表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/33

17



 ※流血シーンや残酷な表現があります。







 ベルミカは静かな口調でミラリスに告げた。


「あなたに同情したわけではないわ。私が女王としてすべきことだと思ったから、意見したまでよ」


 ベルミカは自分が世間に理想とされるような、慈悲深く清廉な人間でないことを自覚していた。こうしてミラリスを前にしても、まるで憐みを覚えない。呆けた表情を見ていると、かつての自分を突き付けられているようで、苛立ちと嫌悪感が込み上げてくる。


 本当はラザロのことを責める資格などないとわかっていた。自分もまた己の過ちを棚に上げ、恨みに囚われる卑小な人間なのだから。それでも今ここで、責務としてすべきことをしなければ、ますます自分が好きになれなくなるだろう。




「――これが私の女王としての矜持よ。それはあなたや、あなたの父親たちに一度踏みにじられ奪われたけれど、懸命に取り返してくれた人がいるの。その献身に報いるため、私はもうこの誇りを卑怯者の手に奪わせはしない。二度と負の感情に囚われて、道を誤ったりなどしないわ」


 それまで呆然としていたミラリスは、やがてすすり泣きながら深々と礼を取った。ミラリスが初めて示した謝意にベルミカは表情を少し緩める。


「……あなたには時々詩の朗読をしてもらったわね」


 ミラリスが鼻を真っ赤にしながら、泣き濡れた顔を上げた。


「あなたの澄んだ声が好きだったわ、ミラ」


 かつて呼んでいた愛称で呼びかけるのを最後に、ベルミカはミラリスに背を向けた。




「連行しろ」


 ゼノスの命令で、衛兵たちに両腕を取られ連れていかれるラザロは、ベルミカの傍らを通り過ぎる際に口元を歪めるように笑みを浮かべた。


「陛下、念のため晩餐会の出席はおやめになった方がよろしいかと。今夜は自室からお出にならないでください」


「そうね、仕方ないわ」


「マルダ、すぐに陛下を部屋にお連れするように」


「はい、若さ――宰相閣下!」


 元気よく返事をしたマルダが、ベルミカに気遣わしげな視線を向けた。


「陛下……お体は大丈夫ですか?」


「ええ、でも少し疲れたわ。早く部屋に戻りましょう」


 疲れているのは事実だが、おそらく自分以上に気を揉んだであろうマルダも早く休ませてやりたかった。




「――おい、さっきから何をブツブツ言っている!? 黙らないか!」


 ふと廊下の先で衛兵が声を荒げた。ベルミカはそこで思い出す。ラザロは魔術を扱えるのだ。現代では失われつつある技術だが、古代の魔術師たちは媒介具を用いずとも、呪文を唱え、あるいは手で印を切るだけで魔術を発動できたはず――。


「そいつの口を塞げ!!」


 ベルミカよりも早く反応したのはゼノスだった。その手にあった竜火砲が構えられる。キィンと澄んだ甲高い音と共に、竜火砲の装飾が青白く発光し魔導回路が起動する。




 その時、突然頭を強く殴られたような衝撃に目の前の景色が揺れた。一瞬気を失ったのだろう、気が付いた時には体が傾ぎ眼前には床が迫っていた。


「……っ!」


 ベルミカは床に激しく叩きつけられ息を詰める。とっさに手が出なければ、顔をぶつけていただろう。回る視界の中で、自分と同じように床に伏した衛兵と、こちらに歩み寄って来る足が見えた。


 激しい耳鳴りがするばかりで、ベルミカの耳には周囲の音が何も聞こえなかった。


(そうか、あの人は音を……)


 ラザロは音を遮断する魔術を使っていた。彼が『音』そのものを操れるとしたら、人の意識を失わせるほどの轟音を出すことも可能かもしれない。




 ベルミカは床に伏せたまま視線を持ち上げる。衛兵から奪った剣を構えたラザロが、場違いなほど穏やかな笑みをたたえていた。その視界が突然何かに塞がれる。


 同時に再び空気が揺らぐような衝撃が走った。瞬時に漂う、鉄さびのような臭いに嫌な予感を覚える。


 ベルミカは這うように、ラザロとの間に割り込んだ人物の元へ寄る。


「ミラリス!」


「へい……か……」

 

 しゃがみ込んだミラリスが腹を押さえている。指の間からはどくどくと鮮血が流れ続けていた。ベルミカは崩れ落ちるミラリスの体を抱き留めて、頭を膝の上に乗せる。その顔は紙のように白い。虚ろな瞳がベルミカを捉えると、安堵したように小さく吐息を漏らした。


 少しずつ聴覚を取り戻しつつある耳に悲鳴が聞こえた。ベルミカのすぐ傍で、へたり込んだマルダが恐慌状態で叫び続けている。


 恐る恐る顔を上げると、白い壁や床に飛び散った鮮血と投げ出された両足が見えた。視線でその先をたどり――ベルミカはすぐに顔を背けた。壁に背を預けるように座ったラザロは頭部の半ばを失っていた。




「ベル!?」


 膝を突いたゼノスがベルミカの肩をつかんだ。


「私は平気よ」


 ゼノスもまた額に汗を浮かべ、苦し気な表情を浮かべていた。あの瞬間、ゼノスがいた位置はベルミカよりもラザロに近かった。常人よりは魔術に耐性があるだろうが、彼もまた『音』による影響を受けたようだ。


 ゼノスの手には銃口から白煙を上げる竜火砲があった。ラザロの意図にいち早く気づき、妨害を受けながらも竜火砲を起動させていたのだろう。ベルミカに剣を突き立てようと、迫っていたラザロを正確に打ち抜いていた。


 そしてゼノスとほぼ同時に、ラザロの凶刃からベルミカを守るために行動を取った人物がいた。




「ミラ、ミラ! 返事をして!」


 ドレスを引き裂いて、短剣が刺さったままのミラリスの傷口に宛がうが、すぐに血でぐっしょりと重くなり、とても手当てが間に合わない。どれほどの殺意が込められていたのか、傷は臓器まで届いているのが明らかだった。


「傷は浅いわ。しっかりと気を持ちなさい!」


 どんな致命傷を負っていようと、患者には必ずそう声をかけるようにと戦時中に教わった。瀕死の患者は多く見てきたから、素人ながら致命的となる部位や傷の深さはなんとなくわかる。ミラリスはもはや手の施しようがないことも理解していた。


 ミラリスの唇がかすかに動き、何か言葉を紡いだような気がしたが、まだまともに聴覚が戻らぬベルミカの耳には届かなかった。やがてハシバミ色の瞳は閉ざされ、その顔ががくりと傾いだ。













 二章で陛下がけっこう手厳しめなのは、実は気が強い本質が出てきたから。陰キャ女子特有のわりと執念深いところとか、口下手だけど内心は毒舌だったりするところとか。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