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2023年4月22日 誤字訂正
「第一竜騎兵連隊に。終戦時には本営付きとなっていましたが」
「第一竜騎……って、精鋭揃いと呼ばれたあの?」
「はい。竜火砲が扱える、それも士官となれば、万年人手不足の戦場ではそれなりに重宝されました」
誇るでもなく、あっさりとゼノスは言う。
「あなた魔術師だったの!?」
『竜火砲』とは魔力を持った人間にしか扱えぬ、魔動弾を放出する武器だ。長い銃身から弾を発する様子が、火を吐く竜の姿に似ているので、その名が付けられている。高い魔力保持者でなければ竜火砲は扱えないので、その射手は非情に貴重だ。
「あいにく術式の構築は苦手でして、魔術師を名乗れる器ではありません」
魔力保持量と、魔術を現象として具現化する才能はまた別の物だ。魔力はあっても、術式を構築できないと言うことは、体力や膂力に恵まれていても、運動神経がないようなもの。
魔導具がない前時代なら宝の持ち腐れだったかもしれないが、現代なら、特に軍人としては高い魔力量だけで貴重な逸材だ。
「それでも十二分にすごいわ。……そうだったの。あなたも先の戦争に行ってたのね」
先の戦争――ヴィレシア王国は隣国ディル王国と八年前まで交戦状態にあった。
『高貴なる者の義務』として、多くの貴族子弟も戦争に参加していた。
とはいえ、普通貴族子弟は士官学校を経て、前線から遠い場所の指揮官やその補佐として配される。ゼノスのように人手不足の歴戦部隊に送られるのは稀だ。
彼が他の貴族よりも、過酷な光景を目にしただろうことは、戦場を知らないベルミカでも想像がつく。
ベルミカはすっと姿勢を正し、ゼノスに向き合う。
「……国のため、民のために命を賭して戦ってくれたことを、心から感謝いたします」
ゼノスがはっとように大きく目を見開いた。
その金色の瞳が揺れたような気がした。まるで泣き出す前のような前兆にベルミカは驚いたが、すぐにいつもの感情のない相貌へと戻る。……見間違えだったのだろうか、と気を取り直す。
「貴族に生まれた者として当然の義務です」
ゼノスはグラスに赤ワインを注ぐ。
「どうぞ、陛下」
「ありがとう。いただきます」
ベルミカはグラスに口を付けた。思ったより飲み口は軽く、華やかな香りが広がった。
ゼノスは二十年物と言っていた。
「私が生まれた年に収穫されたブドウが、時を超えて今ここにあると思うと不思議な気分ね」
「……はい。形を変えようと、確かにここにあります」
それは何か別の意味がありそうな、特別な響きに聞こえたが、ゼノスはそれ以上何も言わなかった。
芳香を堪能し続けていると、ささくれ立っていた気分が少し和らいでくる。
意外な身の上話を聞いたこともあり、今ならゼノスとも冷静に話せそうな気がした。
「あなたは義務の話をしたけれど、与えられたものならば、それが何であろうと果たせるの?」
「貴族とはそういうものです。特権階級とそれに伴う富を得る代わりに、いざとなれば国と民と君主のために命を投げ打つ。結局どのような生まれであろうと、何かを得るためには別の何かを差し出さなければなりません」
「……もちろん、それは私もよね」
「はい」
言葉は短かったが、それが何を指すのかはゼノスも理解しているはずだ。
ベルミカには一日も早く世継ぎが必要だ。むろんそれには、伴侶がいなければ始まらない。
十六歳まで修道女になるつもりだったベルミカは、恋も結婚も自分には無縁のものだと思っていた。それがある日、世界がひっくり返ったように、真逆のことを要求されたのだ。
異性とは無縁の修道院育ちのベルミカにとって、人を値踏みする若い男の視線は苦痛でしかなかった。そしてベルミカのことをもっと知れば、彼らの眼差しは嫌悪と蔑みへ変わるだろう。そこも一歩踏み出せなかった理由だ。
自分の義務は理解していたが、その日が来るのは極力後にしたいと逃げ回った結果、ついに宰相であるゼノスが苦言を呈してきた。
もうこの際、最低限の条件さえ満たしてれば誰でもいい。正式な婚姻は後回しでもいいから、さっさと子を成せと。
そのあまりに無遠慮な物言いに「私は家畜じゃない」と反発すると、ゼノスは道理の分からぬ子供を見るような目で言った。
「いいえ、あなたは国家にその身を捧げられた贄の羊も同然。相応の相手と番うのも、子を成すのも、血肉を祖国に差し出すのも当然の義務です」と。
その話を今朝も蒸し返されて、口論となった結果が、今のこのよくわからぬ状況だった。