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「……ずいぶん都合のいいことを言うのね。あなたたちが侍女だった頃に何を企んでいたかはもう知っているわ。マルダの言う通りよ。散々私を利用しておきながら、よく顔が出せたものね。厚かましいと思わないの?」


 ベルミカが容赦なく告げれば、ミラリスは信じられないというように目を見開いた。彼女の知っている自分は、侍女たちを腹心の友と呼びつつも、実は機嫌を伺っているのは女王の方だったのだから無理もない。


 ベルミカが予想していたように、ミラリスは最悪の事態となっても、女王に泣きつけば、かつてそうであったように甘く見逃してくれると踏んで、大胆な犯行に及んでいたのだ。




「その上、どうして私の名を騙って詐欺などを働いたの?」


「他にどうしようもなかったのです……っ」


 ミラリスが絞り出すような声で言った。


「父が投獄され、爵位も所領も取り上げられました。わたくし自身も侍女を解任され、一切の実入りがなくなってしまっては生きていけません」


 貴族女性が携われる仕事は限られている。伝手を頼り、自分よりも高位の貴婦人に仕えるか、ベルミカの侍女頭がそうであったように、裕福な家庭の子供の養育を担うかだ。平民の女たちのように汗水垂らし労働に従事する必要がない反面、一度落ちぶれると立て直しは難しい。




「それでも館や私財を処分すれば、慎ましくなら生活できたはずよ」


「元々領地経営がうまくいっておらず、父には借金があったのです」


 ミラリスの父であるトラン子爵は会計長官の立場をいいことに、帳簿を改ざんし横領を行っていたと聞いている。それは借金の返済のためだったのかもしれない。もちろん国庫を私的な失態の補填に当てるなど、同情の余地はないが。


「借金返済のため財産のほとんどを取り上げられました。母や頼れる親族はすでに亡く、落ちぶれた後は親しくしていた人たちにも見放されてしまいました」


「だからといって、二万リヴルものお金が何に必要だったの? 庶民の一家が一生食べていけるほどの金額よ」


「それはもちろん、生きるために仕方なく――」


「あなたの捜索中に、仕立て屋や宝飾店に立ち寄った記録があったと聞いているわ」


「だ、だって陛下の名で借金をすることを思いつくまで、わたくしと妹たちはボロをまとい、あばら家で黒パンと豆のスープでしのぐ日々だったのですよ! かつて宮廷で煌びやかなドレスと宝石を身に付け、陛下のお傍で華を添えたこのわたくしがです。あまりにも……あまりにも惨めで耐えられませんっ……!」


 涙混じりの声で訴えるミラリスを前に、ベルミカはやるせなさから深くため息をついた。感傷に囚われる自身に、やはり彼女と会話をすべきではなかったと後悔する。




「このままでは残された妹たちは娼館で働くことになります……なにとぞご慈悲を……陛下っ……」


 潤み始めたハシバミ色の瞳を見つめながら、ベルミカは静かな口調で問う。


「妹はいくつなの?」


「十四歳と十ニ歳になります」


「いいでしょう。まだ幼い元貴族令嬢が娼婦に堕ちるなど、国の威信に関わります。あなたの妹たちに関しては私が責任をもって保護しましょう」


 ベルミカの言葉に含まれた冷ややかな響きに気づいたのか、安堵の笑みを浮かべかけたままミラリスが凍り付く。


「陛下……その、わたくしは……?」


「あなたの犯した罪に関しては、ハイレル宰相に一任しています。弁明なら彼になさい」


「そんな……それでは、わたくしは罪人として裁かれます……あの悪辣宰相はきっとわたくしを断頭台に送るでしょう……」


「――ええ。とても残念だわ」


「陛下!」


 その悲痛な声に、ベルミカは怒りを堪えるように片手でぎゅっと自身の二の腕を握った。




「……あなたはまるで変わっていないようね」


「え?」


「あなたはここに出入りする使用人を下賤と呼び蔑んだわね。彼らがいなければ、この宮廷は回らないわ。彼らの献身にあなたは思いを馳せたことがある?」


 まるで知らぬ国の言葉で話しかけられたように、ミラリスはまじろぎもせず、きょとんとしていた。


「それにあなたは今の自分の境遇を嘆いたけれど、この国にはまだ日々の糧にも困る民が多くいるのよ。彼らに比べれば食事にありつけただけ、あなたは随分ましな生活を送っていたと思うわ」


「あ、安寧な場所にいらっしゃる陛下に、わたくしの気持ちはわかりませんわ!」


「その通りよ。だって私もあなたがボロと呼ぶ服を着て、黒パンや豆のスープしか得られない日々を送っていたもの。でも平穏な暮らしに感謝こそすれ、それを恨もうとは思わなかったわ」


 その言葉にミラリスははっと息を飲んだ。ようやくベルミカが即位する前、修道院で平民にも劣る質素な生活を送っていたことを思い出したらしい。




「貴族としての体面を捨て、奉仕に身を捧げる誓いを立てれば、修道院に助けを求めることもできたはずよ。あなたの言う『生きる』という意味が奢侈しゃしに流れることなら、私の認識とはずいぶん違うようね」


 少なくとも幼い頃のベルミカは、母と共にそうして生き延びた。美しい衣装も装飾品も娯楽も、何もかも手放すことになったが、それでも暴力に怯え命を脅かされることがない生活は幸せだと言い切れた。


 清貧と奉仕の最中、傷ついた兵士たちに寄り添い慈悲の心で接することを学んだ。あの日々がなければゼノスと出会うこともなく、彼の親愛を得ることもなかっただろう。


 ベルミカを宮廷に引きずり込むため、そのささやかな平穏すら取り上げたのはミラリスの父親たち一派だ。父たちの意向のまま、ベルミカの心を壊し利用してきたのはミラリス自身でもある。


 そしてミラリスは気づいていないのかもしれないが、彼女はついに一言もベルミカに謝罪を口にしなかった。




 怒りで我を忘れそうになるのを堪えるため、ベルミカは自身の腕に爪を立てた。このままでは女王たる者、人前でたやすく感情を乱してはならないと、再三ゼノスに言われた言葉を守れそうになかった。


「……今すぐ衛兵の元へ出頭しなさい。潔く罪を認め償うのならば、貴族女性として()()()誇りだけは保てるように、宰相に口添えしましょう」


 言って、ベルミカはドレスの裾を翻し踵を返す。これ以上ミラリスの顔を見たくなかった。このまま彼女を前にしていれば、黒い感情に支配されるまま罵りの言葉を吐き出してしまうかもしれない。


「女王陛下!!」


 悲鳴のような呼び声を無視し、ベルミカがリネン室の扉へと一歩踏み出したときだった――外側からゆっくりと扉が開く。




「――いけないよ。もうやめるんだ、ミラリス」


 一人の背の高い青年がリネン室に入って来た。


「……メイズ伯爵?」


 憂いに曇るその美しい顔は、ベルミカが先ほど上階から垣間見ていたものだった。











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