりなんてなかった。

この姿の自分は誰も知らないから。


この気持ちはうまく飲みこんで消化されるのを待つことを決めたのだ。

私はそうやって今までも、これからも過ごしていくのだと決めた。


-----------------------------------

車で20分ほどで自宅に到着する。


時刻は23:58ギリギリ今日の間に帰ってこれた…


車を停車させたころには、涙は枯れて私はぼーっとしながら

オートロックマンションの鍵を開ける。

階段を上り自分の住んでいる4階の部屋を開ける。


「…あ…れ?」


自分の家の扉を開けたつもりだった。


でもそこはなんだかいつもと少し違った。


否、見た目は私の家の玄関だ。

いつも白檀の芳香剤を置いているのだがその中の香りの何か違う。


いつもよりも濃いような、まるで本物を焚いているようなそんな香り。


疲れて感覚が敏感になっているのかも知れないと思い

リビングに足を運ぶ。


一人暮らしには少し大きい部屋。

本が好きで本の為に少し大きめの部屋を借りた私の部屋。


変わりないいつもの部屋にほっと安心した私は仕事のカバンを置いて

カーテンを閉めようと窓に近寄る。


「えっ…なにこれ…」


そこにはいつもの住宅街ではない何か知らない光景が広がっている。


そこは閑静な住宅街でもネオンが光る街でもない。

漫画やゲームの世界でしか見たことのないような

ツリーハウスや木造の空飛ぶ大きな宮殿、町のようだがそこは街灯も電気ではなく

提灯がつるされオレンジの光がらんらんと輝いている。


それにここからみえる町は一見人がたくさんいるように見えるが、

中には人の形をしていない者もいる。


私は慌ててカーテンを閉め鍵とケータイを手に玄関から再び外に出る。

このマンションには廊下に窓があるのでそこから外を眺める。


すると、そこにはいつもの住宅街が並んでいる。


もう、わけがわからなくなった私は再び家に帰り

恐る恐るカーテンの隙間から窓を覗く。


どうやらこの部屋からだけが変わった景色になっているようだ。

私はそっと少しだ窓を開けてみようと決する。


すると強い突風が室内に入ってくる。


「わぁ!」


思わず声を上げると、突然行き交う人々がこちらを向く。


そしてもともと喧騒響く町だったがさらに騒がしくこちらを向いて何かを言っている。


まずい!ばれた!


なんでいつもうまくいかないのよと自分に悪態をつきつつ慌てて窓を閉めようとするが

それは叶わなかった。


「待て、なぜ扉を閉める?」


低い落ち着いた男の人の声が私の部屋に突然響く

強い力で窓を閉めることを遮られる。


「…っ!」


また、こんな時にうまく言葉が出ない。


私はその力にあらがって必死に窓を閉めようとする。

それはもう窓が壊れんばかりの力で。


「ふむ…答えぬのならば仕方ない」


言葉が出ないんだってば!

何なのよこいつ!


