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 彼の言う女王とやらが、『誰』のせいで不遇な立場に置かれているかなど、問いただすまでもない。


 ベルミカとゼノスの婚約が公表された後、世間では悪辣宰相が立場の弱い女王を無理やり手籠めにし、既成事実を作ったと噂された。心情的には複雑だが、これに関しては合意はあったという点を除けば、あながち間違いではないので仕方がない。


 そしてゼノスには、これまでベルミカを貶め自分の優位を作ろうとした負い目もある。今度は自分が泥を被ることで、ベルミカに対する民の同情と支持が得られるのなら、それでもいいと思っていた。


 幸いにも宮廷では、ベルミカが積極的にゼノスと仲睦まじい様子を皆に示してくれるので、貴族の間ではその噂は払拭されつつあるが、市井ではまだそこまで至ってはないようだ。もしかするとベルミカが祭典での開城にこだわったのは、そういう理由もあったのかもしれない。


 女王が宮廷と関わりのない一商人に借金をするなど、本来ならあり得ない。だが悪辣宰相の噂のせいで、バジムは『誰にも頼れない女王が藁をもすがる思いで』という、荒唐無稽な状況を信じてしまったのだ。ゼノスからすれば利用されたようで、なんとも面白くない話だ。


 詐欺師の女はそれなりに知恵が回るか、あるいは――……。ゼノスは嫌な予感に眉をしかめる。




 バジムは話を続けた。


「女王陛下直筆の手紙や、侍女を名乗った女が宮廷のご事情にくわしいこともあり、私はすっかり信じ込んでおりました」


「宮廷事情にくわしい? なぜあなたにそんなことが判断できる?」


「実は私めの次男は、数年前まで宮廷で働いておりました。念のため同席させましたところ、女の雑談に『あれは宮廷にいたことがなければ、知らない内容だ』と申すもので……」


 商家の息子が勉強を兼ね、他の大店や貴族に仕えることはよくある。


「侍女も女王陛下の信頼をここで得れば、商会が宮廷御用達として重用される日が来るかもしれないと……」


 さすがに商人だけあって善意や同情が理由ではなく、見返りに期待してのことだったらしい。




「それでも二万リヴルとは……将来的な儲けに繋がる可能性があったとしても、ずいぶん大きな賭けに出たものだ」


「さすがに最初から、そこまでの大金をお貸ししたのではありません。一度目は三千リヴルでした。その返済期日が迫った頃さらに追加で五千リヴルをと申し出があり、もちろん私も前の返済がない内は、とお断り申し上げようとしたのです。しかしその折に……」


 ゼノスは目の前のテーブルの上に花のブローチを置く。


「その女がこのブローチを差し出したということだな?」


 それはダリアを象ったブローチだった。そしてこのブローチには、その高価な素材や細工の美しさ以上の意味がある。四枚の葉を持つダリア――それは王を輩出する資格を有する御三家の一つ、ベルミカの生家であるマリオン・セベク家の紋章だった。


 このブローチは女王の紋章に似ているのではなく、間違いなくそのものだ。赤の他人が名家の、それも現女王の紋章でもあるこの意匠を、勝手に使うことなど許されない。


「『信頼の証に』と置いて行きました。それで信用し、追加の金子を用立てしてしまいました……」




「ところで、バジム殿。あなたの商会は何を取り扱っている?」


「主に西方諸国と珍しい装飾品や嗜好品などを交易しております。ですから、目利きは心得ております。こちらのブローチの価値と意味にはすぐに気づきました」


 名家の紋章を勝手に使用することが禁止されているとはいえ、庶民の市場で出回る、素人目にもわかる粗悪品に関しては、目こぼしされているのが現状だ。


 しかしこのブローチは細工も素材も、誰でも一目みただけでわかる一級品だ。これを作れるほどの技術の持ち主は、王家や貴族の御用職人である可能が高く、だからこそ重罪となる偽造品に手を出すとは思えなかった。つまりこのブローチは間違いなく本物、ベルミカ女王に縁の物だ。


「そうして幾度か借金を重ねられ、私もさすがに不安に思いました。しかし侍女が『陛下の名誉に関わることなので、話を他に流さないでほしい』と口止めをするもので、他に相談するのははばかられました。最悪の場合でも、借用書とブローチをもって宮殿へ出向けば、返済はしてもらえると信じておりましたし」


「そしてついに、貸した金が二万リヴルに達したと……」


「はい、侍女は金子の用立てがない時も、時折店に顔を見せに来て、謝礼や世間話などをしていきました。それもあって油断しておりましたが、ここ半月ほど前から来訪もぱったり途絶えてしまいました」


 つくづくやり口が小賢しい。手慣れた様子すら感じられた。




「――訴えは把握した、早々に調査しよう。しかしこの件に関しては、再三申し上げている通り、女王陛下は一切関与していない。残念ながら失われた財産を保証することまではできない」


 ゼノスはその点だけはきっぱりと断じた。同情から下手な発言をすれば、責任がベルミカに行きかねない。


「ですが、借用書はともかくブローチは本物ではありませんか!?」


「知っているかもしれないが、セベク家は先代の折に破産し、所有の財宝なども離散している。このブローチはその時に失われた物だろう。むろんブローチを陛下に返却していただけるのであれば、その礼は十分に弾もう。しかしこれ以上、無理難題を持ち出すのであれば、いささか困ったことになる……お互いにな」


 ゼノスが冷ややかに見つめると、『悪辣宰相』の呼び名を思い出したのか、男は顔を強張らせた。


「――さて、客人がお帰りになる。丁重にお見送りせよ」


 部屋の端で控えていた従僕に告げると、ゼノスはさっさと立ち上がり、扉へと向かった。


「ああ、そうだ。念のためこの件は調査に差し支えないよう、他言無用としていただきたい」


 それだけ言い添えると、バジムの返答を待たず、ゼノスは部屋を出て行った。













主人公出てこなくてスミマセン……。次話からまた出てきます。後半はちゃんと主人公視点になります。明日も更新予定です。



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