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「ラザロ様……」


 意外な人物が現れたことに、思わずベルミカは後ずさる。驚いたのはベルミカだけでなかったらしく、ミラリスも驚愕の眼差しを向けている。ラザロは扉を閉めると、諭すような口調でミラリスに向かって言う。


「いけない子だ、ミラリス。女王陛下に無理を申し上げてはいけないよ。もうこうなっては仕方ない。君は潔く罪を認めるべきだ」


「どうして! 女王陛下に許しを乞えば、きっとお許しくださるって言ったじゃない!?」


 ベルミカは二人が知人だったことを知る。しかもラザロはミラリスが犯した罪についても把握しているようだ。


「そうだね。かつての女王陛下なら君をお許し下さっただろう。……でも陛下はもう変わられてしまった。――そうでしょう、陛下?」


 穏やかに笑いかけるラザロに、なぜかベルミカはうすら寒い物を覚える。残念ながらここは半地下だ。天井近くに小窓はあるが、退路はラザロの後ろの扉だけだ。




 ベルミカは動揺を悟られぬよう、静かに告げる。


「……あなた方と話すことはありません。そこをおどきなさい、メイズ伯爵」


「その前に陛下、私からもミラリスに慈悲を賜ることをお願い申し上げます。彼女のしたことを許しがたいと思われるのは当然のことです。ですがこれは、事の重大さも理解できぬ世間知らずの令嬢の出来心による過ち。陛下や国に背く意図などございません」


「待って……待って……何を言っているの、ラザロ様」


 かばわれたというのに、ミラリスの表情はどんどん青ざめていく。


「女王陛下のブローチを利用すれば、商会からお金をせしめることが出来ると言ったのはあなたじゃない!?」


「え?」


 思わずベルミカはラザロを振り返る。焦りを見せるミラリスとは対照的に、ラザロは品の良い涼しい笑みを浮かべたままだ。


「そんな言い方はいけないよ、ミラリス。僕はあくまでそういう方法も可能だね、という想像の話をしただけじゃないか。――……ああ、でも冗談とはいえ不謹慎な話をした僕が浅慮だった。真に受けた()()()()()()()()()()()のだから」


「ち、違っ……あなたがわたくしを焚きつけたんじゃない! それに宮廷に賠償責任が発生したとしても、それはあの悪辣宰相がわたくしやあなたのお父様から奪ったお金だから、何も悪いことじゃないとも言ったわ!」


「だからすべて仮定の話だよ。だいたい、僕が君を使ってお金を巻き上げていたというのなら言い逃れはできないけれど、そんな事実はどこにもないだろう? 君が詐欺で得たお金はすべて君の懐に入った。僕には君に犯罪を焚きつける利点はないよ」


「そんな……」


「これは()()()()()()()()()()()()だよ、ミラリス」


 ミラリスが息をつめたが、憐れに嗚咽を漏らすだけで、ラザロにそれ以上反論はしなかった。




 なんとなくこの二人の関係性が見えてきた。ラザロは誰も頼りにできず困窮していたミラリスに付け入ったのだ。おそらく『君のためだ』『僕だけが味方だよ』などと甘い言葉を用いて。傍から見れば相手が自ら選択したように操作し、失態があれば『君が勝手にしたことだ』と責任を押し付け突き放す。


 周囲に味方はいないと思わせ、依存させるそのやり口はベルミカ自身が散々されたことだ。改めてその手口を目の当たりにすれば、こんな卑劣な手法に引っかかり自らの立場を損ない続けてきたのかと、悲しみよりも怒りが込み上げる。


 同時に魂すら支配する洗脳を解くため、ゼノスがどれほど根気強くベルミカを諭し続けてくれたかを考えれば、その愛情と熱意に心の底から頭が下がる。




「……メイズ伯爵、私が即位して間もない頃に、あなたが寝室に入ってきたことがあったわね?」


「当時の陛下の状況には私も心痛めていました。老獪な貴族たちの企みで、女王とは名ばかりの少女が虐待されている事実を看過できませんでした」


「それがどうして寝室に押し入ることになるの?」


「既成事実があれば、私が傍でお守りすることができますから。父が健在だったあの頃ならば、メイズ伯爵家一門が陛下のお傍から不忠義者たちを排し、お支えすることができると思ったのです」


 要はベルミカとの間に無理やり子供を儲け、女王を利用していた貴族たちに、自分が成り代わるということだ。その企み自体にも怖気が走るが、もっと恐ろしいのは目の前の男がまるで悪びれる様子もなく、まるで心からベルミカを憂いているように見えることだ。


「しかし、あの時は焦りました。陛下が護身用の短剣を振りかざしたので。それで万が一、陛下御自身が怪我をするようなことがあれば、私の命などでは償い切れません」


「あの一夜だけで引いた理由が、それだけとは思えないわ」


「実を言えば……その後、陛下はまだ御子を作れる体になっていないと、噂で聞きまして。父たちはそれでもひとまず構わないと言ったのですが、未熟な少女に無体を強いるのは騎士道に反すると思い、私は断固として拒否しました。貴婦人を守護するのは男であれば当然のことです」


 十六歳の自分がどれほど危うい立場にあったのか、今更ながら血の気が引く。おそらく心身の不調で月経が止まっていた件を誤解されたのだろうと察しはつくが、まさかそんな情報まで貴族たちに共有されていたとまでは思わなかった。そして夜這いに来なかったことを、恩着せがましく語るラザロにますます嫌悪感を深めた。


「――そうこうして手をこまねいてる間に、あのハイレル宰相が宮廷にやって来てしまったのです。……陛下には本当にお気の毒なことと思います。あの男を宰相として重用したせいで、その責任は陛下が負うことになるのだから」


 ようやくラザロの取り繕った笑顔の奥から、にじみ出す憎悪が垣間見えたが、溜飲が下がる要素にはならなかった。




「――ミラリス、廊下に出て誰も来ないよう見張りをしてくれないか?」


「え……?」


 泣き濡れた顔のまま茫然と立ち尽くしていたミラリスに、ラザロが声をかける。


「陛下と二人きりで話がしたいんだ。頼めないかな?」


「話って何を……」


「もちろん、君が嫌なら無理強いはしないよ。……好きにすればいい」


 どこか冷ややかな響きに、ミラリスが弾かれたように顔を上げる。


「わたくしを見捨てないで、ラザロ様! なんでも言うことを聞くから!」


「ミラリス、まだわからないの!? この人はあなたを利用しているのよ!」


 ベルミカの言葉にミラリスは泣き濡れた顔で弱々しく笑う。


「そうだとしても、わたくしにはラザロ様しかいません。だって、他に誰も助けてはくれないのだから……」


 ミラリスはうつむいたままベルミカたちの横を通り、ドアを開けて外へ出て行く。ベルミカは黙って見送ることしかできなかった。











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