基本怒らないようにと過ごす私には珍しく

切羽詰まっているのかイライラする。


「失礼するぞ」


「は?」


その男は突然窓をこじ開ける力を緩め部屋にはいってくる。

私は勢い余って「バアンッ」と大きな音を立てて扉を閉める。


近所迷惑になるっなんてとっさに考えられるほどには若干

冷静になる私。


外の喧騒から隔絶され部屋には静寂が訪れる。


「……おい」


沈黙を破ったのは侵入してきた男の方だった。

私はびくりと肩を震わせながら声のする方に視線を向ける。


そこには、彼は薄青い着物の隙間から見える白い腕を組み、

白銀の長い髪を下した美青年がたっていた。


その青年は若干不機嫌そうにこちらを見ている。


「は…は…はい」


やっとの思いで返事をすると、


「名は?」


「…か…かかかえで」


「そうか」


男はそういうと興味なさそうに髪をくるくるし始める。

もう少し華奢な体だったら間違いなく超絶美少女だっただろう、

だが彼の体格はがっしりしており、身長もぱっと見180㎝越えの大柄な人だった。


私はすっかり萎縮してしまい

ただただ自分の部屋で立ちすくむ。


「なにか、飯をよこせ」


そう言い突然私の目の前に座る。


「…え?」


男は鋭い眼光でこちらをにらみ


「飯だと言っている」


そういうので私は慌ててキッチンへ駆けこむ。


ガスコンロには昨日作った煮物とみそ汁。


どれだけ忙しくても外食はせず自炊にこだわる私は比較的料理をする方だ。


ただ、来客(押しかけられただけ)の見知らぬ男に残り物を渡すのはいかがなものかと

悩んでいると


「なんでもいいからさっさとしろ」


そう言われ私は慌てて煮物とみそ汁に火を入れる。


こうなってはもうどうにでもなれと思った私は先日割引で安く手に入れた

鮭を焼き、同時に冷凍のご飯を解凍。


後は常備している大根のお漬物にゆずを乗せ、

昨日の残り物ほうれん草を軽く水で冷やし鰹節と生姜、だし醤油の順番に盛り付け

小鉢に盛る。


ご飯が温まったのと同時に煮物、みそ汁も完成。

すべて盛り付けたころに鮭もジュージューといい音が鳴る。


お盆にご飯をのっけて、男のところへご飯を持っていく…

そこで飲み物とお箸がないことに気づく。


慌てて来客用橋とコップを取り出し、

普段はあまり飲み物を常備しない私は

カップに氷を入れペットボトルの麦茶を注ぐ。


そして、やっとの思いで料理を出すと男は黙って手を合わせ

自然な手つきで鮭から食べる。


もくもくと静かな空間が続く。

私は口に合わなかったら何をされるのかとはらはらひやひやしながらその男を見つめる。


すると


「お前はたべないのか」


こちらを見てはいない。


男はみそ汁椀を持ちながら言う。


「…いらない」


不思議と言葉がすっと出た気がする。


「そうか…」


そう言って男はご飯を黙々と食べ進める。


もとより、私は晩御飯を食べるつもりもなかった。

食べることは嫌いではない、いやな気持がご飯と一緒に流れていくから。


でも、そんな気分ではない。

最近そんな日が続いている。


多少食べなくても大丈夫。


食べたところで意味を感じない。

死なない程度に食べる。


1日1食…あるいは0食…

どちらにせよ問題はない。


しいて言うのならば、この男に明日の食事を奪われたくらいだろうか。


まぁどうだっていいが。


しばらくして、男は完食し再び手を合わせる。


正直、そのころには恐怖心などなく、

美しい所作でご飯を食べる男をじっとただ待っていた。


我ながら肝が据わっていると感心すると。


「…まずくはないは空っぽだったな。お前は。」


そう言い男は立ち上がる。

そしてずんずんと近寄ってくる。


思わず後ずさりするが後ろは壁

どう逃げようか悩んでいると。


突然右手をつかまれる。

思ったよりも温かみのある手に驚きつつも


「…っなにす…の?」


「私は銀狐(ぎんこ)だ。まぁ、皆は(シロガネ)と呼ぶが好きに呼べばいい

…それと、これは今日の褒美だ」


そう言って握っていた右手に何かを握らせる。


「それはお前の大切な箱のカギだ。また、明日教えてやる。

あと、今日はもう寝た方がよいぞ」


そういって銀狐は窓を開けて勝手に出て行く。


「あっ…ちょ…」


なにかを言おうとするものの男は去って行ってしまった。


慌てて追いかけようと窓を覗くもそこはいつもの閑静な住宅街になっていた。


「なにこれ…夢?」


そうつぶやくも右手に残るぬくもりが現実だというように感じる。


最後に渡され者は何かとそっと右手を開くと

そこには


「赤い鍵?」


塗装というよりかは赤い鉄のようなものでできたカギはの持ち手の真ん中には

赤い宝石がついていた。

家の鍵というよりかは宝箱とかに使いそうな形の鍵。


その宝石は月明かりに照らされキラキラと光る。

私は不安でいっぱいになりつつもとりあえず鍵はキーケースにしまっておく。


なくして怒られたりするなんて勘弁してほしいからね!



時刻は00:20を指し示す。


先ほどの出来事は思ったよりも短かったよう。

ただ、莫大な疲労感を与えたらしく私はさっさと風呂に入り就寝することにした。



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